28 【sideフィーナ】苦闘と、勇者への祈り
死霊使いがあやつるお父様は、明らかに前より強くなっていた。
剣のまわりには黒い霧がまとわれており、おそらく触れただけで呪いの効果が出るようになっている。一種の魔法剣といったところだ。
「せいっ!」
だけど、私も負けていない。まだマスターできてはいないけれど、シュウ様に教えていただいた新しい剣を織りまぜながら、死霊使いの剣を受け止める。
「数日で腕を上げたな……。前回スケルトンの使役に回していた魔力を本体に回しているのに、ほぼ互角か……」
「今日こそ、お父様を返してもらいます!」
「……あの光の術士はどこだ? 隠れてローゼス様を狙っているのか?」
「――シュウ様はそんな卑怯なことはしません。あなたたちぐらい、私たちだけで十分ということです!」
ガキィン!と剣がぶつかり合う。
首を斬ろうとする剣を受け止め、心臓をつらぬく一撃をくり出す。
気を抜いたら、一瞬で死んでしまう、いのちのやりとり。
(シュウ様の教え……心をしずめて、剣聖の技を使えさえすれば――)
――明鏡止水。
生前の父もおしえてくれた剣の境地。
静かなみずうみのように、乱れのない心。
そんなふうに剣を使えたら、私は負けないのに――。
「……あせりが見えるな、若き剣士」
「余計なお世話ですっ!」
でも、私のこころを、整えることはできなかった。
ガキィンッ!!
私の頭を割ろうとする一撃をいなし、胴をねらう。
死霊使いはバックステップで攻撃をかわしながら、私の首に斬りかかる。
本当に、お父様と同じ動きだ。
――激しい打ち合いが続く。お互いに決め手にかけるまま、体力だけが削られていく。
「……もう限界だろうな」
「それは、あなたの方です! 私はまだ……」
「クク……貴様ではない」
「え…………?」
死霊使いの攻撃がやむ。剣による金属音が消えると、あたりの音が拾えるようになった。
「あ……!」
――死霊使いの背後では、村人のひとりがブラックケルベロスの爪を受け、吹き飛ばされたところだった。
「うぎゃあああああ!」
「ハンスおじさん!」
マナカのゴーレムがブラックケルベロスを殴りつけ、石づくりの壁にぶつけた。
マナカがハンスおじさんへ駆け寄る。
出血がひどい。回復薬をつけたところで助かるかどうか。
「……まずはひとりか。仲間が死んでいく中でまともに戦えるのか?」
「私が、あなたたちを先に倒せば……!」
「また剣が乱れているぞ……」
「――っ!」
私が立っていたところには、髪の毛の先が舞っていた。危なかった。首を落とされるところだった。
「はは、いいぞ、グレンダル! なかなか面白い見せ物ではないか!」
大魔族ローゼスは変わらず屋根の上から戦況を眺めている。
いや、もしかしたら、あの魔族は戦っているという意識すらないのかもしれない。
――ただの狩り、ただの見せ物、ただの余興。
私たちのいのちの価値など、一切感じていないのだろう。それどころか、同じ魔物のいのちすら何とも思っていない。
その慢心をついて、倒してやりたいのに。
「さあ、若き剣士よ。そろそろ死ね」
「っ!!」
お父様の身体を借りる、この卑怯者すら倒せていない。
ガギィン!
