30 【sideフィーナ】フィーナ、剣の極意をつかむ
――空に白い光の花が咲いた。
「あれはシュウ様の……」
先ほどから続き、2発目の神話級魔法だ。光の粒はすべて私の家のほう、たぶんローゼスに向けて全弾落ちていった。
(一撃で、森の魔物のほとんどを倒した魔法……)
あの威力は今でも信じられない。
ローゼスと言えども、シュウ様の魔法にはかなわないはずだ。
私は――。
「どうした、若き剣士よ……」
お父様の身体をあやつる、この死霊使いを倒すだけだ。
「そろそろ死ね……」
死霊使いグレンダルは、お父様の技を使い、私の腕を斬り落とそうとする。
回転しながらの横なぎ。ミスリルの剣で受け止めると、衝撃で腕の奥がじんとしびれた。
(たしかに、強い……)
強化された身体能力。
生前のお父様と同じ剣技。
シュウ様に教えていただいた衝撃分散がなければ、今ごろ力まかせに殺されていただろう。
だけど。
(何か、違う……)
やっと気づいた。
この魔物が使う技はお父様のものとは少し違う。動きはほとんど一緒だが、太刀筋や身体の運び方が違う。お父様の技は完全に再現できるはずなのに。
(どうしてだろう……?)
ガキィン!
剣を受け止め、反撃の一振りを放つ。死霊使いは剣を立て、それを受け止める。
(今の動きも少し違う。……あ、そうか)
ふと気づく。
(守りが過剰なんだ……)
お父様の剣は攻めの剣だ。もちろん守りも上手だったけれど、守るためだけの一手は少なかった。
――受け流しながら、斬り込む。
――かわして、踏み込む。
お父様は危険を承知で剣をふるい、魔物から街のみんなを守っていた。
この臆病さは、死霊使いのクセだ。
(――心が静かです。激しい剣の動きとはうらはらに、相手の心まで見透かせそうなほど落ち着いています)
死霊使いは私の首を狙ってきた。剣でいなし、心臓をねらう。死霊使いは大げさなほどに後ろに飛び退いた。
(ほら、また逃げた)
完全に動きが読めた。
剣のグリップを握りしめ、心を整える。
(シュウ様が来るまでは、どの技を出すべきか、どの技がいちばん良さそうか、と考えていました。でも、相手の動きが読めるのであれば、ただ合わせるだけでよいのです。自分の考えではなく、戦いの流れに剣をゆだねていく……)
そのとき、気づいた。
(――これが、剣聖スキルの習得条件・無我なのでしょうか)
そして――見えた。
(お父様の胸に、むらさき色の炎が灯っている)
弱点。
きっとあれが、死霊使いの核だ。
「死ね……!」
お父様の剣に黒い霧がまとわれる。死霊使いは剣を振りかぶりながら私に近づく。
(すべて、わかります)
霧のゆらぎから、足の運びから、剣の角度から、死霊使いの次の動きが読めた。
私は何も考えずに、剣をその動きの先へ置いた。
「あ…………」
「――貴方の動きは読めました」
私は攻撃をしたつもりはなかった。
――だが、死霊使いの魂は、お父様の心臓ごと私の剣に貫かれていた。
「ぎゃあああああああ!」
(……技を出すまでもありませんでした)
お父様の身体はその場に倒れ、むらさき色の火の玉だけが宙に浮かぶ。
「いったんここは退かなければ……」
(臆病なグレンダル。貴方は死者をもてあそぶくせに、死を何より恐れている)
昨日までの私なら、グレンダルの核を斬るすべはなかった。
だけど、今日は違う。
(シュウ様が教えてくれた剣……)
目を閉じて、魔力のゆらぎを感じる。
むらさき色の魂が逃げる方向がわかる。
(――終わりにしましょう)
私は、ミスリルの剣を握りしめ、
「剣聖奥義――霊体斬り!」
一振りし、斬撃を飛ばした。
屋根の上まで逃げていたむらさき色の火の玉は、横に両断された。
火の玉は、ジュウウ!という、焼けた石に水をかけたときのような音を出しながら、空に溶けていく。
「ぎゃあああ! なぜ! なぜ霊体であるわれが斬られるのだ!!」
(なぜ霊体が斬れるのか、ですって……?)
教えてあげる。
「……シュウ様がいれば、私はなんでもできるのです」
「ああぁぁ……」
情けない声と一緒に、グレンダルの霊体は消えていった。
「はぁ……はぁ……」
一気に疲労が出て、私はその場にへたり込む。腕や肩が痛む。もしかしたら、骨にダメージを受けたのかもしれない。
「お父様…………」
私の前には、眠るように横になったお父様がいた。フードの下のお顔は生前と変わらない。首から下は、リザードマンのように改造されている。
(痛ましい……)
亡くなったものに安らかな眠りすら与えないのか。魔族への怒りがあらためてわき起こる。
そのとき。
――フィーナ。
「え…………」
声が聞こえた気がした。
後ろを振り向くが、誰もいない。
――フィーナ、私だ……。
でも、この声は。
「お父様……?」
お父様の亡骸を見る。すると、その上に小さな光の玉が浮かんでいた。
「この光は……」
――死霊使いにより封じられていた私の霊体だ……。
嫌な気配はしない。むしろ懐かしい気持ちになる。
「本当に、お父様なんですね……」
――霊体が斬れるということは、お前は私が至れなかった境地、剣聖になれたのだな……。
「はい、お父様……、勇者様のおみちびきもあり、私は剣聖になることができました……」
――見事だ……。フィーナ、お前は私を完全に超えている。安心して、あの世に行けそうだ……。
「ごめんなさい、私、お父様を……」
――いいんだ、お前に倒してもらえて幸せだよ。我が子の成長を感じられたからな……。
「私は強くなれましたか……?」
――ああ、見事な技だった。それに、この前とは違い、いい剣を持っているな……。
「これは勇者様にミスリルをいただき、街のみんなにきたえてもらったつるぎです……」
――よくぞ、我が名剣シルフィードと同等の剣を短期間につくったものよ……。フィーナ、もしお前がよければ頼みがある……。
「なんでしょうか、お父様……」
――このフローリアとしても、勇者様とやらに礼をせねばなるまい……。後継者のお前さえよければ、名剣シルフィードを勇者にくれてやってはもらえないか……。
「ええ、必ず……」
――ありがとう。フィーナ、フローレンス家の誇り……。
「お父様っ!!」
そうして、光の玉は砂粒のようになって消えていった。
「お父様…………」
涙がこぼれる。だが、立ち止まるわけにはいかない。シュウ様が苦戦されていれば助けなくてはならない。魔物の残党がいるかもしれない。
私は目頭をぬぐい、かつての我が家へと戻っていく。




