03 女神がくれたスキル(戦闘編)
魔犬は唸りながら、じりじりと間合いを詰めてくる。
俺のスキルによるものだろう、犬の横には半透明の黒いメッセージウィンドウが表示されており、「ブラックケルベロス レベル38」と書いてある。
「ゆ、勇者様……」
銀髪の少女は俺の隣で剣を構えている。しかし、足が震えている。本人の言うとおり、ひとりでは勝ち目がない相手なんだろう。少女の横にもメッセージウィンドウがあるが、「フィーナ レベル27 HP32/171」と表示されている。
はあ……。
あのマスコット風情め、最後の仕事が犬コロを呼び寄せるための花火とはな。「生き延びてレベルを上げてください」とはこういう意味だったのか。しかも、あの規模の光だ。犬一匹で終わるとも思えない。この辺一帯の魔物に目をつけられたのではないか。
ーー急にイライラしてきたぞ。
俺の花火大会に対する思いは尋常ではない。美しいものの象徴として、また、手に届かないものの象徴として、憧れと後悔、ノスタルジアとメランコリーといった色々な感情の複合体を形成している。打ち上げ花火は、ひとことで言い表すことのできない神聖なものだ。
それをあの女神は、よりにもよって俺を害するために利用した。しかも、まがいものの花火で。なんたる冒涜だ。
許せない。
レベル38の巨大な犬を目の前にして、不思議と恐怖はなかった。あのクソマスコットを3本爪のUFOキャッチャーに入れて、レバガチャで追い回したいという目標が新たにできたからだ。
「はあ……はあ……」
満身創痍の銀髪の少女ーーフィーナに丸投げはできない。結果は期待できないだろう。この場は俺が突破口を開くしかない。できるか? やるんだ。あのマスコットをクレーンでつまみ上げて獲得口に運んでやるためにも。
ーーだが、俺には腹案があった。
目くらましだ。《光魔法》なら、閃光くらい生み出すこともできるはずだ。俺は7つの玉を集めるあの有名な漫画が大好きだ。太陽を模したあの技。できるはずだ。激しい光で目をくらませ、犬がひるんだ隙に森の中に身を隠そう。
ブラックケルベロスは前傾姿勢になり、前足を地面にめり込ませた。三ツ首とも俺を見ている。実力の知れたフィーナではなく、俺を警戒しているのだろう。飛びかかる寸前、といったところだ。
「……いくか」
俺は、ステータスウィンドウを操作すべく、人差し指を前に突き出した。
ーー瞬間。
俺の指先から光線が放たれ、犬の頭をひとつ吹き飛ばした。
「え?」
……俺がやったのか?
念のため、もう一度犬に指先を向けると、2つ目の頭を撃ち抜いた。
「ええ〜……」
遅れて頭の中に声が響く。
『《光魔法》光線発動。ブラックケルベロスに平均327のダメージ』
強いのはいいんだけど、これって戦闘力53万のあの悪役、フ◯ーザ様が使う技じゃねーか。同じ漫画なら、正義サイドの技を使いたかった。
「さすがです、勇者様! 私も……」
隙をついて、銀髪の少女は剣を振りかぶりながらブラックケルベロスに駆け寄った。
「はあっ!」
横一文字に両目を斬り裂き、頭を蹴りつけた反動を利用して後方に宙返り。小さな玉を投げつけながら、再び距離をとった。それは超高音の爆竹のようなものだった。俺の耳には微かにキィンと聞こえただけだったが、巨大な犬は残った口で吠えたけりながら、その場でのたうち回った。
……あの娘、すげー強いじゃねーか。
巨大な犬は八つ当たりのように爪をふるい、近場の木々が倒されていく。当然俺たちには届かない。もはや冷静さを失っているのだろう。
「勇者様、今です!」
逃げられるっちゃ逃げられるけど、もう迷う理由がなかった。俺は指先を犬に向けて、発動を念じた。
「ーー光線!!」
光は一直線に巨大な犬に向かい、最後の頭ごと胴体を貫いた。犬は断末魔をあげることもなく、静かにその場に崩れ落ちた。
「倒した……」
俺もその場に座り込む。
安堵のため息をついた瞬間、俺の身体が淡く輝いた。力が満ちていくのを感じる。これは……。
『シュウはレベルアップしました。レベル16。《光魔法》退魔結界を習得。レベル10を超過したため魔法のカスタマイズを解除』
と、頭の中で声が響いた。そうか、これがレベルアップの感覚か。てか、この声はさっきからなんだ。
