32【完結】花火大会と、浴衣姿の少女たち
フローリアを取り戻してから2年後、街の再建は順調に進んでいた。
街並みは綺麗に整い、ほかの都市から住む人も増えてきた。
そして、今日は――。
「シュウ様、いかがでしょうか……?」
フィーナは、藤の花を描いた、水色と紫の浴衣を着ていた。銀色の髪は後ろ側でアップにまとめられている。
「シュウ君のイメージどおりなのかな……」
マナカは白地に赤く金魚を描いた浴衣を着ていた。お団子ヘアは変わらないが、リボンには赤い花がつけられている。
「ふたりとも、よく似合ってる。最高だ」
俺はただ、称賛することしかできなかった。
――今日は、フローリアで開かれる、最初の花火大会の日だ。
この2年間、フィーナ、マナカと各地を旅しながら、花火大会に必要なものをかき集めた。
「えへへ、シュウ様に褒めていただけると、うれしいです」
「これは華やかな服ね。気持ちが高ぶるわ。素敵だから、みんな欲しがっちゃうかも」
「そう言われると、皆さまに見られている気がします……」
通りには屋台が並んでおり、魔石による灯りが先の方まで続いている。
「あ、あれ、りんご飴です!」
「正確には、デストレントの実の飴だけど」
「マナカはうるさいです! シュウ様が名付けてくれたのが正しいのです。せっかくなので買ってきますね!」
「いってらっしゃい」
フィーナはりんご飴を持って、にこにこしながら帰ってきた。
「あ、あっちはお好み焼きです!」
「デビルクラーケン、倒すの大変だったわね。あれ1匹で何枚つくれるのかしら?」
「もう、マナカはまた!」
「あはは、ごめんごめん」
……このあたりのお店は、フローリア内の食堂などが運営している。復興直後はお店どころではなかったけれど、日が経つにつれ、ほかの国からも移住者が集まり、お店も増えてきた。
「あたしもお腹すいてきたな。たこ焼きでも買おうかな」
「ダゴンも強かったね? マナカがしばられちゃった足もあるかな?」
「こら! フィーナ!」
「あははは……」
フローリアの中心には、かつて倒した大魔族ローゼスの魔石がすえつけられており、その魔力を元に俺の光魔法・退魔結界Lv9が常時発動している。
要するに、魔王級の魔物でも簡単には手が出せない状態になっているのだ。
「店も増えたな」
「シュウ様のおかげですよ。フローリアは世界で一番安全な街と言われています。それにシュウ様に救われて、移住された方もたくさんいますしね」
「さすが勇者様だよねぇ、シュウ君ひとりで魔王級の魔物を何体倒したことか」
「いまとなっては懐かしいな」
この世界に転生してから、だいぶ長い期間戦ってきた。
戦いの多くは、浴衣職人の確保だったり、りんごに似ている果物を採るためだったけれと、結果的に多くの魔王と呼ばれる魔物を倒すことになった。
「あの日、シュウ様がこの世界に来てくださって、本当によかったです」
「もはや名実ともに光の勇者様だものね」
「……俺自身も驚きの結果だよ」
女神に言われた使命は、結果的に果たしつつある。皮肉なものだ。
「さて、そろそろ花火が見える場所に行こう。フィーナ、場所貸してくれ」
「はい、私の家の3階ですね。ご案内します!」
そう言って、フィーナは俺の腕につかまり、自分の体に引き寄せた。
「お、おい、フィーナの家は知ってるから……」
「はぐれないでくださいね?」
「あ、フィーナずるいわよ。あたしもシュウ君のこと案内してあげる」
「おい、マナカ……」
俺の反対側の腕もマナカにつかまれる。俺はふたりに挟まれながら、旧フローレンス公爵家に向かっていく。
☆
公爵家の3階は静かだった。ベランダに出たが、屋台の喧騒はほとんど聞こえず、虫の声が聞こえるくらいだ。
「もうすぐですね」
「……ああ」
この花火大会には俺も相当協力した。なんたって、2000発の打上花火を用意したのだ。魔石に光魔法を詰め込む際に、何回か魔力切れになって倒れたくらいだ。
「楽しみです」
「あたしもやっとお客さんとして見れるわ」
「マナカは運営側だったからな」
……しばらく、落ち着かない時間が続く。
そして。
「あ……」
ひゅー、というかん高い音が聞こえて、白い光が星空に昇っていく。そして、どぉんという音とともに赤い花火が咲いた。
「綺麗……」
「横から見るのもまたいいわね……」
「今日はここからだ」
「え…………」
続けて、幾筋もの光の線が空に向かい、
赤、青、白、
と3つの花が同時に開いた。
「うわぁ…………」
「素敵ね…………」
「だろ?」
次は、白い大きな花火が咲いたあと、光の粒が緑色に変色し、ホタルのように思い思いの方向へ舞い遊んだ。
「え、え……、どういう仕組みですかっ?」
「すごい……」
「練習したんだよ」
今回、スキルポイントを1000近く使って、新しい花火をたくさん開発した。今日の日は最高の思い出にしたいからな。
「まだまだ面白いのはたくさんあるからな。楽しみにしてろよ」
「はい!」
――パラパラと音を立てながら地上に落ちる花火。
――赤い粒に、青い線が続く花火。
そのひとつひとつに、フィーナとマナカは驚きの声をあげる。
そして、クライマックス。
光の線が休みなく宙に放たれ、花火が次々と花開いていく。連射式の花火、いわゆるスターマインだ。
「シュウ様…………」
気づくと、フィーナが俺の肩に頭を乗せてきた。
「私、この日を一生忘れません。何があっても、今日の幸せな思い出さえあれば生きていける。そんな気がするのです」
「……あたしだって」
「お、おい」
今度は、反対側からマナカが肩を寄せてくる。
「こんなに、幸せだけど、切ない気持ち、一生忘れられないよ……」
……そうだ。
花火そのものは一瞬で終わってしまう。だけど、花火を誰かと見た思い出は一生残る。
儚くも美しい、幸せの記憶。
それは、まさに俺が転生しても欲しかったものにほかならない。
「――俺も幸せだ。フィーナとマナカ、ふたりと花火を見たことは一生忘れない」
俺の夢は、いま、ここで叶ったのだ。
「あ……。シュウ様、泣いていらっしゃるのですか……?」
「え……」
本当だ。頬を触ると涙が流れていた。
どういう気持ちだろう、自分でもわからない。
幸せすぎるような、この瞬間が流れ去るのが悲しいような……。
「なんだか私も泣けてきました……」
「フィーナ?」
「あたしもぉ……」
「マナカも?」
「シュウ様、ふぇぇぇん……」
泣きながら3人で抱きしめ合った。
明日からは、また普通の一日が始まる。
まだ魔物に苦しめられている街は存在する。海の向こうでは戦いも激化しているらしい。
女神に力を与えられたものとして、俺は戦う責務があるのだろう。
つらい戦いもあるかもしれない。
だが、これからは。
今日の思い出を抱えて、戦っていこう。
スターマインの光に照らされながら、俺は静かに誓った。
(了)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。初投稿でしたので、いろいろと勉強になりました。
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