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第7話


「すまなかった、どうか馬鹿な兄を許してくれ」

「うぅ、お兄様ぁ、うわぁあん!」

「チ、チェルシー! どうして泣くんだ…」


 私の助言通り、アルベールはチェルシーに自分の想いを伝えた。

 アルベールからの言葉を聞いたチェルシーは、涙を流しながらアルベールに抱きつく。しかし、アルベールには妹が涙を流している理由が全く伝わっていないらしい。そんな様子を見て、私は思わずくすりと笑ってしまった。


 私の夫は、鈍感にも程があるわね。


 不器用な二人の姿を見ながら、私は目を細めた。

 仲睦まじい兄妹。兄は妹を思い、妹は兄を慕う。その絆の美しさは、言葉では表せられない。


 なんて素敵な兄妹愛なのかしら?


『お前は、クズだ』

『女は黙って、男の言うことを聞いていればいいんだ』

『出来損ないめ。でしゃばるからそんなことになるんだよ』


 今になって、兄さんたちの言葉を思い出す。まるで古い傷跡が疼くように、あの忌まわしい記憶が蘇った。


 どうして兄さんたちが私を毛嫌いしていたのか。どうして兄妹の中で私だけを外れ物のように扱ったのか。今なら、それが理解できる。

 

 嫌だったんだよね? 自分よりも立場の下の妹が優秀で。女の私が、自分よりも優れていて。仕方ない、仕方ない、兄さんたちみたいな出来損ないは、誰かのせいにしないと生きていけないのだものね。


「……やっぱり、私って性格が悪いみたいね」


 誰にも聞かれないように、私はそっと呟いた。


 ――きっと、これもアルティアスの血のせいね。




∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴




「君のおかげだ、感謝するよフロンティア嬢」

「とんでもございませんアルベール公爵様。私はただ、少しの助言をしただけです」


 それから数日後のこと。アルベールが私の部屋を訪ねてきた。


「一緒にチェルシーに会いに行きますか?」


 珍しい来客に、もしかして一人で行くのが恥ずかしいから私を連れて行こうとしているのかと思い、提案すると、アルベールは首を横に振った。そして、まっすぐ私の瞳を見つめながら、少しだけ口元を緩める。


「いいや、今日は君に会いに来たんだ」

「…私にですか?」

「あぁ、そうだ」


 アルベールは私に向かって一歩足を進めると、ポケットからベロア生地の小さな箱を取り出した。


「渡すのが遅くなってしまってすまない。結婚指輪を用意したから、受け取ってもらえると嬉しい」


 アルベールはそう言うと、その箱を開けた。中には、美しいピンクダイヤモンドの指輪が納められていた。


「こんな素敵なものを、いただいてしまってもよろしいのでしょうか?」

「ああ。君のために、用意したんだ」

「……ありがとうございます」


 箱を受け取った私の声は自然と低くなり、その視線は指輪に釘付けになった。ピンクダイヤモンドが淡い光を放ち、心の奥に触れるような不思議な感覚を覚える。


「君は僕たち兄妹の恩人だ。そして、これから夫婦として君に頼ることも多いだろう。どうかよろしく頼むよ。」

「もちろんです、公爵様」


 私が笑顔で返事をすると、アルベールはそっと私の左手を取った。そして、彼が薬指に指輪をはめようとしたとき。彼の視線が私の左手首に止まったのが分かった。


「これは…」


 アルベールの視線の先には、先日チェルシーから贈られたサファイアのブレスレットがあった。


「ああ、これは先日チェルシーからいただいたのです。どうやら探してくれたお礼だと……」


 簡潔に説明すると、アルベールは一瞬驚いた顔をした。そして、すぐに穏やかさを取り戻し、口を開いた。


「それは、俺たちの母の物だ。一応、ランカスター家の家宝さ」

「……へ?」


 一瞬、彼の言う意味が分からなかった。チェルシーがくれたこのブレスレットが、まさかランカスター家の家宝だったなんて…。


「お、お返しします!! 家宝だなんて、いただけません!!」


 慌ててブレスレットを外そうとすると、アルベールは私の手を止める。


「俺に返してどうする。それを君に贈ったのは、チェルシーだろう。それに君ももうランカスターの人間だ。公爵夫人として家宝の一つや二つ、持っていてくれ」

「で、ですが……」

「君が大切にしてくれるなら、それで十分さ」


 ランカスターの人間、その言葉が持つ重さが、じわじわと胸に広がる。

 アルベールも、チェルシーも、私のことをランカスター家の一員として認めているのだろうか。アルティアスでは、一度だって私を家族だと認めてくれたことはなかったというのに。


「……分かりました、ありがとうございます。アルベール公爵様」


 静かにそう答えると、アルベールは私を見て満足そうに微笑んだ。そして再び、指輪を付けるために、私の手を取った。


「これで本当に夫婦だな」


 私の左薬指にはめられた美しいピンクダイヤの指輪は、私の空っぽの心を満たしてくれるような、そんな気がした。


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