05 ふたりの少女
「フィ、フィーナっ! 無事だったのね!」
村の門をくぐると、赤い髪を両サイドでお団子にした少女が駆け寄ってきた。
「マナカっ!」
二人の少女は腕をお互いの背中に回し、強く抱きしめあった。
「ごめんね、一人で戦わせちゃって……。あたし、もうフィーナに会えなかったらどうしようって思ってた……」
「ありがとう……マナカ。マナカにもらった色々な道具、役に立ったよ」
「フィーナぁ……ありがとぉ……」
よきかな、よきかな。微笑ましい。花火大会ほどではないけど、美しい光景だ。しばらく眺めていよう。
気持ちの整理がついたのだろう、少し経って、赤髪の少女はフィーナからそっと体を離した。そして俺を見て問いかける。
「ごめんなさい、取り乱しちゃって。君はフィーナと一緒に帰ってきた人だよね。あまり見ない顔だけど……?」
「私からご紹介しますね」
フィーナはなぜか得意げに言った。
「この御方は、勇者様ではなくて、シラミズ・シュウ様です。《光魔法》ではなく《火魔法》の使い手で、ブラックケルベロスをあっという間に倒してくれた……わけではないのですが、私の手助けをしてくれたんです」
「あの、わざとやってるのか?」
「え……どういうことでしょうか?」
フィーナは本当にわかっていないようだった。これじゃ、ぜんぶバラしているのと同じだ。戦いだと冷静なのに勇者関連だと急にポンコツになる。俺はバレる前に説明を引き取ることにする。
「フィーナとは森で出会い、ブラックケルベロス討伐のちょっとした手伝いをしたんだ」
フィーナは「ちょっとした」という言葉に不満そうな顔をしたが、俺は気づかないふりをして続ける。
「フィーナの剣がなければ俺も死んでいた。助けられたのは俺の方だった」
「むぅ〜、違います! 助けられたのは私です! 私だけではケルベロスに勝てませんでした! だってシュウ様は……」
「こ、こら、よけいなことを言うな!」
「だって……これじゃあまりに……」
「いいんだよ!」
「……ふうん」
赤髪の少女は口元をほころばせながら言った。
「フィーナがそこまでムキになるのは珍しいね。だいぶ助けてもらったのね」
「マナカ、わかってくれてありがとう!」
「長い付き合いだからね。あんたのことは見てればわかるわ。……で、君はなぜ森にいたの? 旅人なの?」
「いや……実は俺にもわからないんだ。魔物にやられたのか名前以外の記憶がない。フィーナには一時的な保護をお願いして、ここまで連れてきてもらったんだ」
「実は光とともに現れた勇者で……」と言いかねないフィーナを視線で牽制しながら、事情を説明した。
「今は記憶を取り戻すための手がかりを探したいと思ってる」
「なるほどねぇ……」
赤髪の少女はお団子を指で触りながら俺を見つめた。
「ま、正直アヤシイとは思うけどさ、フィーナを助けてくれたのは事実みたいだし、なら、あたしたちの村の恩人ってことになるから、丁重にお迎えしないとね」
「マナカ、失礼だよ! シュウ様は怪しくなんかない! だって、シュウ様は……。シュウ様は……。さあシュウ様! 今こそ名乗りを上げる時です! やあやあ我こそは光の女神セレスの申し子たる……」
「こら! 約束を破るな!」
「だ、だって……」
「禁止だ!」
「ぷ……あはははははっ!」
「……マナカ?」
「ごめんごめん、だいぶ仲良くなったみたいだね、あんたたち。とにかく、お世話になったね、シュウ君。あたしはマナカ。マナカ=レイン。フィーナの友達なら、あたしも歓迎するよ」
「シュウ様はお友達ではありません! きちんと言うなら主従関係というか……」
「あんたがどう思っているかは知らないけど、シュウ君はショックを受けてるみたいだよ」
「え、え……?」
……友達ではないと言われてしまった。なんか小さい頃の嫌な思い出がフラッシュバックして……ああ……。
「シュウ様! 申し訳ございませんっ! 今日からお友達になってください! このフィーナ=フローレンスをよろしくお願いします! シュウ様っ!」
