第6話
次の日の早朝、チェルシーが私の部屋を訪ねてきた。
「昨日は本当にごめんなさい、私の我儘に付き合わせてしまって」
私に向かって静かにぺこりと頭を下げるチェルシー。
その顔は昨日の涙に濡れたものとは違い、真剣な表情だった。こうして見ると、確かにこの小さなお嬢様もランカスターの人間なんだと
感心してしまう。
「どうか顔をあげてください、私は気にしていません。それに、なんだか探検をしているみたいで楽しかったです」
「…ありがとう、フロンティアお姉さま」
チェルシーは私を、『フロンティアお姉さま』と呼んだ。やはり、昨日のアレは聞き間違いではなかったようだ。
「ごめんなさい。本当は知っていたの、貴女がお兄様のお嫁さんになった人だってこと。あっ、でもね、宝物を無くしていたのは嘘じゃないのよ?」
「チェルシーさん……」
チェルシーは私の戸惑いを察したのか、少し申し訳なさそうに話を続けた。
「フロンティアお姉さまには、本当に感謝しています。…これは、お兄様が私にくださった、大切なブレスレットだったんです」
チェルシーはそう言うと、手首に巻かれたブレスレットをそっと触った。その指先が優しくブレスレットに触れ、ルビーと薔薇の花の美しいデザインが輝いている。チェルシーの白い肌にその赤い色合いが映え、とても華やかだった。
あの不愛想で冷徹に見えるアルベールは、本当に妹を大切にしているのね。
「公爵様はとても妹想いの方なのね」
思ったままに言うと、チェルシーは顔を曇らせ答えた。
「いいえ、残念ながらお兄様は私に対してそんな感情を抱いていません。お兄様はきっと、私のことなんて嫌っていらっしゃるでしょうから…」
チェルシーはそう、寂しげに小さく呟いた。
あぁ、この子はお兄様のことがとても大好きなのね。幼くして両親を亡くして、唯一の家族であるお兄様からの愛を一心に求めている。チェルシーは心の底から兄であるアルベールのことを慕っているのに、それがアルベールには伝わっていない。そのうえ、互いに自分は嫌われていると、思い込んでしまっている。改めて考えると、少し可哀想ね。
「私には兄が沢山いたけれど、贈り物を貰ったことは一度たりともありませんでした。」
「…そうなんですか?」
暗い顔をしていたチェルシーの顔が、少し晴れたように見える。
「ええ。ですから、公爵様は本当に貴女を大切にされているんですよチェルシー公女様。……実は私も、貴女が公女様であることを知っていたんです。ですが公女様が隠されているようでしたので黙っていました。」
「そうだったんですか…。なんだ、私たちはお互いに隠していたのにバレていたんですね。ふふっ」
チェルシーの笑顔が部屋の空気を一気に明るくする。小鳥のような声でくすくすと笑う彼女を見ていると、自然とこちらも微笑んでしまった。
だが、私の胸の奥に残る微かな痛みは拭えない。
幼い頃の私は、チェルシーのように兄に何かを期待していたのだろうか? いいや、私の兄さんたちはそんな期待さえもさせてくれなかったわね。
「そうだ、これをフロンティアお姉さまに上げようと思ったんです。探してくれたお礼です」
チェルシーが小さな手を差し出すと、そこにあったのは鮮やかなサファイアが輝くブレスレットだった。
「…これは?」
思わず手を伸ばしたが、触れるのをためらってしまうほど、それは美しかった。
チェルシーの手首に巻かれたものとよく似ているが、シルバーを基調にしたデザインはより洗練され、気品を放っている。
「素敵でしょう? きっと、公爵夫人となられたフロンティアお姉さまに似合うはずです」
そっと受け取ったブレスレットは、ひんやりと冷たい感触を持ちながらも、どこか温かさを感じさせた。
「どうか大切にしてくださいね」
「ええ、大切にするわ。ありがとう、チェルシー、本当に嬉しいわ」
「えへへ、お姉さまに喜んでもらえて、私も嬉しいです」
チェルシーは小さな体を弾ませながらそう言った。その純粋さに触れた瞬間、私は胸の奥がほんの少し温かくなるのを感じた。
静かな朝の空気の中、サファイアのブレスレットが陽光を受けてきらきらと輝く。その光が、私の曇った心の中まで照らしているように感じた。
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