26 誰もいない村
「ふわ……」
目を覚ますと、カーテンの下から太陽が差し込んでいた。
明るさからするに、だいぶ寝ていたようだ。
昨日食べすぎたせいか、まだ満腹だ。
「さて、これからどうするかな……」
とりあえず花火大会は開催できた。最初の目的はクリアだ。
次は浴衣を作れる国でも探すべきなのかな、と思っていると、ふと気づいた。
――家の外から、何も音がしない。
宴会の次の日だから、みんな寝ているのかとも思ったが、どうも気持ちわるい。
ドアを開けて、外の様子を見る。
すると。
――目に入る範囲には、誰ひとり人間がいなかった。
「誰も……いないのか……?」
井戸や広場には、いつも誰かがいたのに。
村人がひとりもいない村は静まりかえっていた。
「フィ、フィーナっ!」
フィーナの家まで走っていく。その途中も誰にも会わなかった。フィーナの家に着くと、ドアをガンガン叩いた。
「フィーナ! フィーナ! いないのか!?」
……返事はない。
「本当に、どうしたんだよ……」
途方にくれかけたとき、ドアの足元のところに「シュウ様へ」と書かれたちいさな袋が置いてあることに気づいた。
手にとって開くと、中には金貨30枚ほどと手紙が入っていた。
手紙を開け、中を読む。
「シュウ様へ
村の方々と一緒に旅に出ます。この場所にはもう戻らない予定です。
金貨30枚を同封します。これが村にある大陸通貨のすべてです。申し訳ありませんが、シュウ様は森の西にあります商業都市ミラドへお移りください。
金貨とこの前の宝石があれば、生活に困ることはないかと思います。
元公爵家の人間として、シュウ様の紹介状も書かせていただきました。お困りのは際はミラドの領主にお渡しください。
最後に、シュウ様がこの世に降臨されたときに出会い、ほんの少しでもサポートできたことを光栄に思います。
私はいずれシュウ様が光の勇者としてのお力を取り戻し、この世界セレスティアの希望となりますことを信じております。
そんな希望を胸に、旅立つことをお許しください。
シュウ様のことをお慕い申しておりました。
――フィーナ・フローレンス」
……なんだよ、これ。
俺に村の全財産を渡してどうするんだよ。
それに、この文面。
これじゃ、まるで……。
「遺書じゃないか…………」
西の都市に行け、だって?
村のみんなもそこに行ったのか? そうじゃないだろう。それなら、俺を置いていく意味がない。
「……どこにいったんだよ…………」
そうだ、マナカは?
マナカはどうしたんだろう。
俺は袋を投げおき、マナカの家へと急いだ。
「はぁ……はぁ…………」
マナカの家の前には、花火魔法の打ち上げ装置が置いてあった。装置のすきまに、やはり手紙がさしてあった。
開いて中を読む。
「シュウ君へ
シュウ君がこの手紙を読んでいるころ、あたしたちはこの村にはいないでしょう。
シュウ君にお別れを言えないまま、ここを去るのはつらいですが許してください。
この花火打ち上げ装置は置いていきます。これはシュウ君のものです。商業都市ミラドで「大砲」だといって売れば、当面の生活費にはなると思います。
そうすれば、シュウ君は不自由なく生涯を送れるでしょう。
でも。
あたしは、シュウ君に、無理なお願いをしたいと思っています。
どうか聞いてください。
夜明け前、あたしたちは、魔物に滅ぼされた街、フローリアの奪還に向かいます。
村のみんなは、武器を持ち、勝てるかどうかわからない戦いに挑みます。大魔族ローゼスを倒し、あたしたちはあの街に帰るつもりです。
きっかけは小さなことでした。
誰かが気づいたのです。村を襲ったスケルトンが、自分とおそろいのネックレスをしていたと。自分がわたした腕輪をしていたと。
あのスケルトンは、あたしたちの家族だったものの亡骸だったと。
フィーナが戦った敵が、あたしたちの領主、ジルベール=フローレンスだと誰かが気づくのは、すぐのことでした。
あたしたちは、大魔族ローゼスと死霊使いグレンダルを許すことができませんでした。
黙っていても、ローゼスはブラックケルベロスのような強い魔物をけしかけてくる。
村はいつまで無事でいられるかわからない。
