11話 招待状
一か月後。マメ科のイレグラ草は実を結び、ようやく収穫に漕ぎつけた。莢から取り出された2センチ位の豆の形をした小さな魔鉱石の代替品。手触りは石そのものだ。
収穫できた数は189個。
不十分な結晶化がないかレフィードが選定し、四属性が均等な魔力の量になるよう計算した結果164個になった。
まず木箱の底に、属性ごとに7割近くを四方の角に並べ、中央に土の入った植木鉢を設置する。そして、シャンティスの種を土の中へ植え、残り3割の代替品をその周囲に置き、箱に封印魔術を施した。
「温度調節は必要かな」
最初は魔鉱石の代用品から菌が種に付くを待つ。布の蓋を閉じた木箱を、温室の直射日光が当たり過ぎない明るい場所へ置いた私は、レフィードに聞いた。
『火山地帯にも生息していた。魔力の純度さえ高ければ、それで成長をする』
「完全に魔力頼りなんだね。シャンティスって独自の結晶化による成長をしているの?」
代替品となる豆は属性ごとの色を放ちながらも、魔鉱石の様に透明度がある。ゲームの画面上を除けば、図鑑でしかシャンティスを知らない私だが、結晶化に精通するものがあるように私は思えた。
『そうだ。シャンティスは進化の過程で、体内の維管束を守る手段として結晶化を取り入れた。結晶化はレンズの働きをし、弱い光を効率よく取り入れ根元近くにある葉緑体へと日光を送り込む。直射日光に弱いのは、これによって過剰に取り入れてしまうのが原因だ』
高山植物に似た見た目のシャンティスは、地面近くに葉を茂らせ、時期が来ると茎をのばし、花を咲かせる。結晶化させより表皮等の層をなす細胞を強化し、純度の高い魔力の中でも耐えられるようにしているのだろう。
「……そうなると、成長って結構かかるんじゃない?」
細菌からの栄養と少量の水で結晶化をするとなれば、その過酷な環境も相まってグングンと成長する様が想像できない。
『シャンティスは多年草だ。発芽に成功、順調に成長をしたとして、高さ20センチになるには5年かかる』
「ご、5年!?」
植物は1年かけて数ミリしか成長しない種類も存在するのを知っていたが、シャンティスもその類だったのか。
魔力の純度が低下し、多様化したダンジョン内には次々と成長の速い植物達が芽吹き、栄養を奪われ、日光を遮られ、菌類には移動され……とあれよあれよという間に、生存競争に負けていく。
生命力の強い外来種に、在来種が滅ばされるかのようだ。
このままでは、8年後の病気蔓延に対して薬の大量生産が間に合うか怪しくなってきた。
私は肩を落とすように落ち込む。
『ガッカリとした様子だが、何か問題があるのだろうか?』
レフィードには、8年後について教えてはいない。どこまで信じてもらえるか分からず、言葉に出来ないからだ。
「うん……前に薬に使うって言ったでしょう? だから、早めに沢山栽培出来るようにしたいの」
『そうか。では、第一の目標を発芽から本葉までに留めてはどうだ? 1枚の葉っぱでも薬としては効力がある。発芽と本葉までの成長が安定すれば、その資料を基に研究する者達へ協力を仰ぐことも出来るだろう。多勢で挑めば大きな規模の栽培の糸口が見えてくるはずだ』
「うん……そうだね。今の6粒の発芽に集中するよ」
次のシャンティスの種を得られるか。鉱石を集められるのか。8歳の私には、限界がある。
まずは目の前にある目標を達成する事に全力を尽くそう。
さっそく観察日記を持ってこようと思った時、ガラス扉を軽く叩く音が聞こえた。
様子を見に来たリュカオンかな。
そう思いながら扉を見ると、息を切らしたメイドの女性に戸惑うリュカオンがいた。
「どうぞ入って」
「失礼します」
ガラスの扉を開けて2人は入って来た。
メイドの女性は急いできたのか、少し髪型に乱れがある。
「どうしたの?」
「旦那様がお嬢様をお呼びです」
「お父様が? うん。行くよ」
メイドの女性はどこか神妙な面持ちでいる。
「談話室でお待ちですので、出来るだけ急いでくださいね」
「わかった。行ってくるね」
私はリュカオンと一緒に屋敷へと向かう。
城に行ってから約8日後にお父様は屋敷に戻って来た。その後は、麓の復興の為に尽力をしていた。土砂や流木、倒壊した家の撤去、そして建物や道路の修繕や建設、まだまだ終わりが見えない。
何かあったのだろうか?
