29 光の勇者、大魔族を討伐す
「シュウ君、来てくれたのね!」
マナカが涙声になりながら言った。
「――遅くなったな」
「ううん、ありがとう……」
「さて、と……」
俺はあたりを見回し、村人たちのステータスウィンドウを確認した。
運良くというべきか、まだ死んでいる者はいないようだった。ただ出血によるHP減少が激しい。
「マナカ、回復薬で何とかなるのか?」
「この出血量じゃ気休めだわ! 誰ひとり死なないようにするのは、あと5分が限界よ!」
「5分か……」
俺は自分のスキルに問いかける。
「《勇者の資質》、この場の人間全員を回復させる魔法は作れるのか?」
『解説します。範囲内回復魔法・再生の光流は開発可能です。しかし、あと43スキルポイントが不足しています。目安として、あと1レベルの上昇が必要です』
「なるほどな……」
勝利条件がはっきりした。
「要するに、5分以内にボスを倒して、レベルを上げればいいんだな」
屋根の上にいる奴を見る。すると、龍人間の情報が表示された。
ローゼス
レベル82
俺のレベルは30だ。これだけのレベル差があれば、倒したときにひとつはレベルが上がるだろう。
「シュウ様、死霊使いは私におまかせください。シュウ様は、私の家の上にいる……」
「わかってるさ。あの翼がついてるやつを倒せばいいんだな」
「はい! よろしくお願いします!」
フィーナはミスリルの剣をかまえ、ぎゅっとグリップを握りしめた。
「おい、グレンダル。ハエどもが騒いでいるぞ。早く殺せ。まさか虫ごとき殺せぬほど無能ではないよぁ?」
「……承知した」
死霊使いは剣を振りかぶる。
剣には黒い霧のようなものが集まり、大剣のような大きさとなる。
「――フィーナ、いけるか?」
「はい、おまかせください。シュウ様がいるから、焦りも不安もありません。いまならなんでもできそうな気がします」
「――任せた」
頼もしい。
花火大会で手をつないだことを思い出す。
この世界に来てから、フィーナはずっと俺のことを助けてくれた。
そして、フィーナがいたから、俺は変われたんだ。
「……死霊術、ナイトメアスピリット」
死霊使いが剣をふるうと、黒い斬撃が俺たちに向かって放たれた。
フィーナは剣を振りかぶり迎撃する。
「剣聖――真・魔法消散!」
「――っ!」
フィーナが剣をふると、激しい風が巻き起こった。
死霊使いの黒い斬撃は、爆発するでもなく、その場で何もなかったかのように消え失せた。
「なっ…………」
「――シュウ様、ご武運を」
フィーナは一気に死霊使いまで距離をつめ、剣で斬りかかった。
「ぐ…………」
死霊使いは剣で受け止めたが、フィーナの勢いを止めることができず、そのまま背後に吹き飛ばされ、石の壁を突き破った。
フィーナは激しく斬りつけながら、敵を裏庭の外へと追いやっていく。おそらく、村人を巻き込まないように配慮したのだろう。
「……何かつかんだみたいだな」
フィーナと死霊使いが見えなくなると、この場所にいる敵はただひとりとなった。
――大魔族ローゼス、とか言ったか。
背中に翼を持つ、レッドドラゴンが人間化したかのような魔物。
「何をしている……! 使えないゴミめッ! このオレにハエ退治をしろというのかッ!」
おお、怒っている。
奴がどういう攻撃をするかはわからないが、時間もないし、さっさと倒しておくか。
「――光魔法・追跡光弾」
「ぬっ…………!」
30発の光の弾が大魔族に直撃する。無数の爆発が屋根の上で起きた。煙が立ち込め、白いかたまりができる。
……やべ、フィーナのうち、壊しちゃったかな。
そんなことを思っていると。
「ほう…………、ハエにしては芸達者ではないか」
「げ……」
白い煙が晴れると、そこには完全に身体をレッドドラゴンへと変化させた魔物がいた。
正面には障壁が広がり、バチバチと音を鳴らしていた。
「龍からすれば、すべての存在は下等生物である。少々腕は立つようだが、所詮はハエ。その少量の魔力でオレを傷つけることはできぬ」
「……なるほど」
確かに、こいつは強いのかもしれない。
ほかのやつ、デカミミズとか影使いなんたらと比べたら、レベルも遥かに高い。
フィーナやマナカが俺を心配するのもわかる。
「とりあえず、もう1回いくか」
もっと強力なやつを。
フィーナの家、壊したらごめん。
「――光魔法・打上花火タイプ追跡」
俺の指先から空に向かって無音の花火を飛ばす。
「ぬっ…………!」
花火は白い光の花を咲かせ、無数の流星になって、大魔族へと落ちていく。
「これは、オレの猟犬を殺した魔法……!」
レッドドラゴンと化した大魔族は、空を見上げ、障壁を展開した。光の弾が落ちる前に、透明な赤い盾がドラゴンの頭上に現れていた。
ドゴ!ドゴ!ドゴ!ドゴ!ドゴ!
