13話 王都へと向かう馬車の中
あっと言う間に4か月が過ぎた。初夏は終わり、秋がやって来ている。
私達家族4人は王都へ向かう為に馬車に乗り込む。荷物を載せた馬車は、私達の後ろを走り、周囲にはリュカオンを含めた護衛の兵士達4人が馬に乗って同行している。
復興はまだ半場だが見通しが付き始め、河川工事が大方終わり、壊れてしまった橋は新しく建て直された。お父様は自分がいなくても復興が進むように、この4か月で様々な業種の人達に連絡を取り合い、根回しをしていた。
馬車が麓の町を走る。
外出用の黄色のワンピースを着た私は、恐る恐る窓の外を覗いた。道は綺麗に舗装され、まだ災害の爪痕が残っているが活気がある。商人達が簡易的な店を開き、新しい家の骨組みが立ち始めている。次の豪雨に備えてか地図を見ながら話し合っている人達が見えた。
辛い経験を乗り越え、町の復興が着実に進んでいる。私は自分の事のように安心した。
「王都までは大体3日掛かるから、体調が悪くなったら直ぐ言うのよ」
「はーい」
「わかりました」
私と兄様は外を眺めながら、お母様の話に応える。
町並みから牧草地、畑へと徐々に風景が変わっていく。土が入れ替えられた畑を来年に備え手入れする農家の人達。被害を免れた一部の牧草地では、牛や馬が草を食んでいる。彼らの日常が少しずつ戻ってきている。
「ミューの持っている箱は何?」
ふと、兄様は私が大事そうに抱えている木箱について聞いてくる。
木箱を荷物スペースに置いては、何かの拍子で倒れるだけでなく、封印魔術が解けてしまう恐れがある。可能な限り手元で守りたいと思い、持って来ている。
「あ、えーと……これは、今私が一番大切に育てている薬草」
少しだけ濁しながら私は答える。
田舎は噂が一つでも生まれると、一瞬で広がる。男爵令嬢がシャルティスの栽培に挑戦していると知られたら、一気に注目を集めてしまう。利用しようと企て、近づいてくる人物が必ず現れる。それを未然に防ぐために、シャルティスを育てていると誰にも話してはいない。
きっとお父様は察しているだろう。沈黙を貫いてくれて、感謝をしている。
「ふーん? メイドに任せられない位、大事なんだ?」
留守にする間、屋敷のメイドに温室の植物達の水やりを頼んでいる。
植物によって与える量が違うので、メモの通りにお願い。そう馬車に乗る前に、メイドへ私が言っていたのを兄様は聞いていたのだろう。
「うん。これは、私一人で育てたいの」
「そっか。土が零れない様に気を付けるんだぞ」
兄様は素直に納得してくれた。
「うん!」
少し騙しているような申し訳ない気持ちになりながら、私は笑顔で頷く。
「ねぇ、御母様。王都の観光は出来ないの?」
王都に行くのは、私と兄様は生まれて初めてだ。
ゲームの風景では、とても華やかな場所だった。国家最大の商業都市の名に恥じず、人の波が昼も夜も途切れる事が無い。宝石商やブティックのような煌びやかな高級店が並んでいるかと思えば、広場では青空市の色とりどりの天幕が花畑の様に広げられている。少し足を延ばせば映画館や演劇場があり、その近くには有名なパティシエの経営するケーキ屋兼喫茶店が建っている。
私も観光したいと思ったが、お母様は難しそうな顔をする。
「イグルドは王太子様の遊び相手になるのだから、勝手な行動は駄目よ。それに、ミューゼリアはまだ小さいから危ないわ」
期待に目を輝かせた私と兄様は、撃沈され、肩を落とす。
兄様は、全く王太子に興味がない。
若い貴族の子なら王太子とお近づきになりたいと思うはずが、兄様は自身の欲にとても忠実だ。ある意味では、無欲。お父様の領土の政治に積極的な反面、率先として王室と関わろうとしない所が似たのだろうか。
「王都は華やかな場所よ。でも、人が沢山いる分危ない場所でもあるの。お祭りに乗じて、悪い人が子供攫ってしまう、なんて話もあるわ」
「そうだな。貴族の子供となれば、身代金目的で攫われかねない。すまないが、今回は我慢するんだ」
「はい。わかりました」
「うーん……王室の騎士団見られそうだし、我慢するよ」
兄様は渋々と2人の説得に応じた。
「ごめんなさいね。でも生誕祭が終わるまでの2週間は、楽しい事が沢山あるから退屈しないと思うわ」
……ん? 今、お母様は2週間って言った?