『スキル《勇者の資質》による説明です。所持者の要求に対し、回答を行うスキルです』
そうか、異世界転生者向けのスキルなんだろうな。説明書代わりといったところか。あのクソ女神に言われるがまま戦うやつなら有効活用するんだろうな。
そんなことを考えていると。
「ゆ、勇者様っ!」
「うわっぷ!」
銀髪の少女がいきなり俺に抱きついてきた。鎧も着ていないから、体の感触がふわりとダイレクトに伝わってくる。こういう体験は初めてだから、手をどこに回せばいいのかわからず、ロボットのように腕を伸ばし固まってしまった。
「ああ、勇者様。セレス様の御使いたる勇者様。フィーナは信じておりました。いつかこの世界をお救いになられるため、降臨していただけると。正直、私も時折り不安に思っておりました。魔物と戦い続ける過酷な日々……。魔物は日に日に強力となり、今日は死すら覚悟するほどでした……」
フィーナは密着しながら耳元で語り続ける。吐息がかかる。話が頭に入ってこない。
「フィーナは貴方を待っておりました。ああ、勇者様。なんと精悍なお顔立ち……。意志に満ち溢れた黒き瞳……」
少女は至近距離から俺の瞳を覗き込む。瑠璃色の瞳に涙が浮かぶ。
「未熟な私をお救いいただき、ありがとうございました。一度は死んだも同然の身。貴方様にお申し付けいただければ、このフィーナ、魔王を滅するための捨て石にでもなります。なんでもします。さあ、そのお力をふるうため私にできることがあれば……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「勇者様……?」
フィーナを引き剥がして、肩を押さえつける。
「なんかもう、魔王と戦うことになってない?」
「あ、はい。違うのですか……?」
「違う」
「それは各地の民を救ってからということですね。目の前の悲劇を見過ごさない……。素敵です……」
「それも違う」
「では、何をお救いに……?」
駄目だ。この娘といると自然と戦いに巻き込まれそうだ。だが、この森の中、ほかに案内してくれる人もいない。ここは適当にごまかすか。
「まず、俺には記憶がない。この世界のこともわからない。本来の力が出せていないんだ」
「それであの実力なのですか? まさに神の子です!」
「だが、魔王と戦うにしても準備がいる。やるべきこと、重要なのは儀式だ」
「……と、申しますと?」
ーー俺は自分の計画を話した。
花火大会を開催してもらう必要があること。花火だけではなく、出店が必要なこと。提灯も数え切れないほど要ること。そして、浴衣をまとった少女が何よりも大切なこと。
「承知しました、勇者様。しかし、この儀式は女神セレスの書に記されていないものでは? 光の女神セレス様に宵闇の儀式はないものかと思っておりました。勇者様はセレス様の御使いではいらっしゃらないのでしょうか?」
「え、えーと」
やばい。クソ女神ガチ勢じゃないか。なんて答えようか。思いつかない。まあいいや、投げ返してみよう。
「ーーわからないか?」
「え!? ええと……」
フィーナは指を額にあてて考え込んだ。
しばらくして。
「申し訳ありません、勇者様。私、わかりました。魔の源泉たる夜を、光で切り裂くという意味で、花火とやらを打ち上げるのですね。それに見た人々に信仰を取り戻させ、セレス様の御威光を取り戻し、勇者様の加護もお強くなるということですね」
「ま、まあ、そんなところだ」
都合のいい頭で助かった。
「じゃあ、浴衣の少女というのは……一種の巫女でしょうか。よろしければ、私が協力させていただきます。純潔ですし」
「お、おう……」
なんかしれっととんでもないことを言われた気がする。ここまで勇者を信頼してくれていると思うと、少し嬉しい気持ちになる。いい子ではあるんだよなあ。
だが、フィーナといると、花火大会イベントが終わったらすぐに魔王討伐に連れていかれそうだ。それはごめんだから、オサラバしないといけないこともあるのかもな。
そんなことを考えているとはつゆ知らず、フィーナはにこやかに言う。
「勇者様。とりあえず私たちの村へおいでください。ささやかながら、お礼のおもてなしをさせていただきます」




