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27 【side村の人々】フローリア侵攻

 夜明け前。


 村人たちは、東の街フローリアに向けて歩いていた。

 住みつく魔物を倒し、故郷を取り戻すために。


 フィーナを先頭にして、村人たちはおどろくほど静かに歩いていく。それぞれの手には剣や槍など何かしらの武器がにぎられている。


 魔物にも行き合わず、行軍も順調。


(これなら、夜明けには街につきますね)


 フィーナは思う。


 村のみんなに疲れの様子はない。

 大きな戦いを前にして、気が高ぶっているのか。

 あるいは、昨日の夕食、強化された《料理》スキルによる、身体能力の向上が効いているのか。


(おそらくは、シュウ様のちからによるものが大きいのでしょう)


 ご飯を食べるだけで、一時的にでもどうして強くなれるのか。

 シュウ様にかかれば、どんなことでもできてしまいそうな気がする。


(でも……だからこそ、シュウ様を巻き込むわけにはいかないのです)


 シュウ様はこの世界の希望だから。

 この世界を照らす光になってくれるはずだから。


 私たちの復讐なんかのために、いのちを落としてはならない。


「――見えたぞ」


 村の誰かが言った。


 夜の薄明かりの中で、遠くに城壁が見えた。

 懐かしき故郷、フローリアだ。


「門の場所は覚えてるよな」

「当たり前だ。街並みだって、あの頃と一緒ならぜんぶわかる」


 村人たちは待ちきれない様子で武器をにぎる。


 それを見たマナカが言う。

「まだあせらないで。村の中までは気づかれずにいきたいから」


 フローリアの近くには小さな森がある。

 その森の中には、村の中、フローレンス公爵家の裏庭につながる隠し通路があった。


 村人たちはフローリア付近の森へと進んでいく。


「あった、あれね」

 マナカが大きめの石を指さす。


 村人が石をよせると、その下には木の板があり、さらにはトンネルが隠されていた。

 あの日、フィーナたちが街から逃げるときに使った通路だ。


(お父様……)


 無念に涙がにじむ。


 マナカはフィーナの背中に手を当て、言った。

「さあ、行きましょ。もうすぐ夜が明けるわ」


 フィーナは目をぬぐい、答えた。

「――ええ」


 トンネルのなかは、支えの木材がぼろぼろになっていたり、ところどころぬかるんでいたりしたけれど、使用に支障はなかった。


 まあ、崩れていたところで、《採掘》スキル持ちのものが掘り進めばいいだけだ。


「皆さん……着きました」


 やがてトンネルの突き当たりに至った。

 上を見ると、空はうっすらと明るくなっている。日の出までもうすぐだろう。


 トンネルは井戸につながっている。

 すでに井戸のロープは切れていたけれど、《動物飼育》スキルのロープワークさえあれば、上に登れる。


 フィーナは思う。


(採掘も、ロープワークも、ぜんぶシュウ様に育てていただいたスキルです。シュウ様に頼らないと言っても、私たちはシュウ様との出会いがなければ何もできませんでした……)


 ロープワークができる村人は、ロープにかぎ爪を結びつけると、井戸の上へと投げた。

 くいっ、とロープを引くと、井戸の石積みにフックが引っかかってくれたようだ。


「私が先に行きます。合図をしたら、皆さんも来てください」


 フィーナはミスリルの剣のグリップを確かめると、ロープをのぼって井戸の外へと向かった。


 ――村人たちの作戦は単純だ。

 フィーナが相手のボス、大魔族ローゼスを一刻も早く討つ。まわりの敵は村人が引き受け、フィーナを助ける。


 ローゼスはおそらくフローレンス公爵家の屋敷を根城にしている。

 勝手知ったるフィーナなら、探索も時間がかからないはずだ。


(できれば、ローゼスとグレンダルが合流する前に倒さないと……)


 村側の戦力は、フィーナだけが突出している。

 フィーナがどれだけ素早く敵をたおせるかで、村側の被害の大きさが決まるのだ。


 フィーナはロープをのぼり、井戸の外へ出た。


 荒れ果ててはいるが、幼いころに親しんだ、自宅の裏庭にほかならない。


(泣いちゃだめ。戦いはこれからだから)


 フィーナはあたりを見回す。動くものや灯りはない。まだ魔物の街はまどろみの中にあるようだった。


(気づかれては、いないのかな……)


 ロープを軽くゆらし、合図を送る。

 すると、ほかの村人も次々と地上へとのぼってくる。強化されたスキル《料理》の効果だろう、驚くほど静かに、速く、移動が済まされる。


 やがて村人は地上にそろった。


(私、行きますね。皆さまもご無事で)


 フィーナは村の人々に合図を送り、ミスリルの剣を抜刀した。


(太陽がのぼる。――夜明けだ!)


