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8話 魔術は難しい

 レフィードはすぐさま姿を消し、私はガラス扉を見る。

 リュカオンがティーセットの乗ったトレイを持って立っている。私が〈入って〉というと、彼はガラス扉を器用に開けた。


「お嬢様。お茶をお持ちしました」

「ありがとう! 丁度飲みたいと思っていたの」


 素朴な木製のテーブルの上へ、ティーセットが並べられていく。

 お母様お手製の林檎ジャムのクッキー。ティーカップへと注ぎ入れられた琥珀色の紅茶。

 眺めるだけでも、幸せな気持ちになる。


「いつもメイドさん達が持っていてくれるけど……今日はどうしてリュカなの?」


 お茶の時間になると必ずルーザが私を呼びに来て、庭か屋敷内でお茶をする。温室までわざわざリュカオンが持ってきたのが、気になって仕方がない。


「それが……イグルド様とサジュ様が屋敷内で魔術を使用し、二部屋が水浸しにしてしまいまして」

「えっ!?」


 困った様子のリュカオンの答えに私は驚いた。

 兄様も私と同じく魔力を持っている。週に一度魔術の講師を呼び、扱えるように一緒に勉強をしている。

 おそらく、兄様はサジュにその成果を披露しようとしたのだろう。


「どうやら制御が上手く効かず杖から水が無尽蔵に出続け、隣の部屋にいたメイドに助けを求めた結果、二部屋と廊下が……水に濡れた家具の移動やお二人の着替えがあり、今屋敷にいるメイドと兵士は私を除いて出払ってしまいました」


 レンリオスの屋敷は比較的に小さい。雇い入れている使用人は合計8名。警備の兵士はリュカオンを含めて4名だ。そのうち、使用人1名と兵士1名はお父様の傍で屋敷にはいない。部屋によるが設置されている家具はソファやテーブルのような大きなものから、花瓶や本など小さなものまで様々だ。

 一旦全ての家具を移動させ、絨毯やカーテンの撤去、床や壁の掃除もあるだろう。そして乾いた後、元通りに直す。絨毯とカーテンは別のものに取り換えをするかも。そんな大がかりな作業を二部屋もするとなれば、出払ってしまっても仕方がない。

 兄様は今頃母サリィに注意を受けているだろう。そう思いながら、紅茶を一口飲んだ。


 …………なんだか私は、魔力が上手く操れるか不安になってきた。







 翌日の早朝。屋敷に行商人がやって来た。今持っているお小遣い分の値段の魔鉱石を4属性欲しいと頼むと、お得意様だからと金額よりも少し純度の高いものをくれた。

 得した気分の私は魔鉱石が満帆に入った布袋を両手に抱え、温室へ持って行く。


『おかえり。魔鉱石は手に入ったか?』


 温室の中を自由に動いていたらしきレフィードが、私を出迎えてくれる。


「ただいま。ちゃんと4属性分買えたよ」


 布の袋をテーブルに置き、中から4色の魔鉱石を出し、属性ごとにより分けて行く。

 黒く硬そうな石の中に、小さな青や赤の宝石が顔を出している。魔鉱石は純度が高い程にその属性の色を宿す。火ならば赤、水なら青、風なら緑、土ならば黄色だ。どのジャンルのゲームでも、属性の色は定番と言っても良いだろう。

 他の石から生えるように長い年月結晶が大きくなっていくが、単一の属性だけで成長するのはかなり稀だ。魔術師や鑑定士曰く、綺麗な青色の魔鉱石でも水属性の中に風属性が入っている等の混雑が圧倒的に多いらしい。そのため、純度が高い魔鉱石はダンジョンの奥地であっても発見される量は限られ、希少だ。


『ミューゼリアは魔術を扱えるだろうか?』


 魔鉱石を分け終えた頃を見計らって、レフィードが訊いてくる。


「い、一応」


 私は、テーブルに予め置いてあった杖を手に取る。灰色の石が埋め込まれた指揮棒のように小さな杖だ。

 魔術の講師から、練習するならまずは初心者用の杖を使うよう言われている。杖の埋め込まれた石は、魔力が注がれるとその属性に合わせて変色し、無くなると元の灰色へと戻る特殊な性質がある。まだ魔力を使い慣れないうちは、その変化を目安に練習を行う。


「えーと、まず、イレグラ草一鉢につき一つの属性の魔力を注ぐんだよね。やってみる」


 床に置かれたイレグラ草が生えている植木鉢を見る。全部で8つ。植木鉢の中には約4株のイレグラ草が青々と茂っている。

 大丈夫。ちゃんと出来る。出来るはず。まずは水の属性の魔力を植木鉢に付与させよう。


『ミューゼリア』

「どうしたの?」


 詠唱しよう、と思った時に丁度レフィードに声を掛けられた。


『イグルドの失敗は詠唱の一部を間違えたのではないか、と私は考えている。ミューゼリアには、失敗しないよう教科書を読みながらの詠唱を推奨したい』

「た、確かに……一言間違うだけでも、おかしくなるって聞いた事があるよ」


 詠唱は、祝詞や経のように意味のある長文だ。魔方陣もまた、意味のある文章を書き連ねている。略語の様に短縮は出来ても、言い間違いや言い忘れをしてしまうと魔術として成立しない。兄様の場合は、詠唱のどこかで〈ここまで出したら止める〉と言う意味合いの文を忘れたのかもしれない。

 ゲーム上では簡単そうに見えるが、実際は覚える文章が多く、定期的に読み確認しなければ間違って記憶されてしまう。音楽家が大量の楽譜を所持しているように、正確に表すには、手本を持っている事が必要不可欠だ。特に覚え初めならば、尚更である。

 誤って攻撃系の魔術が発動してしまえば、イレグラ草が実を結ぶ前に駄目になってしまう。


「今から魔術の教科書持ってくるよ。少し待っていてね」

『わかった。転倒しないよう気を付けるんだぞ』

「う、うん?」


 お父様と同じような事を言われ、驚きつつも急いで温室を出て行った。

 レフィードは何歳なのだろう、とふと疑問に思った。



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