04 少女剣士の案内
再生の光でフィーナの傷を癒すと、また少女は瑠璃色の瞳を潤ませて、俺を見上げた。
「勇者……いえ、シュウ様はあれほど強い攻撃魔法を持ちながら、回復までこなすことができるのですか……? このような奇跡を村の皆さまにお伝えすることすら許されないのでしょうか……? 私一人の胸に抱えるのは辛く……」
「絶対ダメな」
「……つらいです。吟遊詩人になって、シュウ様のことを歌い上げたいくらいですのに」
「やめてくれ。だいたい楽器は弾けるのか?」
「いいえ……ですが、歌には自信があります! 試しにお聞きください」
「ま、聞くだけならいいか」
「はい!」
フィーナは、えー、こほんと咳払いをして。
「イェア♪ イェア♪」
「……え?」
「シュウ様光の勇者様♪ 対峙した敵はお気の毒様♪ 待ち侘びた民よお待ちどう様♪ イェー」
「禁止!」
「も……申し訳ございません」
フィーナはシュンとしてうつむいた。
なぜドヤ顔でラップするんだよ……。
ーーこうやって、俺たちは森の外へ向けて歩いている。目指すはフィーナたちの住む村だ。森の近くに小さな集落があるらしい。
同行に際し、フィーナに約束を取り付けたのは次のとおりだった。
・俺を勇者と呼称しないこと
・俺の能力を無闇に言いふらさないこと(知能のある魔物に目をつけられたくないし)。俺のスキルは《火魔法》だということにすること。
・俺の記憶を取り戻すための手助けをお願いしたいこと(というのは方便で本当は花火大会を開催するための手助けだ)
最後のひとつを除き、フィーナはしぶしぶ従った。あんなにお強いのにどうして……といったところだ。最終的には俺のレベルがフィーナより低いことを説明し、強くなるまで待ってほしいと説得した。
「シュウ様がそこまでおっしゃられるなら……」
「俺にはまだ強大な敵と戦う実力はないんだ。理解してほしい」
「なんと謙虚な勇者様……。しかし、救いを待つ人々に希望を与えられないのは損失です。ああ、フィーナはこの罪をどうすれば……」
「おおげさだよ」
「この剣も迷いなく振るえるでしょうか……?」
しかし、こんな調子のフィーナだが、実際のところは鬼神のごとき強さを見せた。
クソ女神の光のせいで集まってきたゴブリンだ牙猪といった魔物を俺より早く索敵しては、
「シュウ様、お気をつけください!」
と注意喚起をするやいなや、木々を足場にして鋭角に飛び回ったり、逆に一直線に敵に斬り込んだりして、ばたばたとなぎ倒していった。
「強すぎ……」
俺がブラックケルベロス討伐時に覚えた退魔結界が、いわゆる遭遇避けであることに気づいて使用するまで、しばらくフィーナに任せきりだった。なんならおこぼれでレベルが1上がった。
「ところで、どうしてフィーナはあんな犬と戦っていたんだ?」
ふと気になって聞いてみた。腕試しというわけではないだろう。
「……私の村に向け、あの魔物が侵攻してきたのです。このままでは、また私たちの居場所を奪われてしまう。そう思ったら、居ても立ってもいられませんでした。戦える者の中で一番強いのは私です。私が前線に出なければいけません。しかし、まともに戦っても勝てる相手ではありませんでした。だから、森におびき寄せて、巨体の動きを制限しつつ戦えばあるいは、と思ったのですが……」
「犬の力が強すぎて、木々が意味をなさなかった?」
「そのとおりです。死を覚悟したそのときです。神々しい光が森の奥から差し込んできたのは。私は光の方へ駆け出しました。それからのことはご存知のとおりです」
「なるほど……」
色々な事情を踏まえ、単身、勝てる見込みもない相手に挑んでいったということか。自己犠牲の精神。
やっぱりいい娘ではあるんだよなあ。ただ、危ういだけで。この危うさがよくない方向に進めば、「フィーナは喜んで命がけの戦いをしてくれるはずだ」「勇者も同じだろう」と周りの人々を狂信者のように変えてしまうのだろう。
そうこうしているうちに、木々の密度が減り始め、天から降る光の量が増え始めた。
「勇者……いえ、シュウ様、もうすぐです」
「おおっ」
森を抜けると、丸太でできた塀に囲まれた集落が見えてきた。あまり大きくはないが、煙が空にのぼっており人が生活していることが伺える。
「あちらが我々の今の住まい、仮初めの村セカンダリアです」
「かりそめ?」
「はい。……私たちの住んでいた街は、魔王の部下に乗っ取られました。あの村は街を取り戻すまでの仮初めの住まいなのです」