剣での攻撃が激しくなる。まともに受け止めると、手首ごと折れてしまいそうだ。
「――せいっ!」
剣を振るが、自分でもわかる。私は本当のちからが出せていないと。
――お父様を利用されたことへの怒り。
――村のみんなが殺されようとすることへの焦り。
――大魔族ローゼスに対する警戒心。
それらすべてが雑音となって、私の心を乱してくる。
シュウ様に示していただいた、剣聖のきわみには近づけていない。
「…………お前が死ぬのと、ほかの人間が死に絶えるのと、どちらが先かな」
「くっ……!」
剣による乱れづきを、立てた剣で受け流していく。
ダメージこそ受けていないものの、こちらもダメージを与えられていない。
前回村を襲われたときと一緒。
相手の剣を受け止めるだけで精一杯で、なかなか決定的な攻撃が当たらない。当てられない。
「うわあああああああ!」
「助けてえええええええ!」
村のみんなの悲鳴が聞こえる。
早く私がなんとかしないといけないのに。
村のみんなを守らないといけないのに。
「くく、聞こえるか……? あちらは楽しそうだぞ……」
「黙ってっ!」
私が未熟だから。
私の心がつよくないから。
――私は誰も守れていない。
(また、一緒なのかな……)
この街を追われた日から、死にものぐるいで剣の練習をした。
村のみんなを守れるように、毎日技を練り上げた。
そして、最近はシュウ様にもスキルを強化していただき、最強の剣士になれたのではないかとすら思っていた。
でも…………。
「ぐあああああああああっ!」
「きゃあああああ!」
村のみんながブラックケルベロスに襲われているのに。
私が覚醒しなければならないのに。
――私は、あの日から何も変われていない。
(シュウ様…………)
「う、後ろだっ!」
「ぐあああああああああ!」
私が判断を誤ったのかもしれない。
村のみんなにこう言えばよかったのかもしれない。
――すべて忘れて、新しい生活をしよう。
――亡くなってしまった家族が死霊として使役されようと、どうすることもできない、と。
ローゼスの軍備が進んでいることは、マナカから聞いてわかっていた。スケルトンの襲撃があったことから、村が危険なこともわかっていた。
――私が愚かでなければ、村のみんなを商業都市へと逃がすこともできたはずだ。
私の判断ミスで村のみんなを死なせてしまう。
死霊使いの剣をさばきながら、つい口に出してしまった。
「――助けてください……」
「くく、命ごいか……? 無駄なことを……」
「きゃあっ!!」
正面では、マナカのゴーレムがブラックケルベロスに崩されたところだった。
あのゴーレムがいたから、これまで耐えきれていたんだ。
もうブラックケルベロスに対抗できるちからは、村のみんなに残されていない。
「フィーナっ!! あたしたち、もう……!」
「……助けて、ください…………」
「……くだらぬ。最期まであがけ、若き剣士よ」
あがく……?
最後に私が勝とうとも、村のみんなが死んでしまったら、なんの意味もない。
(私のちからだけでは、どうしようもありませんでした……)
「助けてください、シュウ様……」
――そのとき。
天からいくつもの星が降り注ぎ、周囲にいたすべての魔物へと直撃した。
「え……?」
ローゼスやグレンダルは自分を守ったようだが、20体近くは残っていただろうブラックケルベロスは、全滅した。
(どうして……?)
――確かに助けてとは言ったけれど。
――ここに来てほしいと祈ったけれど。
シュウ様は、ここにはいないはずなのに……。
西に行くように手紙を残したのに……。
「誰だっ!!」
ローゼスは空を見上げる。
私もすがるように、空を見上げた。
すると、夜明けの空から、光の翼をたずさえた人影が降りてきた。
「あれは……」
天使……?
いえ、あの方は。
「キサマ、いったい……!?」
ローゼスはあきらかにうろたえている。
しかし、それも仕方ないだろう。あのお方は特別だ。私だって、ひと目見たときから確信した。
――あのお方は世界の希望になると。
「フィーナ、待たせたな」
「シュウ様っ!」
――私の、私たちの勇者、シュウ様だ。
「光の術士……!」
グレンダルは警戒心を強め、距離をとる。
シュウ様はゆっくりと私のそばに降りてきた。
「シュ、シュウ様……、どうしてここに……?」
「――決まってる」
シュウ様は私の頭に手をのせ、言った。
「フィーナたちを助けに来たんだよ」
「あ…………」
「さあ、行くぞ。後悔しないようにな」
「は、はい!」
私は再び剣を構える。
怪我をした人を助けるためにも、まずは敵を倒さないといけない。
目標がクリアになり、心のノイズが消えていく。
シュウ様が私を支えてくれる。
――いまなら、もっと上手く剣が振れる。
確信めいた予感が胸にあった。