私を呼び出すのなら、薬草が必要になったのかもしれない。
薬草の数を思い返しつつ談話室へ入ると、お父様だけでなく、お母様と兄様も一緒にいた。木製のローテーブルには4人分のティーカップが並んでいる。家族会議をする雰囲気だ。
「ミューゼリア。植物の世話の最中に呼び出して、すまないね」
いつもならソファに座っている筈のお父様が、落ち着かない様子で立っている。便箋の内容を読んでいたが、私が来た事に気付くと、顔を上げて微笑んでくれる。
3人掛けのソファに座るお母様とイグルド兄様の表情が柔らかいので、深刻な話ではないのを察し、安心をした。私はお母様の隣へと座ると、頃合いを見ていたメイドの一人がティーポットへと紅茶を注いでくれた。
「いえ。丁度終わった所でしたので、大丈夫です! 何かあったのですか?」
私は笑顔で、お父様に訊いた。
お父様はローテーブルを挟んだ正面の椅子に座り、少し悩ましげな表情をする。
「実は4ヵ月後に開催される王子の誕生日を祝うパーティに、イグルドが招待されてね……」
ローテーブルの上に置かれた紙には、王太子の誕生日パーティへの招待と書かれている。
王太子は兄様と同じ10歳。誕生日のパーティは公爵令嬢との婚約が発表される日でもある。首都に屋敷を持つような限られた階級の高い貴族達だけが呼ばれるから、新聞でその情報を知るだろうと思っていた。なので、私は凄く驚いた。
「城に行けるのですか!?」
お父様とは違い、兄様は立ち上がる程に喜んでいる。王太子に会えると言うより、城の騎士に会えると期待しているようだ。
「とても喜ばしい事だけれど、どうして急にその様な話になったの?」
お母様は冷静な様子で、お父様に問いかける。レンリオス家にとっては名誉な事ではあるが、そこまで密接な関りもなければ、片田舎の男爵を招待する王族側に利益がある話とはあまり思えない。
「以前、私が城へ呼ばれたことがあっただろう? 城に到着し、馬車を下りた際に、竜騎士の走竜が暴れているのが遠くに見えてね。急いで諫めたら、竜を見に来ていた陛下に、どういうわけか気に入られてね。話している内に、ちょうど王子とイグルドが同い年だから、遊び相手になってもらえないかとさそわえれたんだ」
「それで、今回の誕生日パーティに招待されたのね」
走竜。翼を失う代わりに、陸上生活に特化した肉食の竜だ。強靭な後ろ足を持ち、速度だけでなく跳躍力にも優れている。野生では群れで行動し、統率のとり易さから、人工繁殖させ馬同様に移動手段として活用されている。馬より速く、障害物を難なく飛び越えられるので、特に城では警備としてかなり役に立っているだろう。
「あら……もしかして素手で走竜を止めたの? 出来る人は中々いないから、陛下も感心したのでしょうね」
お母様は思い出したように、それでいて平然と言っている。
「中々……?」
「素手??」
私と兄様は目を丸くして驚いた。
当主になる前のお父様は、領地の討伐隊に入隊していた。
次期当主なので、あまり戦わせてもらえず成果を上げられなかった。以前、お父様はそう言っていた。
しかし乳母のルーザの話によると、走竜の飼育や調教が出来るのは当時お父様位で、脱退しないでくれと部隊長から懇願されたらしい。
どちらの話が本当だろうと半信半疑であった私と兄様だったが、お母様の口ぶりから、どちらも真実であったと認識する。
走竜は卵からふ化させて人慣れさせているが、分類は魔物だ。しかも、調教するとなると大方若い個体で、力加減を知らない。じゃれ合いのつもりで飛竜が飛び掛かって来る事や、突進されるなんて事もあり得る。
お父様は、戦場に出てはいないが、別の意味で戦っていた。相当強い。
そんなお父様の息子である兄様は将来有望であると、陛下は思ったのだろう。
「イグルド。おまえは、どうしたい?」
「是非とも行きたいです!」
兄様は勢いよく答え、お母様もその様子に微笑んでいる。お父様は頷きつつも、悩ましげな表情を浮かべたままだ。
「そうか。わかった」
「何か他に問題でもあるの?」
お母様はお父様に問いかける。
「ミューゼリアも招待されているんだ」
「私も、ですか?」
今の話の中に私が登場する余地はないので、首を傾げた。
「あぁ、そうだよ。将来の為、人脈作りにどうかと提案してくださったんだ。ミューゼリアにとって、良い機会であるのは確かだ。しかし……」
私と兄様は男爵家と村娘の間に生まれた子供。お母様は一時期屋敷のメイドを務めていた経験もあり、下女として貴族達からは余り良い目では見られない。
兄様なら、純粋な力で地位を獲得できる可能性がある。実力を持って、周囲を黙らせられる。しかし、私はより差別的な目で見られる。まだ子供だが、母親と同じように貴族の男に言い寄る娘ではないか、と軽視される。
とても陰湿で、虐められるのが確定している場所に行きたくはない。お父様もそれを懸念している。
だがプレイヤー目線だと、一度でも王太子と公爵令嬢を見ておきたいと思ってしまう。間近で拝見するのは、一生に一度と言っても良いだろう。
今の立場とプレイヤー心理を天秤に掛けている。
「……私は、一回で良いのでお城に行ってみたいです」
悩んだ末に、私は両親と兄様そう言った。
王太子の誕生日パーティには多くの著名人が招かれる。シャンティスの栽培に協力してくれる魔術師や研究者を見つける機会を得られると思った。8歳の子供には無理かもしれないが、何か掴むものがあるかもしれない。




