19 村の勝利と、称賛の雨
「はあ……はあ……」
フィーナは剣を握ったまま、その場に座り込んだ。息は荒い。
「シュウ様……申し訳ありませんでした……」
「いったいどうしたんだ? さっきから様子がおかしいぞ」
「……まずは、村のみんなを助けないと……」
フィーナは剣を杖がわりにして、立ち上がろうとした。だが、刃はポキリと折れてしまった。
「……ヒビが入ってたんだな」
敵も馬鹿力だったようだし、ギリギリの戦いだったんだろう。
「でも、みんなを守らないと……」
フィーナは折れた剣を握りしめ、ふらふらと立ち上がる。
「俺が行くから休んでろ」
見てられない。
「それに……」
俺は村を指差す。
「あっちもよくやってるみたいだぞ」
「え……」
村の入口に群がっていたスケルトンは、ほとんと倒されたようだった。
俺がフィーナと合流したときには200体くらいはいたが、今は30体くらいを残すだけだ。
「任せとけ」
「シュウ様……」
スキルポイントの割り振り以来、村の人々には情がうつってしまっている。野菜や肉を差し入れてくれた人たちを、見殺しにするのは気が進まない。
「……よし」
俺は村の入口に走っていった。
村の入口では、マナカが猫ゴーレムでスケルトンを倒しているところだった。
大工のオヤジはいなそうだが、代わりに《採掘》スキル持ちのおっさんがつるはしで戦っている。
マナカは俺に気づくと、大声で叫んだ。
「シュウ君、ここはもう大丈夫だから! 村の中をお願い!」
「中?」
とりあえず、俺は退魔結界を起動し、俺の周囲に光の結界をつくった。その状態で俺は村の中に駆けていった。
俺の移動にあわせ、光の幕にふれたスケルトンがガラガラと崩れていく。やはりザコには効く魔法なんだな。俺の後ろにも光の幕が広がっているからか、背後からもガラガラ音が聞こえてきた。
村の入り口に入ったとき、背後から「なんでだ……? まあ、いい! 勝った……勝ったぞ!!」と声が聞こえてきた。よし、もう入り口はもう大丈夫だな。
「中と言われたが……」
あたりを見回す。すると、少し離れたところに人が集まっている場所があった。スケルトンはいないようだが。
「どうしたんだ?」
「シュウさん! 薬は持ってないか!?」
のぞき込むと、大工のオヤジさんと《飼育》スキル持ちの羊飼いおっさんが血まみれで倒れていた。
「やられたのか……!」
「スケルトンの剣で刺されて……」
二人のステータスが空中に表示される。二人ともHPは20程度で、何秒かに一度、出血でHP減少を受けていた。このままでは長くないだろう。
俺の能力を見せたくないとか言える事態ではない。しょうがない。
「ちょっとどいてくれ」
「な、何を……」
まずはオヤジさんに手をかざし、魔法を発動する。
「――再生の光」
俺は大工を回復させ、続いて羊飼いを回復させた。
「う、うう…………」
「え……血が、止まってる……?」
「……ふう」
間に合ったな。
「ほかに死にそうなやつはいないか?」
あたりを見回したが、深いダメージを受けている人はほかにはいなそうだ。
「……もう大丈夫じゃ」
神職の村長が俺の前に出て、言った。
「誰も死なずに魔物を追い払うことができた。これは快挙じゃ」
「シュウ君、ありがとう! あたしもゴーレムで戦えたよっ!」
マナカも門から村の中に戻ってきたようだ。俺に飛びつき、ぎゅっと抱きつく。
「村を守れて、本当によかった」
マナカだけじゃない。村のみんなが俺に駆け寄ってきた。
「シュウさんが教えてくれた技のおかげで村を守れました!」
「ザックのオヤジさんのキズを治してくれてありがとうございます!」
「大神官シュウ様!」
「大神官、バンザイ!」
村のみんなは集まってきて、次々に感謝の言葉を投げかける。いや、素直にうれしいな。
「あ、フィーナ! フィーナもありがとう!」
マナカが大きく手を振る。その先には折れた剣を握ったフィーナがいた。
フィーナは弱々しく、折れた剣を持ち上げた。
「みな、一度しずまれ」
村長が俺の周りの村人を落ち着かせる。
「みなの無事も確認した。敵ももういない。わしはここに、防衛の成功を宣言する!」
「うおおおおお!」
「大神官様、バンザイ!」
「シュウさんのおかげだよ!」
村は喜びの渦に包まれた。
「…………ふう」
