12話 パーティーへの準備と
その後の話し合いの結果、お母様が中心となって王太子の誕生日パーティまでの準備を担う事になった。
準備と言っても何をやるのだろう。そう思ってから3日後、屋敷に女性の裁縫師と弟子の少年が来訪する。兄様の礼服を作るのだろうと思っていたが、私も応接間に呼ばれた。私の分も作るらしい。
「お母様! 8歳の誕生日に叔母様から貰ったドレスがあります!」
私は慌ててお母様に言う。
「お、俺も! まだ2回しか着ていない礼服があるよ!」
何故か兄様も慌てて言った。
「ダメよ。王太子様のお祝いに出席するのだから、ドレスコードはしっかりしないと」
「で、でも……そんなお金が、家にあるのですか?」
私の言葉に、兄様も何度も頷く。どうやら兄様もお金のことが気になっていたようだ。
上質な布生地。金や銀の糸。綺麗なビーズや宝石。新品の革靴に髪飾り。普段のワンピースやズボンとは桁が違う。一級品となれば、1人でも目が眩むほどに高価だ。それを2人分も用意するなんて。
ゲーム内のお茶会シーンで、〈10着新しいドレスを作ったの〉とある令嬢が気軽に言い、周囲の令嬢も〈私も作ってもらうかしら〉と当たり前のように会話を続けていた。庶民感覚の私は、改めて次元が違う世界だと思った。
「皆が大変な時期に贅沢して良いの?」
復興の為に多額を投じているのに、そこにさらに2人の衣装代。屋敷が傾いてしまうのではないかと、私と兄様は心配でしかたなかった。
「2人とも、大人びた事を言うのね。大丈夫。私が一人で稼いで貯めているお金で買うから、心配はいらないわ」
にっこりと笑みを浮かるお母様は、裁縫師に私達の寸法を測る様に声を掛ける。
お母様は、狩猟が得意だ。魔物の襲来によって廃村になったお母様の故郷は、狩猟を生業としていた。貴重な動物や魔物の毛皮を売るだけでなく、害獣駆除、時には討伐依頼を受けていたらしい。
実際の様子は危険なので見せてはもらえないが、お酒に酔ったお父様は、お母様を狩猟の女神のようだと絶賛していた。狩猟の季節になれば、買い手らしき商人がお母様へ挨拶にやって来る。冬になると、お母様は家族全員へ手製の毛皮の上着を必ず用意してくれた。安定した量を確保できるだけでなく、売って欲しいと思える位に傷の少ない上質な毛皮は、狩猟の上手さを物語っている。
「本当ですか?」
寸法を測られている兄様を見ながら、私はお母様に訊いた。
「本当よ。王太子の誕生日パーティへの参加は、貴族としての務めでもあるわ。でも、私とデュアスはあなた達2人の将来の為にも、行く必要があると思っている。私達は、全力で2人を支えるわ」
お母様はレンリオス家の利益よりも、兄様と私の将来を案じてくれている。
王太子との縁が繋がれば、兄様の将来の道が開ける。王族との関りから、良い師匠と巡り合い、剣の腕を上げ、魔物討伐だけでなく騎士として名を上げる事もできるだろう。
そこで、私はラスボス戦前の情景を思い出した。王都では、多くの騎士や兵士が妖精との戦いで負傷し、亡くなった人もいる。もしかすれば、兄様もその中の1人だったのかもしれない。兄様の8年後の、その先の未来。守るべき大切なものだ。
「ありがとうございます。当日は、お行儀良くします!」
大切な家族の為にも、霊草の人工発芽を成功させようと改めて決意する。
こんな絶好の機会をくれたお父様とお母様の為にも、私は頑張らなければならない。
「あら。ミューゼリアは今でも十分お行儀が良いわ」
お母様はそう言って、私の頭を撫でてくれる。
2時間ほどが経ち、寸法を測り終え、お母様と相談して作るドレスと礼服のデザインが決まった。仮縫いの試着を行い、ドレスが出来上がるまでに約3か月半掛かる。兄様の礼服も大体同じ期間掛かると裁縫師は言っていた。
裁縫師とお母様の話し合いが続き、私と兄様は一足早く応接間を出て、昼食を摂る。その後は、礼儀作法のレッスンや勉強が続き、温室へ到着したのは夕方だった。
「遅くなってごめん! 種の様子はどうかな?」
レフィードはその間温室で、木箱とその中のシャンティスの様子を見守ってくれていた。
『箱の術式は正常。種の胎動も乱れはない』
「よかった……」
私は安心して、布の蓋を開けて様子を伺う。蓋は日光の加減をするものであり、封印の魔術の効果は薄れない。まだ3日しか経っていないので特に変わりはないが、観察日記を書く為に目視は必要だ。
蓋を閉じ、木製の椅子へ座った私は、テーブルに置かれた緑色の表紙の観察日記を開く。
「発芽は何週間くらい?」
天気や気温、状態について書きつつ、レフィードに訊いた。
『最短で一週間。最長で一年』
「へぇ、個体差あるけれど、最短だと地上の植物と変わりないんだね」
『そうだ。しかし、そこからが本番と言える。双葉が開き大きくなるには3ヵ月、本葉が成長するには同等の時間が掛かると考えて欲しい』
少しずつ成長する速さが遅くなっていくのだろう。安定した環境を保つ長期戦が始まる。魔鉱石と違い代替品は徐々に内包する魔力が減少していく。レフィードの話では、半年は安定した量を持っている。それまでにお小遣いを貯めて、イレグラ草を育てなければならない。
「双葉の状態なら、王太子の誕生日会に間に合いそうで良かったよ」
『持っていく予定なのか』
「うん。協力者を探そうと思って。実物を見せないと説得力がないでしょう?」
『確かに』
観察日記だけを持って行っても、子供の空想だとして相手されないだろう。実物を見せれば説得力が増し、将来有望な令嬢として支援をしてもらえる可能性がグッと上がる。交渉次第では、復興の足掛かりになる。
『ところで、ミューゼリア』
「うん。どうしたの?」
一通り書き終えた私に、レフィードが声を掛ける。
『色々と考えてみたのだが私の今の体では、君の目から見て取り戻した記憶と力の具合が分からないと思う』
私の魂の中に、レフィードの記憶がある。記憶を取り戻す度に、力も向上していく。
水の塊のレフィードの体は、今は15センチ位になった。このまま順調にいけば、温室に入れない位に大きくなりそうだ。それは流石にまずいと思う。
「大きくなるにも限界があるもんね」
『なので、生物の成長の様に変化を付ける』
レフィードはそう言って、水の塊をウネウネと動かし、新たな体の形を作り始める。
高さは8センチくらいの手のひらサイズ。鳥の雛の様な丸い体に、ぬいぐるみの様な略称された人間の幼児に似た顔。人鳥か人面鳥に近いが、まだ水の体なので羽や爪はかなり大雑把であり、子供が作った粘土の人形の様に見える。
人型になれる素質があるから、それを応用したのだろう。なんとも言えない可愛らしさがある。
『ううん……今の力では、細部は難しい』
テーブルの上で、羽や足を確認しつつ悩ましげにレフィードは言う。
「そこからスタートなら、変化も分かり易いと思うよ」
『そうだな。ここから精密に造形していこう』
レフィードは私の右腕を伝って肩に乗ると、私の書いていた観察日記を確認する。




