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第5話


「えへへ…」


 アルベールに横抱きにされたまま、私とアルベールの沈黙の間が続いた。

 気まずさのあまり少し愛想笑いをしてみたが、それでもアルベールは黙ったまま怖い顔をしている。


「あの…公爵様?」


 私がやっとの思いで声をかけると、アルベールは低い声で呟いた。


「嫌い、だと。」

「…へ?」


 驚いて目を見開く私に、アルベールはさらに言葉を続ける。


「チェルシーに、嫌われた…」


 その言葉には、どこか絶望すら滲んでいるように感じた。私を抱きかかえる腕にも、わずかに力がこもる。


「………あぁ~、なるほど。」


 低く唸るように言った彼の表情には、先ほどの威厳はどこへやら、ただの妹を心配する兄の姿があった。『悪逆非道の薔薇公爵』と呼ばれた彼が、実はただのシスコンだったなんて。少し、いや、かなり笑えてくる。


 というか、そろそろ降ろしてくれない?




∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴




「……はぁ。」

「わぁ! とっても美味しいですね、公爵様もどうぞ召し上がってください」


 わざと明るく振る舞ってみせるが、向かいに座るアルベールは俯いたまま、ナイフとフォークを握る手すら動かしていない。


「あぁ」


 生返事をするだけで、料理にはまるで興味がなさそうだ。


 いい加減にしなさいよ。たかが妹に一言「大嫌い」と言われて落ち込むなんて、あなた本当にランカスター公爵なの? そんなに私との食事が嫌なら、最初から呼び出さないでよ。私だって、本当は一人で食べたかったんだから。


「……そうだ、フロンティア嬢」


 ふいに、アルベールが話を切り出してきた。


「シルバーに渡してあった婚姻契約書にサインはしてくれたか」

「はい、既にサインを済ませております。シルバーさんにお渡ししたので、てっきり公爵様の元へ行っているものだとばかり…」


 努めて平静を装いながら答えたものの、アルベールの反応はどこか曖昧だ。


「ああ、そう言えばそんなことを言っていたような…」


 あはは、さてはあなた。妹のことで頭が一杯で話を聞いていなかったのね。


「公爵様は本当に公女様を可愛がられているのですね」


 少しこのシスコン野郎に腹が立ち、皮肉を込めて言ってみる。すると彼はみるみる顔を明るくさせた。


「分かるか…? 分かってくれるかフロンティア嬢!」


 急に身を乗り出し、目を輝かせたアルベールは私の手をギュっと強く握りしめてくる。その熱意に圧倒され、思わず身を引こうとするが、アルベールの力は強く、逃げ場がない。


「は、はい! 分かりますとも!」


 熱気のある言い方をするものだから、思わず即答してしまう。


「そう言ってくれるのは君だけさ。他の奴らは皆、俺がチェルシーを嫌っていると思い込んでいるんだ。そんなはずがないだろう? あの子は、俺のたった一人の妹なんだぞ…」


 お、重い。なんだか気持ち悪いわね。だけど、こんなにも分かりやすいシスコンぶりを発揮しているというのに、どうして周りは気づかないのかしら? ……うん? ま、まさか。


「もしかして公爵様。普段から、チェルシー公女をあのような目で見つめていらっしゃるのですか…?」


 恐る恐る尋ねると、アルベールは不思議そうに眉をひそめた。


「どういう意味だ?」

「えっと、先ほどのようにチェルシー公女に接しられているのですか?」

「そうだが」

「……それはいけません。」


 思わず額に手を当ててしまう。そんなの、周りの人間があなたが妹を嫌っていると思い込むに決まっているじゃない。


「何故だ? そうか、君には確か兄が居たな。妹としての視点で見て、俺は兄としてどうだ?」

「ええっと、そうですね…」


 私の兄さんたちは終わってるから、参考にはならないけど。それでもあなたのその怖い顔は、愛する妹に向けるものではないくらい分かるわよ。


「酷いですね、かなり。チェルシー公女は、かなり怯えられていましたよ」


 はっきりと告げると、アルベールは僅かに眉をひそめた。


「それは君が木から落ちたことに怯えていたのだろう」

「…違うと思います。」


 はぁ、と小さくため息をつく。

 夫になった相手とは言っても、彼は公爵だ。言葉は選ばなくてはならない。しかし、彼にはきちんと伝えておかないと、また同じことを繰り返すに違いない。


「いいですか? 公爵様。まず、妹君に対しあのように鋭い目で見つめてはいけません。それに、もっと公女様に大切にしていると想いを伝えてあげてください」


 少し強めの口調になったせいか、アルベールはじっと私を見つめたまま沈黙する。

 ——言い過ぎたかしら? そんな不安がよぎった頃、彼はゆっくりと目を細め、不思議そうに首を傾げた。


「そんなこと、言わなくても分かるだろう」


 アルベールは自信たっぷりに、しかしどこか横柄な口調で言い放つ。その言葉は、まるで自分が完璧にチェルシーのことを理解しているかのような口ぶりだった。


「いいえ、それでは分かりません。」

「ふむ…」


 アルベールは少し考え込むような素振りを見せた。


「つまり、妹に対して優しく、もっと可愛がれということか? ならば大量のドレスや宝石をあの子に贈ろう」


 彼がそう言った瞬間、私は頭を抱えたくなった。

 この人、まったく理解していない…。


「違います!」


 思わず声を荒げてしまう。どうしてこんなにも鈍感なのだろうか。


「公女様に対して、もっと優しく接して、彼女が安心できるような言動を心がけてください。あなたがどう思っているかではなく、彼女がどう感じているかが大事なんです」


 私が強めの口調でそう指摘すると、アルベールは一瞬驚いたように目を見開いた。


「なるほど、君が言うことも一理あるな」


 彼はようやく頷いたが、明らかにまだ完全には理解していない様子だった。

 これは、かなりの鈍感お兄様ね…。



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