20 フィーナの誓いと、剣聖への道
パンを口にふくむと、バターの香りが口に広がった。
「めちゃくちゃうまい……。これが手作りなのか。前も思ったが、フィーナは料理上手だな」
「ふふ、ありがとうございます。シュウ様に褒められると、天へ昇る気持ちになりますね」
今日のメニューは、焼きたてのパンとオレンジマーマレードのようなジャム、ソーセージ、チーズだった。特にパンがおいしい。
「シュウ様のおかげで村の生産レベルもだいぶ上がったようです。特に《農業》は魔法のような速度で作物が育つ、と」
「それはよかった」
なんでスキルで植物の成長速度が変わるのか理解はできないが、役に立っているならオーケーだ。
せっかくのおいしいご飯だ。難しい話は後にして、とりあえず楽しもう。
「ソーセージもめちゃくちゃおいしい。チーズもだ」
調理の腕もいいのだと思うが、素材も相当いい。ソーセージは元の世界で食べていたものより確実においしい。
「村の皆さんも、シュウ様に一番良いものをお持ちしたようです。私も一緒に食べてしまっていいのか、悩んでしまうくらいです」
「いいに決まってる。それにフィーナと食べると、よりおいしく感じるからな」
元の世界では、ずっと孤独にスーパーの弁当なんかを食べていたからな。暗い部屋でひとりきり、思い出すと涙が出てくるぞ……。
「フィーナがいてくれて嬉しい」
「シュウ様……。もったいないお言葉です。背中に羽が生えて雲の上まで行けそうな気分です」
「大げさだ」
「いえ、素直な気持ちです。それに、私もシュウ様といられるだけで幸せな気分になります」
「……照れるな」
「最初におっしゃったのは、シュウ様の方ですよ」
そういって、フィーナは俺が出した水を飲んだ。
「シュ、シュウ様……この水は……?」
「そうだ、始めてだったか。これは俺の光魔法で浄化した水だ。味がうまいのはもちろん、聖水としても効果があった」
「ごくごく……。おいしい…………」
フィーナは目をつぶり、動かなくなった。
「フィーナ?」
「雲の上はこうなっていたんですね…………」
「お、おい、本当に天に昇るな!」
「はっ…………」
フィーナは恍惚の表情からいつもの様子に戻った。
「一瞬、天使に会えました……」
「……幻覚だ」
「シュウ様のお姿をしていて、4人いました……」
「幻覚だ!」
光魔法をかけた水はヤバい薬のような効果もあるのだろうかと不安になってくる。
だが、フィーナは晴れやかな顔で言った。
「そして、とてもすっきりしました。私の中の暗い感情がすべて綺麗になったような気がします」
「暗い感情? それは……」
「昨日の……敵のことです」
「あの黒いマスクの敵か」
ウィンドウ上は「アンデッドミュータント」と表示されていた。剣士として相当強かったのはわかるが、なぜフィーナがあれほどまでこだわっていたのかは理解できなかった。
「……昨日は私のわがままのせいで、敵を逃がすことになってしまい、申し訳ありませんでした。しかし、どうしても引けないわけがあったのです……」
「理由を話してくれるか?」
「……はい。お約束いたしましたし、シュウ様にはお話しなければなりません」
フィーナは目をつぶり、一呼吸して、気を落ち着かせた。
「結論から申し上げます。あの黒い布を顔に巻いた魔物の正体は――私の父、ジルベール=フローレンスです」
「フィーナのお父さん……?」
だが、違和感がある。
「あの敵の手足は緑色だったぞ。爪の感じも人間のものではなかった」
「はい、ですから、ぬい付けられたのだと思います。お父様の剣技に、魔物の怪力を組み合わせるために」
「は……?」
「昔、私たちが住んでいた街は、死霊使いグレンダルや大魔族ローゼスという魔物に襲われ、滅びました。ローゼスは死霊使いとは逆、生きた魔物を作り出す能力を持っています。また、生きた魔物を改造する力もあるようです」
「そんなことが……」
フィーナの父親は、生ける屍として利用されるだけではなく改造されたというのか?