 そのとき。


「ふん……ウジ虫どもは何もないところからわいてくるな」

「――っ!」


 フローレンス公爵家の屋根の上。

 そこに立っている人影があった。


(気づけなかった――)


 赤黒い肌に、背中には龍のような翼。

 赤い髪に、ねじれた2本の角。

 爬虫類のような瞳孔をした、緑のひとみ。


 まるで、レッドドラゴンが人間化したような姿。


「大魔族――ローゼス……!」


 それは、この街をほろぼした魔物たちの王、ローゼスだった。


 フィーナはミスリルの剣を強く握りしめる。

 お父様の、街のみんなのかたき……!


「ウジ虫にしては記憶力がよいではないか。オレはウジ虫の名前など覚えたことはないがな」


「ローゼスッ!!」

 フィーナは怒りにまかせて、敵に飛び込んだ。


 しかし、振り下ろした剣は、ローゼスの手前で障壁(バリア)(はば)まれた。


「ほう、ウジ虫ではなく、ハエだったか」

「あなただけは――許せない!」

 バチバチと障壁から火花が飛ぶ。しかし、それが破れる気配はなかった。


「まあ、そう(たけ)るな。貴族のたしなみというものを見せてやる」

「――っ!」


 バチン!という激しい音とともに、フィーナは地上まで跳ね返された。着地し、屋根の上をにらむ。


「人間の貴族のあいだでは、猟犬をつかった狩りの文化があるのだろう? オレも大魔族として、それを楽しんでいたところだ」


 ローゼスが手をかざすと、黒い球体がいくつも宙に放たれた。球体は、広い裏庭をかこむように地上へと落ちていった。


 マナカは手元に魔石を取り出して、さけんだ。

「――みんな、気をつけて!!」


「え…………?」


 黒い球体が落ちた場所、その地面からは巨大な三ツ首の犬が現れた。


「――ブラックケルベロス!」


 かつて村人たちに恐怖をあたえた巨大な魔獣。

 それが。


「20体はいるわね……」


 ぐるりと、村人たちを取り囲んでいた。


 大魔族ローゼスは満足そうにあざわらう。

「さあ、叫べ。オレを愉しませてくれたなら、ウジ虫からケダモノに(くらい)を上げてやろう」


(村のみんなでは、勝てない――)


 フィーナは悟る。私が倒さないと大惨事になる。


「みんな、私が――!」

 フィーナは剣を握りしめ、ブラックケルベロスの一角に向けて駆けていく。


 だが、そのとき。

「――貴様の相手は、このわれだ……」


 フィーナにむかって、するどい斬撃が振り下ろされた。とっさに剣で受け止める。


「やるな、若き剣士よ……」

「グレンダル!」


 襲ってきたのは、フィーナの死んだ父の身体(からだ)を借りる死霊使いだった。


「お父様のからだを……!」

 父の手は、緑色の、ボツボツとしたトカゲのようなものに変えられていた。魔物のからだを移植され、改造されたのだ。私を撫でてくれた優しい手はもうない。


 しかし、その声は、その顔は、間違いなく父のものだ。


「どきなさい!」

「そうはいかぬ……。われも後がないのだ……」


 キン!キン!と激しく剣がぶつかり合う。

 すると、ローゼスが屋根の上から言った。


「ふはは、いいぞ、グレンダル! その羽虫を殺してみせろ! ただでさえキサマは死霊使いとしてのちからのほとんどを失っているのだ! 虫すら殺せないのなら、存在する価値もないな!」


「っ!」

 グレンダルの剣が激しくなる。受けることにせいいっぱいで村のみんなを助けることができない。


「ゴーレムっ!」

 マナカは手元の魔石をつかい、3メートルほどの人型ゴーレムを作り出した。あれからブラックケルベロスにも対抗できそうだ。


 フィーナは思う。

(この剣のミスリルも、マナカのゴーレムの魔石も、どちらもシュウ様がプレゼントしてくれたものです。どうかシュウ様、私たちをお守りください)


 フィーナはミスリルの剣を強く握りしめ、父の身体を借りる敵に斬りかかった。

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