07 夕食と、マナカの推理
フィーナが出してくれた夕食は、パンと、香草がのったステーキ、そしてライチのような果物だった。
「あたしまでご相伴に預かっちゃって悪いね」
「いいえ、準備手伝ってくれてありがとう」
俺はフィーナとマナカとともにテーブルを囲んでいた。
フィーナの家は質素で、生活に必要のないものはほとんどなかった。壁にかけられた一つのネックレスだけが、飾り気と言えるものだった。
「……女神セレス様、本日も私たちへお恵みを授けてくださり感謝いたします。いただきます」
「いただきます」
あのクソ女神に感謝するのは癪だが、フィーナに免じて唱和することにした。
さっそくステーキを口に運ぶ。
「……うまい!」
噛み締めた瞬間、肉汁が溢れてきた。脂は少なめで赤身の味だ。香草や、おそらくほかの香辛料でくさみも消されている。見た目の割に手がかかっている。
「ありがとうございます。お口に合って嬉しいです!」
「フィーナは料理上手だからね。あたしも久しぶりに食べさせてもらえて幸せだよ」
パンも焼きたてだ。ふわふわしていて、口に含むと麦とバターの香りが鼻に抜けた。
「私なんか《料理》スキルをお持ちの方からすれば、まだまだです」
「スキルよりも隠し味の愛情が大事だよね。ね、シュウ君?」
「お、俺に訊くのか? ま、まあそうかもな」
「もう……マナカったら」
フィーナも満更でもなさそうだった。
「で、さ」
パンをちぎりながら、マナカは俺に問いかけた。
「シュウ君がブラックケルベロスを討伐したの?」
「ごほっ!」
直球の問いかけに、パンが変な方に入ってしまった。
「……フィーナ?」
「え、え? 違いますっ! 村長にもマナカにも話していませんっ!」
「だから、そうやって言うと……」
「あはは、フィーナ。わかりやすいって。てか、最初から薄々わかってたし」
「そうなのか?」
「ええ。あたしってさ、《道具生成》スキル持ちじゃない? だから、つい考えちゃうんだよね。この素材があれば何ができるか」
「……続けてくれ」
「ちょっと待ってね」
マナカは髪の毛の左側にあるお団子を指でいじりながら目をつぶった。考えごとをするときのくせなのかもしれない。
「これはあたしの推測ね。
ひとつ、シュウ君はフィーナを助けてくれた。しかも、あのブラックケルベロスを討伐した。でも、剣や槍などの使い込んだ武器は持っていない。ここから、シュウ君が素手で使える強力なスキルを持っていることが想像できる」
「……うん、うん!」
フィーナは大げさにうなづいている。答えを言っているのに等しい。
「次は?」
「ふたつ、シュウ君は神職だけが使用できるスキル鑑定ができる。加えて、フィーナはあなたをとても敬っている様子だわ。おそらくシュウ君は女神セレス様とつながりがあって、フィーナはそれを知っているのではないかしら?」
「うん、うん、うん!」
フィーナは激しくうなずいている。だから、やめろっての……。
「なるほど、それで?」
「みっつ、これで最後ね。シュウ君はスキル鑑定が神職だけができるものだと知らなかった。10歳のスキル信託を誰もが受けることを踏まえると、これは常識と言っていい知識。思うに、この村以前に滞在した街はないんじゃないかな。
また、フィーナが村長に報告したとおりだけど、シュウ君のレベルや基礎ステータスは、フィーナよりも低いんだよね? そして、日中に現れた不思議な激しい光……」
……クソ女神のエセ花火のことだな。
「以上から、シュウ君は、どうしてか発展途上の不完全な能力を持たされ、成長した今の姿のままこの世に生み出された……女神セレス様の使いではないかと考えているの。どうかな?」
俺が言葉を発する前に、フィーナが椅子から立ち上がった。
「すごいです、マナカ、さすがです! シュウ様、これがマナカなんです!」
「そんな嬉しそうに報告されてもな……」
「……合ってるのね?」
「まあな。女神の使いってところは少しニュアンスが違うけどな。でも、不完全というところは特に正しいよ。今の俺では、あの巨大な犬も単独じゃ倒せないだろうから」
今から思えば運がよかっただけだ。犬が走り回っていたら、光線も当てられなかっただろう。
「そんなことありません! ブラックケルベロス程度、シュウ様ならあの光で一閃すれば!」