ーーしばらくして、メンタルは回復した。
俺は二人に先導され村を歩いている。旅人用の空き家に案内されているらしい。
「シュウ様は国賓対応すべきところ、施設がなく申し訳ございません」
「ま、住む分には困らないから。旅人も滅多なことでは来ないからさ、ゆっくりするといいよ」
「助かるよ」
「いえ、私こそ光栄です!」
……当面のすみかは確保できたようだ。
「食糧はどうしてるんだ?」
「基本的には森での狩りと採集です。小麦も少量ながら栽培しています。本日はシュウ様にささやかながらパンを捧げたく……。お肉は牙猪を少量ながら持ち帰ってまいりました」
「そういえば、なんか解体してたな」
フィーナが革袋に入れて持ち帰ってきていた。ブラックケルベロスと戦ったあとだというのに、たくましいものだと思った。
「解体と言えば……マナカ、これ見てくれる?」
そう言って、フィーナは紫色の宝石のようなものを取り出した。
「なんだそれ?」
「シュウ様はご存知ないのですね。こちらは魔石です。魔物の体内から取れる宝石で、魔力が蓄積されています。都市部では加工して街灯などに使っています」
「へえ……」
いいことを聞いた。なら、花火大会の提灯は比較的容易に確保できるのかもしれない。
マナカは魔石を摘んで、太陽の光に透かした。そのまま屈折率を確かめるように、魔石をいろんな角度から凝視した。
「……これって」
「ブラックケルベロスから採ったもの」
「やっぱり……」
「何かわかるのか?」
「……シュウ君。シュウ君には結論が出てから話すよ。ただ、もしかしたら、あたしたちにはあまり時間は残されていないのかもしれない」
「ふぅん……?」
マナカには鑑定スキルでもあるのか? そう思った瞬間、黒い半透明のメッセージウィンドウが現れた。
マナカ レベル13
【所持スキル】
《道具生成》
《鑑定(素材)》
おお、たぶんマナカも仲間扱いになったから、《勇者の資質》内のスキル《鑑定(パーティの能力)》の対象になったのだろう。マナカは素材限定の鑑定スキルを持っているということか。
てか……。
「《道具生成》ができるのか」
さっきの魔石の話と総合すると、提灯作りどころか、花火師としての活躍も期待できるのかもしれない。
そんなことを思っていると。
「シュウ君は神職なの? あたしのスキル、なんでわかったの?」
「え……?」
「シュウ様、スキルの鑑定は、女神セレス様に生涯を捧げることを定められたものだけが使えるスキルなのです。スキルは一種の神託ですので……」
「そうだったのか……」
やばい、失言だった。
「さあ、シュウ様。もう隠し立てする必要はございません。高らかに名乗りを上げましょう! いぇい♪ 気づいたみんな?俺の本分? 刻まれるは歴史の本文!」
「禁止だ!」
「……ただの旅人ではないのね」
マナカには薄々感づかれているようだ。お抱え花火師になりうるのなら、誤魔化すより、ある程度は事情を話して、協力してもらったほうがいいのかもしれない。
「ところでシュウ様。私のスキルもご覧になったのですか?」
「え? 見てないけど」
どうせ《剣術》とかだろう。
「どうしてですか? 私のも見てください! マナカだけ……ずるいです」
フィーナはふくれっ面をする。
「あんた、自分のスキルくらい知ってるでしょうに……」
「私だって見てもらいたいんです! 知ってもらいたいんです!」
「気持ちはわかったから、とりあえず後になさい。村長の家についたわよ」
「あ……」
そこには、ほかの家よりほんの少しだけ大きい家があった。
「シュウ君、疲れているところ悪いけど、ちょっとだけ村長にご挨拶をお願い。それから、私とフィーナは村長に相談しなくちゃいけないことがあるの。シュウ君は先に休んでいて」
「……お迎えする準備もろくにできていないところ、申し訳ありません。お泊まりいただく家までは、村長への挨拶のあと、私がご案内させていただきます」