気が抜けて疲れた。洞窟での採掘から色々あったからな。
……それにしても、大神官か。だいぶ持ち上げられたものだ。ただ、勇者とは言われていないので、気は楽だ。
「あの……大神官様」
「ん?」
呼ばれて振り向くと、《農業》スキル持ちの女性が腕を押さえていた。
「大したキズではないのですが、スケルトンに斬られてしまって……。治していただけますでしょうか?」
「ああ、任せろ」
手をかざし、再生の光をかける。傷口はすぐにふさがっていった。
「あ、ありがとうございます!」
「シュウさん、実は私も……」
《調合》スキル持ちの女性は腕を火傷してしまったようだ。火炎薬を払い返されてしまったらしい。
「――再生の光」
「ありがとうございます、大神官様!」
「ああ」
だんだん感謝の言葉が気持ちよくなってきた。なんかガラにもなくテンションが上がってきた。
「ケガしたやつは全員来い! 俺が治してやるぞ!」
「大神官様!」
「きゃー、素敵!」
ケガをした村人は、その深刻さの順番にしたがって、俺の前に列をつくった。無傷の人間も俺のそばに見物にきた。
切り傷、刺し傷、そして、すり傷のようなものまで。俺はひとりひとり、回復魔法で治してやった。最後の方の人々は、傷を治してもらいたいというより、俺の力を見てみたいといった動機できているようだった。
「さすがシュウさんです!」
「本当に、この村にいてくれてありがとう! いつまでもいてくださいね!」
「大神官様は村の恩人です!」
「はは……」
調子にのって魔法を使いすぎてしまったのかもしれない。だんだん頭がふらふらしてきた。
列の最後の男性の、小さなアザを治したとき、俺の視界はだんだんと暗くなっていった。
「……がとう……」
「……救世主…………」
村人の称賛を浴びながら、俺は地面に倒れていった。
……………………。
…………。
……。
☆
「…………ん……?」
目が覚めると、俺はベッドに横になっていた。俺がつかっている仮宿のようだ。
カーテンのすきまからは太陽の光が差し込んでいる。
あれ……たしか昨日は……?
思い出す。
昨日は死霊使いなんたらとスケルトンの群れと戦った。その後、村人の傷を治した。全部終わったのは日も沈み、あたりが暗くなってからだった。
その後は……?
「ん……」
ゆっくりとベッドから体を起こす。すると、バターを温めたときの良い匂いがすることに気づいた。
「お目覚めでしょうか、シュウ様」
「フィーナ……」
すると、そこには銀髪の少女フィーナがいた。エプロンをつけ、かまどで何か料理をしてくれていたようだ。
「お体の具合はいかがでしょうか? 昨日は私どものために無理をさせてしまったようで、申し訳ありませんでした」
「いや……」
起き上がるが、身体に異常はなさそうだし、頭も痛かったりくらくらするわけではない。
「特に問題はなさそうだ。昨日は疲れが出たのかもな」
「マナカに言わせると、魔力切れではないかということです。朝まで休めば回復するだろう、と」
「魔力切れか……」
昨日は調子にのってバカスカ魔法を使いまくってしまったからな。一泊したら全回復したこともあわせると、マナカの見立ては当たっているのだろう。
「シュウ様、もうすぐ朝食をご準備させていただきますね。村の皆様からまた色々といただきましたので、召し上がってください」
「フィーナの分も用意はあるのか?」
「いえ、私は朝食をご準備しましたら、帰らせていただくつもりでした」
……帰っちゃうのか。寂しいな。
「フィーナ……嫌じゃなければ、一緒に食べてくれないか? 準備が大変かもしれないが。村のみんなからの差し入れということなら、一番の激闘を引き受けたフィーナにも食べる権利があるだろう」
昨日フィーナの様子がおかしかったことも聞きたいし、何よりこうしてフィーナがご飯を作ってくれたというのに、一人きりで食べるのも寂しい。
「シュウ様がよろしければ、ご一緒させていただきます。その……とても嬉しいのですが、夫婦みたいで、少し恥ずかしく……」
フィーナは顔を赤くしてもじもじとしている。
「……調子が戻ってきたみたいだな」
昨日は思い詰めていたようだったからな。
さて、俺も顔を洗ったりして、フィーナに恥ずかしくないよう準備をしよう。そして、フィーナの抱えているものを聞いてみようと思う。