「お、おい」
「……シュウ君は光を使うのね。《光魔法》ってところかしら」
「ほら、フィーナが言うから!」
「これがマナカなんです!」
「自分のミスを誇るな!」
俺の情報が村中に広がるのも時間の問題か……。
「で、マナカはどうする? 俺のことを皆に話すのか?」
勇者だなんだと祭り上げられてしまっては、もうここにはいられなくなるのかもしれない。戦う気もないし。
マナカはゆっくりと首を振り、
「いいえ、あたしの口からは言えないわ。シュウ君が望んでないもの。フィーナへの態度でよくわかるわ」
「……助かる」
「あとさ、誤解がないように言うけど、フィーナも村長への報告では、シュウ君のことあからさまには話さなかったよ。ブラックケルベロスの討伐時にちょっとした隙をつくってくれたというくらいで。村長の認識は、勇気ある旅人が来た、くらいじゃないかな?」
「マ、マナカ、私の大罪をそんな簡単に……」
「え、何?」
「シュウ様申し訳ありませんっ。下賤の身でありながら、私はシュウ様の御業を自分の手柄であるように話してしまいました。いかなる罰もお受けします! なんでもします!」
「だから、それはシュウ君の望みだっての。大丈夫だよね、シュウ君」
「あ、ああ……助かったよ。フィーナには感謝する」
「もったいないお言葉……ああ……」
いちいち大げさだ。
「あのさ、俺からもマナカに聞きたいことがあったんだ」
「あたしに? いいよ、何?」
「わ、私じゃダメなんでしょうか?」
「まあ。フィーナでもわかるのなら」
「お任せください!」
自信満々だな。まあ、教えてくれるなら誰でもいいさ。
「火薬でも魔法でもどんな仕組みでもいいからさ、地上まで200メートル以上の高さまで到達したあとに、空中で直径に150メートル以上の範囲に火花を散らすような道具、作れるかな」
本当はもっと大きいのも欲しいけど。
マナカは即答する。
「ーー無理ね」
「無理、か……」
「ええ、間違いなく」
こうまではっきり断言されるとショックだ。第2の人生でも、夏祭りで浴衣姿の女の子と花火を見る夢は叶わないのか……。消えたくなってきた。
「火薬単体でそこまでの爆発力を得るのは無理だし、必然的に魔法の力を借りることになるわ。打ち上げはなんとかなるかもしれないけれど、問題は火花よ。そんなに広範囲を攻撃できるような炎魔法なんて聞いたことがない。神話や伝説級の術士が必要だわ」
「ああ…………」
俺の世界では魔法なしで実現していたのに。この世界では魔法技術が主流だからな。目の前が暗くなる。
「あの〜……私からもいいですか?」
「どしたの、フィーナ?」
「私、神話級の術士、存じ上げています。その方なら、きっと広範囲に輝きを放つような魔法も使えるようになります。術士さえいるのであれば、マナカは魔法をためて放つだけの仕組みを作ればいいはずです」
「まあ、かなり大きい魔石と工房設備はいるけど、そのくらいの仕組みはできるかもしれないわね。で、誰よ、それ?」
「シュウ様です」
「俺?」
「はい。低レベルの魔法でさえブラックケルベロスに致命傷を与えていました。高レベルになればきっと……」
「…………」
確かに可能なのかもしれない。
あのクソ女神もやったことだ。火花ではなく光なので、エセ花火にはなってしまうが、雰囲気は出るのかも……。
ほかに手段がなさそうなら、とりあえず試してみるか。
ーースキルポイントによる強化か。
なら、せっかくなら。
「フィーナ、提案ありがとう。近くに訓練ができる広い場所ないか? 明日一緒に来てくれ」
「は、はい! シュウ様とご一緒できるのですかっ! 嬉しいです! いぇい♪ フィーナは光栄シュウ様尊敬♪ 倒してくださいすべての敵影♪」
「あんたねえ……」
「……まあ、今は許してやる」
フィーナの残余スキルポイント1500以上。
俺のスキルでそれを割り振れば、俺なんかではない「新しい勇者」が生まれるのではないか。
そうすれば、俺が期待されることもなくなる。花火大会デートに向け専念できる。
俺だけができるスキルポイント割り振り。
これさえすれば、転生者の義務を果たしたと言えるのではないか。
「……楽しみだ」
肩の荷が下りた気分になりながら、俺は果物を摘んだ。