08 フィーナの真価
「シュウ様、このあたりであればよろしいかと」
翌日、俺とフィーナは村の外にある草原に来ていた。ここがフィーナの鍛錬の場らしい。
空は快晴。見えるは山と森。見晴らしもよく、寝転がったら気持ちよさそうだ。
「魔物は来ないのか?」
「来ます。実践練習もできるので、いいですよね」
「デメリットだ!」
「だ、だめでしょうか……?」
フィーナはしゅんとしている。のどかだが、ここも油断はできない場所だとわかった。
……まあ、いい。
「さっそく始めるか」
「はい、シュウ様! さあ、さっそくどかんといきましょう!」
フィーナは目をキラキラさせながら、草原の奥を手で示した。
「いや、俺のことは後でいい」
「え……?」
「まずはフィーナの剣を見せてくれ」
「私の……ですか?」
「ああ、とりあえずいつもの鍛錬をやってみてくれ。先に見てみたい」
「はい! シュウ様がご覧になって面白いものではないかもしれませんが、ご覧ください!」
まずはボディガード兼2代目勇者を育成しよう。
フィーナは腰の剣を抜き、正眼に構えた。そして、
「せいっ!」
袈裟斬りから、そのまま剣を振り上げた。風圧で数メートル先の草が揺れた。かなりの速さだ。
「このように、まずはお父様から教えていただいた型を鍛錬しています。あれ、シュウ様?」
「気にしないで続けてくれ」
俺はフィーナのステータス画面を空中に表示させた。フィーナには見えていないのだろう。不思議そうに俺の指先を見ている。
「気になりますが……そういう訓練なんですね。せいっ! はっ!」
「さてと……」
改めて《剣術》のスキル画面を見たが、1524スキルポイントの使い先は表示されていなかった。これは……。
『解説。フィーナは新しい術技の想像ができていないため、派生技の開発ができません。なお、想像は勇者と共有が必要です』
スキル《勇者の資質》による解説だ。気が利くな。
なるほど、俺とフィーナで新技のイメージを共有する必要がある、と。
「なあ、フィーナ。フィーナはこんな剣を使いたいといったイメージはあるか?」
「イメージですか? はい、もっと踏み込みを鋭く、剣の運びは滑らかにしたいと……」
スキルポイント割り振り先は出てこない。おそらくフィーナが話しているのは、既存の基本剣術の範囲なんだろう。
「そういう話じゃないんだ。もっとこう……夢みたいな話でいいんだよ。荒唐無稽でいい」
「シュウ様は子どもの戯れ言のようなお話をお望みでしょうか?」
「まあ、そうだな。こうだったらよかったのに、を教えてくれ」
「承知しました。笑わずに聞いてくださいね」
「ああ」
「例えばですが……私の斬撃が空に飛べばいいと思っていました。そうすれば、宙を飛ぶ魔物にも対抗できると……」
「いいじゃないか」
どれどれ……フィーナのスキル画面を見る。
すると。
「おっ!」
基本剣術 → ★応用剣術 → ★斬撃波
スキルポイントの割り振り先が現れた。きっと「応用剣術」は派生のための中間地点なんだろう。
上限のLv9まで、応用剣術は400、斬撃波は100のスキルポイントが必要らしい。
ま、応用剣術はその名のとおり応用が利きそうだし、斬撃波はそんなに高くないから、両方上限まで上げてやろう。
『スキルポイント500を使い、応用剣術及び斬撃波を取得、Lvアップさせます』
よし、完了した。後は……ちょうどいい。
「よし、フィーナ、あの岩に向けて斬撃を飛ばせ」
「え、ええ〜……? ですから、私、そんなことはできません……」
「いいからやれ」
「うう〜……。シュウ様は私をはずかしめて、お楽しみになりたいのですね……。どうしてもと言われるなら、一度だけ……」
「早くしろ」
「……わかりました」
フィーナは羞恥に顔を赤らめながら、剣を横に構えた。
「いきます……秘剣・三日月落としっ!」
……ノリノリじゃねーかよ。
「シュウ様……これでご満足でしょうか。何も起こりませんよ」
