10話 栽培の準備
分厚い魔術の教科書を手に戻って来た私は、属性付与の魔術が記載されたページを開く。
イレグラ草が植えられている植木鉢は8個。1属性を2個ずつ付与させなければならない。
『イレグラ草自体ではなく、植木鉢に行えば良い。次第に魔力は土へと浸透し、根が吸い上げる』
「そ、そっか。草の方じゃなければ、少し安心できるよ」
魔術の授業中に、瓶や皿へ属性付与の練習を行った事がある。それの復習と思えば、気持ちが少し楽になった。
一呼吸おいて、ページに記載された詠唱を唱えつつ、杖に魔力を込める。
はめ込まれた石は徐々に水属性の青へと徐々に変色していく。
付与できる魔力は、器とその素材によって量が異なる。規定量を超えれば、壊れてしまう。
石が完全に青くなったのを確認すると、失敗しないよう慎重に杖の先を植木鉢へ添えた。
包み込むイメージをしつつ詠唱文の最後を唱えると、植木鉢は薄っすらと青い光を帯びる。やがて、光を吸い込むように元の状態へと戻った。
「……成功?」
武器とは違い物への属性付与はこれ以上の見た目の変化がない為、思わずレフィードに聞いた。
『成功だ。魔力量は規定通り。ちゃんと出来ているぞ』
「よ、よかった……」
これで一安心だ。そのあと、純度の低い水属性の魔鉱石を鉢の土の上へ乗せていく。
「こんな感じで、他のもやれば良いんだね?」
『そうだ。あとは通常の育成法で良い。実が出来るまで、およそ一か月掛かる。その間に箱を準備する』
「シャルティスの育つ環境を作る為の箱か……どんな感じ?」
『木製の物で良い。今は、植木鉢への属性付与に専念しよう』
「うん。わかった」
私は、植木鉢への属性付与と土へ魔鉱石を置く作業を続けた。それを終えると、イレグラ草の通常の育成方法として、柔らかな日差しの当たる場所へと移動させる。
「ねぇ、箱を作るのも大事だけれど、土作りも必要だよね?」
魔術の使用が終わり、次の作業をした方が良いと思い、レフィードに問う。
水はけが良い土でなければ、乾燥地帯の植物が根を腐らせる原因になる様に、それぞれに合った土が必要だ。また、肥料の量によっても植物の生育に影響が出る。ただ沢山与えれば良いわけではない。土へ過剰に肥料を加えれば、浸透圧の関係で根中の水分が土壌に流出し、根はしなび、対処しなければ枯れてしまう。本来の植物が育成する環境に近づけ、適切な栄養と水を与える事が必要不可欠だ。
『シャルティス用の土は栄養がほとんどない状態が好ましい。野生のシャルティスの根には、魔力を食べる細菌が生息している。彼らの作る栄養素を貰い、シャルティスは光合成による産物を提供する』
「確か、#根圏細菌__こんけんさいきん__#だよね」
植物の生育に必要不可欠である窒素。豊富に栄養のある土壌では生息する微生物によって分解された窒素を根から吸収できるが、植物は生存戦略として時に土がほとんど無い場所にも発芽する。その際、重要になって来るのが共生相手となる根圏細菌だ。細菌は根に小さなコブ状の根粒を構築する。植物は空気中から取り込めない。それを細菌が空気中から吸収し、高い反応性のあるアンモニアなどの窒素化合物へと変換させ、植物に提供する。その代わり植物は光合成によるアミノ酸を細菌へ提供する。
シャルティスの場合、魔力を変換してもらう代わりに、アミノ酸等の栄養素を提供しているのだろう。イレグラ草含め育てている薬草の中にも崖に生息できる種があり、他にも図鑑で読んでいたのでその話は理解できた。
『そうだ。今回、イレグラ草に生息する根圏細菌にシャルティスへ移ってもらう予定だ』
栄養の少ない土地や崖にも生息できるイレグラ草は根圏細菌と共生関係にある。結晶化した種の魔力を栄養源にしようと菌類が移動し、その後発芽したシャルティスを宿主にしてもらう。大まかな流れが想像できた。
「なるほど……大体の流れは分かったよ。次は箱だね」
『植木鉢の寸法を測り、設計図を書いてから制作した方が好ましい。だが君は今、魔力を消耗し疲れているだろう。まだ実が出来るには時間が掛かる。ゆっくりと着実に進めれば良い』
「うん。他の植物の水やりが終わったら、休憩するよ」
少し堅苦しいがこちらを心配してくれているのがよく分かり、素直に頷いた。
4日が経ち、イレグラ草の実が結晶化するのを待ちつつ、私はシャンティス用の木箱を用意した。木工に不慣れな私は、リュカオンに手伝ってもらいながら半日かけて制作した。魔術師が使用する魔道具を保管する箱が欲しい所であったが、市場には出回らず、出たとしても高価な品だ。ネックレスを入れる化粧箱程の大きさの品で、馬車が一台買える。到底子供では買えない。大人になっても、勇気がいる。
完成した箱の蓋は縁が木材、中央は木の蓋ではなく白い布を張っている。
レフィード曰く、シャンティスが直射日光に弱い。光合成は必要だが直射日光では葉焼けをおこしてしまうらしい。結晶のような体がレンズの働きをしてしまうのが、容易に想像が出来た。葉焼けは枯れる原因になるので、白い布で遮光を行う事に決めた。
「鉢植えは……うん。余裕で入る」
温室の中、ミューゼリアは空の鉢植えを入れて木箱の大きさを確かめる。植木鉢は直径24センチの8号。木箱は横32センチ高さ45センチの角柱の形状をしている。
『これならば、結晶化した種を入れる余裕もあるな』
「うん。それで、種を土に植えて、結晶化した種を周りに敷いた後どうするの?」
『定期的に木箱を魔力によって封じ込める』
「封印魔術だね。でも、私のレベルだと直ぐに解けちゃうよ?」
封印は、魔術の防御壁であるシールドや結界とは少し違う。魔術で構成された鍵穴の付いた箱と蓋を作るようなものだ。その箱の強度は熟練者ならば、鋼や金剛石よりも固く、外部からの攻撃を受け流し、貫くほどの威力をも通させない程になるらしい。
私はまだ初歩の段階。紙をかき集めて作った箱の様にもろく、接着剤が直ぐにはがれてしまうだろう。
『初の試み。定期的な観察は必要不可欠だ。その方が良い』
「確かに……そうだ。今後の為にも、観察日記書くよ」
生き物相手であり、長年研究者たちが挑戦してきた難題だ。ちょっとした変化で枯れる可能性は充分にある。定期的に魔術の更新を行う過程で観察し、失敗しても今後に役立てる為に記録を残さなければ。
『それが良い。私もミューゼリアがいない間は観察をし、何かあれば直ぐに報告しよう』
「うん。お願いね!」
成功への道はまだ遠いが、第一歩を踏み出したと実感が湧き、自然と私は笑顔になった。