爆弾の雨がふっているかのように、絶え間なく大魔族に爆発が起きる。
途中でガシャァン!と大きな音がした。フィーナの家の屋根を抜いてしまったようだ。
――後で謝ろう……。
やがて流星はすべて大魔族の上へ落ちた。
爆発と屋根が壊れた際のけむりで、先ほどよりも視界が悪くなった。
建物がパキパキと崩れる音はするが、大魔族は出てこない。
傷の浅い村人たちが騒ぎ出す。
「やったか……?」
「みんなのかたきを討てたのか……?」
「あれだけやればさすがに……」
だが、マナカだけが、
「シュウ君、気をつけて!!」
その声と同時、フィーナの家のなかから、空にむかって赤い柱が昇っていった。
「――っ!」
熱い。これは。
「ローゼスのドラゴンブレスよっ!!」
マナカが叫んだ。
やがて、ドラゴンブレスがやむと、その軌道上、フィーナの家に空いた穴から、レッドドラゴンが空に飛び上がってきた。
空中で羽ばたき、俺たちを見下ろしてくる。
「……キサマ、名前は何という?」
俺に向かって問いかける。
「シラミズ・シュウだ」
「下等生物にしてはなかなかのものだ。ジェイダークやグレンダル程度では勝てないのもわかる。この街の残党ではないな? どこから来た?」
「思い出したくもないところからだよ」
「……まあ、よい。キサマはオレたち魔族の脅威たりえた存在かもしれぬ。だが、レベルが足りぬ。こんなウジ虫どもは見捨てて、成長を待つべきだったな。そうすればオレに傷くらいつけられたかもしれんぞ?」
それはフィーナにも言われたことだ。だが。
「――それじゃ、遅いんだよ」
「――は?」
「俺だけが助かろうが後で強くなろうが、いま、ここでみんなを見捨てたら、一生後悔する。そんな生き方、もうしたくないんだよ」
「やはり下等生物よ。非合理的だ。使えないものを捨てて何がいけない? それに、うしなわれたものは二度と手に入らないのだから、忘れればよいのだ」
レッドドラゴンは口を開け、エネルギーを溜めはじめた。
「――キサマの未来も後悔も、すべて塵と化してやる。ああ、諦めずにあの魔法を打ち込んできてもよいぞ? オレの障壁の隙をつければ、可能性はあるかもな?」
――言ったな?
それは俺も思っていた。あのドラゴンのバリアは手動発動のようだ。思いもよらない方向から攻撃ができれば、ダメージを与えられる。いま、確信が持てた。
だが、方法は限られる。
村人は戦えない。
フィーナは死霊使いと戦っている。
俺が、俺だけの力で隙をつかなくてはならない。
――まあ、その策くらいあるわけだが。
「これがダメだったら、俺の負けかもなぁ」
まあ、たぶん大丈夫だろうけど。
「はは、来るなら来るがよい! 最期の悪あがきをせよ!」
俺は指を天に伸ばし、魔法の発動を念じた。
「――光魔法・打上花火タイプ追跡発動。色指定――ウルトラバイオレット」
……レッドドラゴンは一瞬空を見上げ、再び俺にブレスの照準を合わせる。
「くはははは! 魔法が発動できなかったようだな! 魔力切れか、弱きものよ! まあ、オレ相手によくやったというべきか! 未練もないだろう、そのまま消えろ!」
ドラゴンの口内が赤く輝き始めたとき、その後頭部でドカン!と爆発が起きた。
「なっ――!」
そのまま無数の小爆発を重ねながら、レッドドラゴンは地上に叩き落とされる。そして、連撃は続く。
『シュウの打上花火タイプ追跡により、1体の敵に合計900ヒット、色彩補正によりダメージ80%減少、ローゼスに合計52766ダメージ!』
「俺の魔法は色の指定ができるんだ。花火だからな。いまは光を紫外線に設定した。見えない光だ」
「ぐお…………」
レッドドラゴンはゆっくりと立ち上がろうとしている。
「――あらためて、調整なしバージョンをくれてやる」
俺は再び花火魔法を使用し、レッドドラゴンを追撃した。白色の光弾により、ドガドガ!と無数の爆発が重ねられる。
『シュウの打上花火タイプ追跡により、1体の敵に合計900ヒット、ローゼスに合計270036ダメージ! ローゼスを倒した!』
「じゃあな、大魔族」
レベルアップの淡い光を感じながら、俺は村人の方へ向かった。