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6話 霊草の人工栽培

  まだ前世の記憶が完全に戻っていない7歳の時、誕生日プレゼントとして温室をお父様に頼んだ。

 随分と大きな頼み事にお父様は、驚いていた。

 けれど、私が毎日熱心に植物図鑑を読んでいると乳母のルーザから聞いていたらしく、快く了承してくれた。

 三か月後に完成した小さな温室には、日に日に私の育てた植物達が増え、緑豊かになって行った。

 精霊レフィードと出会ってから一週間が過ぎ、エプロンドレス姿の私は温室の花達の様子を見ていると、ガラス張りのドアをノックする音が聞こえてきた。


「サジュ!」


 ガラス扉の前に、男の子が立っている。

 天使の輪が輝くクリーム色のマッシュルームみたいな髪型に、丸い緑の瞳。ほんのりピンク色の頬をした丸い顔。ふくよかな体。はち切れそうな白いシャツの襟元には赤い蝶ネクタイがされている。


「こんにちは。ミューゼリア」


 サジュはにこやかに挨拶をする。


「いらっしゃい」


 つられて私も笑顔になる。


「温室に行くミューゼリアを見かけたから挨拶しようと思って」


 サジュはイグルド兄様の親友だ。

 いつも動き回って捕まえるのが難しい兄様と対照的でサジュはおっとりとしている。しかし2人は気が合い、互いの家へ遊びに行くほど仲良しだ。


「見たことない花が多いね。何を育てているの?」


 サジュのお母様は花が好きであり、庭の一角を自ら手入れしているらしい。その影響もあり、サジュは植物についてある程度知識を持っている。


「薬草!」


 そんな彼に私は自慢げに答える。

 サジュは意外と言いたそうな顔で驚いた。


「や、薬草?」

「そう! 凄いでしょう?」


 今度は、得意げに私は言う。


「凄いけれど……子供が育てても大丈夫なの?」

「大丈夫。種類については庭師さん達と相談して、毒があるものは育てていないよ」


 薬草の中には、棘に毒があるものや触れると肌が爛れるような危険な種類が存在する。薬草の種が欲しいと言った時、庭師やお父様からそれらを避ける様に言われていた。

 私はガーデニング用の棚に置かれていた鉢植えを一つ手に取り、サジュに見せる。

 そこに植えられていたのは、小さな四枚の花弁の花が球体の様に密集し咲いている植物。どこか紫陽花に似ている。


「これが薬草なんだよ」

「へぇ……言われないと普通の花のようだね」


 サジュは感心した様子で言った。


「てっきり、薬草はみんな葉っぱだけの植物かと思ってた」


 興味深そうに白い花を見ると、サジュは改めて周りの植物を見る。

 赤や黄色、言われない限りは薬草だとは思えないような可愛らしい私の自慢の花達。


「薬草だって植物なんだから、花を咲かせて、実が出来るよ。それに、花や実が薬になる種類もあるって本に書かれていたよ」

「へぇ、そうなんだ。本の題名教えてくれる? 僕も知りたくなってきたよ」

「うん!」


 ひとしきり会話を楽しむと、サジュは兄様に会いに行くため温室を出て行った。

 一人となった私は周囲を見渡し、誰もいない事を確認すると精霊レフィードを呼んだ。


「レフィード。出てきて」


 名を呼ばれたレフィードは、宙に浮く水の塊となって姿を現す。前回よりも一回り大きくなり、直径は5センチ位ありそうだ。人の形を持続できる時間も増えてきたそうだが、少量の魔力で済むその姿を選んでいると言っていた。


『何に協力すれば良い?』

「シャルティスを育てたいの」


 霊草〈シャルティス〉


 高い解毒能力があり、魔術等の魔力に関わる呪いを打ち消す力を持っている。ゲーム上では希少なアイテムであり、物語では妖精によって引き起こされる病の特効薬となる原料だ。


 霊草〈シャルティス〉は霊峰〈シャンディア〉の山頂にのみに自生する特異な植物。

 霊峰の山頂には、まるで蕾の様に周囲が岩石に覆われ、強風から守られた空洞が存在する。その場所に、シャルティスが自生している。世界初の登頂に成功し、霊草を発見した登山家は、古代語で母を意味するシャンディアの霊峰の元で、守られるように育つその植物に子を意味するシャルティスと名付けた。

 水晶の様に透明な葉。虹色に輝く花。その効能だけでなく、生きる宝石として貴族達から注目を集め、高値で取引されている。手に入れようと人々は登頂を試みるが、その過酷さに多くの犠牲を生み、〈死の花〉とさえ呼ばれている。


 私のやるべき事は、霊草〈シャルティス〉の人工栽培の確立だ。


 温室を作ってもらったのは、最初は趣味だった。転生前は花を育てるのが好きだったので、今回もと7歳頃は思っていた。温室が完成する直前に、病気の存在を思い出し、薬草を育てる方向に転換をした。

 シャルティスは8年後の世界でも栽培方法が確立していない。魔法使いの師匠は、数本で足りると言っていたので、リティナもプレイヤーの私も気には留めていなかった。

 思い返せば、アルカディアの戦姫は王都中心の物語。特効薬によって王都の人々が救われる描写はあったが、他の領民について追及がほとんどない。薬の生産数や配給状況は数値で見れるが、完治した人や死者数は表示されない。このゲームでは流石に細かすぎる内容だ。省かれてしまったのは仕方ないが、王国の地図を見る限りでも長期間掛ったのは想像が出来る。あと一日早ければ救われていた命があったはず。

 原料の霊草の人工栽培が成功すれば市場に出回り、病気の治療法が早期発見され、薬の生産数も増加する。全てを救えなくても犠牲者を減らせる。

 もっと知識を付けて10歳になってからと思っていたが、精霊レフィードの知恵を借りれば今からでも挑戦が可能だ。


「手伝ってくれる?」

『もちろんだ』


 シャンティスは発見された約100年前から魔術師達の懸命な研究によって、開花と種の採取できる時期が判明し、地上へ生きた状態で持ち帰る事ができるまでに至っている。しかし、種から発芽させ、栽培できるまでには到達していない。


『種はあるのか?』

「うん。お父様から、貰っているよ」


 私はエプロンのポケットから、水色の布製の袋を取り出す。袋の中には青色の小さな丸い種が6つ入っている。

 8歳の誕生日に、シャルティスの種をお願いしていた。薬草を育てている娘ならばいずれはと思っていたのか、お父様はシャルティスの種を6粒用意をしてくれていた。

 霊峰シャンディアはレンリオス家の領地にあり、観光資源になっている。しかし領主だからといって、軽々とシャルティスの種を手に入れることが出来るとは到底思えない。税金の代わりや、私財を崩して用意してくれたのかもしれない。私は、我儘を聞いてくれるお父様の為にも、絶対に成功させたい。


「レフィードは、地上ではシャルティスが芽を出さないのか知っている?」

『知っている』


 あっさりと答えられ、私は驚いた。

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