「いや……」
瞬間、岩の上部が、溶けたバターのように草原に滑り落ちた。
「え、え……?」
『フィーナは応用剣術及び斬撃波をマスターしました』
「フィーナが斬ったんだ。さあ、ほかに覚えたい技はあるか?」
「シュウ様は、神さまなんですか……?」
「そんなわけあるか。さあ、次の望みを言ってくれ」
「戦場の端から端まででも、一瞬で駆けつけられたら……」
『フィーナは、体さばき派生、神速を覚えました』
「敵の弱点を正確に見極めることができたら……」
『フィーナは動体視力派生、心眼を覚えました』
「傷つくことなく敵の攻撃を受け止めることができたら……」
『フィーナは応用剣術派生、衝撃分散を覚えました』
「魔法でさえ斬り裂くことができたら……」
『フィーナは応用剣術派生、魔法消散を覚えました』
……うん、だいぶ技を覚えてきた。
ゲームで例えるなら、フィーナは初期技だけで縛りプレイをしていた状態に等しい。本来はこのくらいの技が使えてもおかしくないはずだ。
「あとは、あとは……」
「さあ、まだあるか?」
「あとは……」
フィーナは少し考え込んだあと。
「あの日、私が今くらい強かったのなら、街を守れたのかもしれないのに……」
「……え?」
フィーナの瞳から一筋の涙が流れた。
「ごめんなさい、シュウ様。私を強くしてくださり、ありがとうございます。いま、私が覚えた数々の技は、あの日、幼かった私が欲しかったものなんです」
「……あの日?」
「ええ、私たちが以前住んでいた街、フローリアが陥落した日です」
「…………」
「このような力もあれば、きっと私もお父様の横に立って戦えたのかもしれませんね」
……俺は、知らないうちにフィーナの傷跡をえぐってしまっていたのかもしれない。
ーー後悔。手に入らなかった過去。それを抱えることの悲しさは俺にもわかる。
「ごめんなさい、シュウ様。せっかくお時間をさいていただいているのに、今日は、もう、あの日のことを考えるのはつらく……」
「いいさ、今日はここまでにしよう」
若干のスキルポイントは残っているが、十分使えた。何しろ1300程は一気につぎ込めたんだ。
「はい、本当にありがとうございました。この御恩は一生忘れません。歌にして代々語り継ぎます」
「せっかくポイントをつけたんだ。吟遊詩人への転職はやめてくれ……」
そのとき、村の監視台から、激しい鐘の音が鳴り響いた。
「なんだ?」
「あれは……」
草原の彼方に、黒い塊が見える。黒い塊は徐々に大きくなってくる。何かが2つ近づいてきている。
「ブラックケルベロス、2体です!」
「マジか……」
あの強力な魔物が2体。俺とフィーナは、ちょうど村と魔物の中間地点にいる。
「逃げるか……」
俺は飛行魔法である、双光翼の起動準備をした。
「フィーナ、いったん逃げよう。ここじゃ囲まれるぞ」
「いえ……逃げたら、村が襲われる可能性があります。ここで2匹とも討ちます」
そう言ってフィーナは懐から笛を出した。
ぴぃぃ!と鋭い音が響く。
「お、おい」
「これはマナカが製作した魔物寄せの笛です。こちらに誘導します。シュウ様、私に万が一のときがあったら、そのときはよろしくお願いします」
そんなことは考えたくない。
「さあ、シュウ様は下がってください。今の私なら……」
俺は走ってフィーナから20メートルほどの距離をとった。俺も光線をスキル強化しておいたほうがいいのか、と考えているうちに、2体の巨大な犬はフィーナに迫ってきた。
「フィ、フィーナっ!」
1体が若干先行している。1体目のブラックケルベロスは速度を落とさないままフィーナへと飛びかかってきた。
ーーフィーナは剣も抜かず立ち続けている。
「お、おい!」
一瞬の後、ブラックケルベロスの体は縦に両断された。
「ーー今の私なら、負ける気がしませんっ!」
『フィーナは斬撃波でブラックケルベロスの急所をついた! 1361のダメージ、ブラックケルベロスを撃破した!』