そこで私は自分がうっかりしていた事に気づいた。ゲーム中ではイベントを達成させるばかりで半分流してしまっていたが、王太子の生誕祭は彼が20歳になるまで毎年2週間執り行われる。そして、最終日に貴族達のパーティが開かれる。他国に国力を見せつける狙いもあると思うが、2週間は本当に長い。
収穫祭などの祭りよりも大きい催しなので、王太子ルートの終盤では一緒にダンスをするイベントが発生する。ゲーム上のダンスイベントの中でもとりわけ煌びやかで、輝かしい空間で踊る2人の姿が印象的だった。
「あの、お母様」
「どうしたのかしら」
「2週間、お城の中で過ごすのですか?」
「お城の近くの別館よ。あちらは生誕祭の会場だから、過ごす時間は限られるわ」
「え、あの、その2週間分のお洋服って……」
王都へ向かう前日。観察日記やシャルティスの鉢が入った木箱、その他自分の持っていくものを確認しながら、トランクケースに入るだけ詰めていた。2週間も誕生祭があるとすっかり忘れていた私は、ドレスを除いた衣類は、道中で着る分だけあれば良いと思っていた。お気に入りの服を別のケースに詰めてくれていたメイドに、聞いておくべきだった。
まさか。
「これを機に、2人の服を新調しようと思って、奮発したわ」
「えぇ!!」
「お、お母様!?」
思わず兄様は立ち上がり、私は目を丸くした。
二人合わせて最低でも28着。しかも、生誕祭中に滞在するのだから、それ相応に良質で豪華な服だ。
「……まさか、私の服も?」
何か思い当たる所がある様子のお父様が恐る恐る聞くと、
「えぇ、もちろん!」
お母様はにっこりと笑顔を浮かべる。
どれ程の私財をお母様は持っていたのだろう。私だけでなく、2人も聞くのが恐ろしくなったのか、愛想笑いをしている。
2日かけて道を進み、そして3日目の夕方に私達の乗る馬車は王都へと到着した。特に問題は起きず、天候が良かったお陰で予定よりも少し早く着いた。
私達が2週間過ごすのは、陛下が用意してくれた城の敷地内にある別館〈銀水晶の館〉
お父様の活躍に対する返礼なのか、異例の待遇だ。
別館はその名の通り、銀色の水晶の様に真っすぐと伸びた塔が併設された広い屋敷だ。ここはゲームの主人公リティナがラスボスの存在を知り、対策本部として活用する。目が行きがちな城ではなく、ここを活用する事で妖精達の目を欺いている。プレイヤーとしては、聖地と呼べる場所の一つだ。
内装は豪華絢爛。金の繊細な細工が施された家具の数々。細部に至るまで視界に入るもの全てが芸術品と呼ぶに等しく、落ち着いた色合いのレンリオスの屋敷とは全く違う。
「眩しい。落ち着かない」
旅の疲れよりも、豪華な内装に兄様は顔を思わずしかめる。
お父様とお母様は国王陛下に挨拶へ向かい、私と兄様は客間で休憩を取っている。屋敷の構造を覚えているので見て回りたいが、両親の顔に泥を塗らないよう礼儀正しく、大人しく今は過ごす。
「過ごしている内に慣れるよ」
花柄の布地に金の肘掛けが付いたソファに座っている私達の元に、別館のメイドの方がティーセットとケーキを持って来てくれた。夏の黄色や橙色のビタミンカラーの果物で彩られたタルトが乗った皿が、私と兄様の前へと置かれる。ティーカップへと注がれた紅茶の良い香りが鼻をくすぐる。
私達がお礼を言うと、少し驚いた様子でメイドは深々と頭を下げ退室した。
「そうだと良いけどさー」
ため息を着いた兄様は、フルーツタルトを一口食べた。すぐさま顔がパッと明るくなり、あっという間に皿が空になった。
「美味かった!」
「私のも食べる?」
「いや、美味しいからミューも食べた方が良い」
タルトの乗った皿を差し出そうとしたら、即座に兄様は拒否した。独り占めせず、美味しさを共有したいと思ってくれる優しさが、こちらの気持ちも良くさせてくれる。
「それじゃ、私もいただきます」
フォークで一口サイズに切り分け、口へと運ぶ。
強すぎない酸味と程よく下に残る甘み。果肉独自の弾力と繊維質は、新鮮な証拠だ。タルト生地は硬すぎず、ほろほろと解けていく。滑らかなクリームは甘すぎず、両者を調和させる名わき役を担っている。
「美味しい!」
沢山の食べ物が集まる王都だからこそ作られるフルーツタルト。
兄様の言う通りで、本当に美味しい。屋敷のシェフや乳母ルーザが作ってくれるお菓子も美味しいが、パティシエがお菓子の可能性を追及して作り上げた食べられる作品は、全くの別物だ。
「良かったら、もっと持ってこようか?」
「え?」
後ろから声を掛けてきたのは、兄様と同じ年頃の男の子だった。