「……それに、あの剣士が使っていた剣は公爵家につたわる名剣シルフィードです。剣さばきもお父様のそれでした」
「公爵家って……フィーナは貴族令嬢だったのか?」
「元、です。領地を失った公爵の、何が貴族でしょうか」
「…………」
……育ちがよさそうとは思っていたが、まさか貴族だったとは。
「お父様は自らの領地を守るため、剣をとって魔物と戦いました。その後、行方が知れなかったので、亡くなったと思っていたのですが……魔物に利用されていたとは……」
フィーナは手を握りしめる。
「シュウ様なら、父を倒すこともできるのかもしれません。でも、わがままと言われようと、私は自らの手でお父様を討ちたいのです。私の強さを見せて、お父様に安心して天の国に向かってほしいのです……」
「……なるほどな」
フィーナの気持ちはよくわかった。
「俺もできることをしよう。フィーナの力をもう少し引き出してやる」
「あ、ありがとうございます! このフィーナに色々教えてください!」
フィーナはスキルポイントも余っていたし、まだ何か覚えられるはずだ。身体強化なしで、あのゾンビとやり合うなら、スキルの強化は必須だろう。
「さっそくだが、あの剣士に勝てるイメージはあるのか?」
フィーナは、習得した技のLvをすべて最大まで上げている。これ以上を望むなら、新しい何かを覚えなくてはならない。
「――イメージはいくつかあります。ただ、私が選びたい道はひとつだけです」
「どういうことだ?」
「勝つだけなら、簡単とは言いませんが方法はあります。マナカの道具を使ってみたり、罠を仕掛けてみたり。アンデッド相手ですので、剣から聖水が飛び散るようなしかけも考えられます」
「すごく具体的だな……」
「でも、それじゃダメなんです。私は、私の剣技でもって、正面からお父様を超えたい。より速く、より強く、技をみがきたい……。小細工はせず私の剣だけで勝ちたいのです」
「なるほどな……」
言っていることはわかったが、実際には可能なのだろうか。フィーナのスキル強化画面を表示する。
基本剣術 → 応用剣術 → ★剣聖(EX)
「おお……!」
なんかすごそうなのが出たぞ。EXというのはなんだろうか。技の解説を見る。
・剣聖(習得条件:応用剣術Lv9+α)
剣術の極みというべき境地。専用剣技を使用できるようになるほか、スキル《剣術》で使用できるすべての技が強化される(クリティカル確定)。また、霊体も攻撃可能となる。
スキル習得にあたっては、スキルポイント(300)の割り振り後、以下の条件を満たす必要がある。
○戦闘時、無我の状態で剣術を使用する。
「ううむ…………」
強いのは間違いなさそうだ。ただ、習得条件が意味わからん。
「シュウ様……、やはり私の力では無理なのでしょうか……?」
「いや、そういうわけじゃないんだが……なんというか、習得条件が難しくて」
「条件を教えてくださいませんか? お願いします」
「うーん……」
俺もなんだかわからないが、とりあえず伝えてみるか。
「俺がスキルポイントを割り振った後、実戦の中でコツをつかむ必要があるんだ。
コツというのは、無我の境地というか、自分があって自分がない状態というか……」
自分でもわけわからん。だが、フィーナは。
「――明鏡止水」
「え……?」
「昔、お父様がおっしゃっていました。剣の極意とは、澄み切った水のような心であると。シュウ様からも同じことを教えていただけるとは思いませんでした。シュウ様は剣技についてもお詳しいのですね……。あまりの偉大さに泣いてしまいそうです」
「あ、ああ……」
リアクションに困るな。
「だが、水のような無我の心とは何だ? フィーナにはつかむ自信があるのか?」
まさに、雲をつかむような話だが。
「はい、フィーナはすでにわかっております」
「は……?」
「シュウ様、先ほどのお水をもう1杯いただけませんか? あのお水さえあれば、私も今日から明鏡止水です!」