その結論に達したとき、あたしたちは、先にフローリアに侵攻し、ローゼスをはじめとする魔物を討伐することに決めたのです。
あたしたちが生きるか死ぬかはわかりません。みな死ぬ確率のほうが高い気がします。
しかし、これは意地なのです。失ってしまった大切なものは二度と取り戻せませんが、仮にそうだとしても、あたしたちはそれを受け入れることができないのです。
あるいは。
シュウ君の加勢があれば、戦いの勝率は五分五分くらいになるのかもしれません。
ここは村でも意見が割れました。
あるものは、シュウ君も村の戦いに協力いただくべきと言いました。
あるものは、村の戦いにシュウ君を巻き込むべきではないといいました。
その結論を導くために、あたしたちは努力を重ねました。そう、シュウ君に見せる打上花火を作り上げたのです。
シュウ君が花火を見て、本当のちからに覚醒して、すべての敵を簡単に倒してくれる。
そんなことを期待していました。打算的なあたしたちを許してください。
でも、シュウ君は、花火だけでは記憶を取り戻すことができませんでした。はじめからシュウ君はそう言っていたのに、あたしたちが勝手な期待をしていたのです。
シュウ君は無敵ではなく、ローゼスに勝てるかわからない。
村ではそのような結論にいたりました。
もしかしたら、シュウ君はいまの時点でも最強で、ローゼスくらい簡単に倒してくれるのかもしれません。
しかし、フィーナは言いました。
シュウ様は光の勇者だと。
この世界を救いうる存在だと。
いま、シュウ様は戦いを避けたがっている。
いま、私たちの復讐に巻き込んで、死なせてはいけないのだと。
フィーナは《剣術》に加え、《説得》スキルを持っています。
フィーナは、シュウ君を駆り出すべきだという村人たちを説得し、まとめ上げました。
すべての強敵は、剣聖になりうる私が引き受ける。
だから、私たちだけで、街を取り戻そう、と。
あたしもフィーナも信じています。フィーナの言葉を信じ、シュウ君抜きで戦いに出ることを決めています。
しかし、大魔族も強いです。村の人たちも全員無事というわけにはいかないでしょう。もしもフィーナが負けてしまった場合は、誰ひとり生き残れないと想います。
だから、あたしは祈りを込めて、この手紙を置いていくことにしました。フィーナには内緒です。
最強の、あたしの勇者様。
どうか、あたしたちを助けてください。
――マナカ=レイン」
「……なんだよ…………」
何も言わないで、勝手に動いて……!
たしかに、この世界に来たばかりのころ、俺は戦いを避けていた。
それは、俺が手に入れなれなかったもの、花火大会デートを最優先していたからだ。
この世界のことなんか知らないし、どうでもいいと思っていた。
そして、俺は不完全ながら、花火大会をすることができた。
フィーナ、マナカ、村のみんなの協力で、最高の時間を過ごすことができた。
今では、みんな、俺の大切な仲間だ。
「…………」
――今、俺が選べる道はふたつある。
ひとつ、フィーナが置いてくれたお金を持って、商業都市に逃げること。
手持ちの宝石を売れば、きっと一生生活には困らないし、なんならお金の力で花火大会を完全再現できるかもしれない。
大きい都市なら、りんご飴や浴衣など、似たものが作れるかもしれない。
この村やフィーナ、マナカのことは忘れて、幸せに生きていく。
そして、もうひとつは……。
「……答えは、決まってるだろ」
俺は、人生の後悔を取り戻すために、花火大会を開催しようと思っていた。
――ここで、フィーナたちを見捨てたら、また新しい後悔が増えるだけだ。
もう後悔したくない。
俺は戦わなくちゃいけない。
「スキルウィンドウ、オープン」
スキル《勇者の資質》に命じ、スキル強化画面を出す。
花火魔法の開発でスキルポイントのほとんどを使ってしまったが、若干のあまりがある。
俺は、双光翼をはじめとする、使えそうな魔法を可能な限り強化した。
大魔族とやらがどれくらい強いかはわからない。
俺の魔法がどれほどのものかもわからない。
でも……。
「――後悔を取り戻すのもいいが、後悔しない生き方をしたい」
俺は飛行魔法・双光翼を発動し、村の東――かつて魔物に滅ぼされた都フローリアに急いだ。