18 フィーナの激闘と、綺麗な水
フィーナと黒マスクの剣士は激しく斬り合っていた。
キン!キン!と剣がぶつかり合う音がしたかと思うと、つばぜり合いをしたり、お互いにバックステップで距離をとったり、また一瞬で剣をぶつけたりしていた。
二人は草原を自由に動き回り、位置関係はすぐに入れ替わった。遠距離からの魔法攻撃では、誤爆の恐れがありそうだ。
「えいっ! やっ!」
フィーナに身体強化をかけようにも、この距離では届かない。フィーナの集中を邪魔するわけにもいかず、声もかけられなかった。
黒マスクに目をやると、メッセージウィンドウが表示された。
アンデッドミュータント
レベル63
生ける屍というやつか。
フィーナのレベルは俺より少し上、32くらいだったはずだ。互角に戦えるだけでもすごいのかもしれない。
レベル差をスキルの技能で補っている、そんな様子がある。
剣がぶつかり合い、ガキィン!と激しい音を立てる。フィーナが後方に宙返りをしながら斬撃を飛ばすが、黒マスクは剣で受け流した。遠くで斬撃を受けた樹木が倒れた。
フィーナはあらためて前に剣をかまえる。
黒マスクも同じようにかまえる。
なんというか。
――二人は同じ剣技を使っているように見える。
技量はフィーナが上だが、身体能力は敵が上回っている。
「……このままじゃ、らちが明かないな」
――何ができるか考える。
俺の手持ちの魔法で、フィーナに影響を与えず、敵だけに効果を発揮するのは、退魔結界だけだ。
ザコよけの結界だけど、ホーリーというくらいだから、アンデット特効とかあるのかもしれない。うまくいけば弱体化くらいできるかもしれない。
「やっ! せいっ!」
フィーナと黒マスクは再び斬り結んだ。黒マスクが横に払った剣を、フィーナはジャンプして飛び越え、上から剣を斬り下ろす。
黒マスクは剣を頭の上にあげて攻撃を防ぐと、力任せにフィーナを払いのけた。フィーナは後方に宙返りをして着地、低い姿勢で黒マスクに再び駆け寄っていった。
俺はそのタイミングで魔法を発動した。
「少しは効けよ――、退魔結界!」
透明な光の幕が俺を中心に広がり、ドームのようなエリアを形成した。
フィーナと黒マスクに幕がかかったとき、バチン!と音がして、光の幕に波が広がった。
「――光の結界術師か。邪魔をするな……」
周囲に薄く広がっていた黒い霧が集まり、人の形をとった。いや、人というより死神のようだ。顔は骸骨だし、体は黒い布で包まれている。
光の幕は砂つぶのようになって消えていった。
「シュウ様!」
フィーナが俺の横で、敵に剣を向けた。
「…………」
黒マスクの剣士も死神の横に移動した。
死神を見ると、ウィンドウが表示された。
グレンダル
レベル57
「グレンダル……?」
こいつがマナカの言っていた死霊使いか。てか。
「黒マスクのアンデッドの方がレベルが高いじゃねーかよ……。自分で生み出したゾンビに負けててダサいやつだな」
「シュ、シュウ様。あまり刺激なさらないほうが……」
「あ、すまん。つい言ってしまった」
剣士は怖いが、どうせこっちの死神は大したことない。マナカ情報では、俺がすでに倒したやつと同じくらいということだし。
「……黙れ。この剣士は大魔族ローゼス様の助力を得て、われが改造した道具に過ぎぬ。主たるわれの道具が高性能であったとして、それがなんの侮辱になろうか」
「はいはい……」
聞くのも面倒だ。
だが、フィーナは、
「改造……道具……」
と剣先を震わせていた。
ま、あのゾンビがどれだけ強かろうが、強化したフィーナには勝てまい。
「フィーナ、俺が身体強化魔法をかける。あの剣士を倒してくれ」
「――シュウ様、フィーナのわがままをお聞きください」
「ん?」
身体強化の準備をしていたが、フィーナの真剣な声で発動が途切れる。
「あの剣士は、私の力だけで倒させてください。愚かなフィーナだとお思いかもしれませんが、どうかお許しください。理由はあとでおつたえします」
「お、おい……」
何を……。
「シュウ様は死霊使いをお願いしますっ!」
フィーナが俺の前に飛び込むと同時に、黒マスクが剣を振り下ろすのが見えた。俺に直撃するはずだった剣はフィーナが金属音とともに受け止めた。
「――っ!」
キン!キン!と激しい攻防を重ねながら、フィーナは俺から離れていく。
そのとき、向かい合っていた死霊使いから、黒いかたまりが空中に放たれた。
「死霊術――闇烏」
黒いかたまりは何匹ものカラスに変わり、俺に向かってくる。
「――追跡光弾!」
とっさに光魔法で迎撃する。空中でいくつも小爆発がおこり、すべてのカラスを撃ち落とした。
いきなり鳥なんか飛ばしてきやがって。
死霊使いの方をにらみつけると、腹に3つの風穴が空いていた。穴からは反対側の草原が見える。
「貴様……なんだ、この魔法は……」
「おお、カラスを撃ち落とした残りが本体を攻撃してくれたのか」
自動追跡は便利だな。もともと意図せずして作ってしまった攻撃魔法だが、なかなかいい働きをする。花火魔法が完成した今となっては、愛着すらわいてきた。
「だが……われは霊体……。この程度では死なぬ」
死霊使いの腹の穴は、黒い霧により埋められ、元の姿に戻っていった。
「はいはい、じゃあ、もう1回ね」
俺は再度追跡光弾を発動した。
「――え? こんなに早……!?」
死霊使いにすべての光弾が直撃し、無数の爆発が起きた。煙がたちこめ、晴れたときには死霊使いの姿はなかった。
「終わったか……」
「ぐ、う……」
「あれ?」
死神じみた姿は見えなくなったが、そこには、むらさき色の小さな人魂が浮いていた。
「魔力にて構築したわれの霊体を吹き飛ばすとは……。しかし、われの呪核は魔法では壊せぬ……」
「しつこいぞ」
俺はもう一度追跡光弾を打ち込んだ。
ドコドコと爆発が続く。
煙がなくなったとき、やはりそこにはむらさきの人魂が浮いていた。
「あれ……マジか」
「クク……言ったであろう……。われの呪核は実体を持たぬ。この状態ではわれも貴様に物理的には干渉できないが、精神的には影響を与えられる……。呪いの力で精神をこわして、二度と戦えぬ体にしてやろう」
そういって、人魂は俺に近づいてきた。……回転寿司の皿と同じくらいのスピードで。
「…………」
ふざけてんのか? だんだんイライラしてきた。
逃げるのは簡単だ。だが、このクソゴーストがずっとついてくると思うと耐えきれない。なんとかして消してやりたい。
「……待てよ」
この人魂は、呪いの火だ。それを打ち消すもの、言い換えると、呪いの火の反対は?
――浄化の水だ。
「試してみるか」
ちょうど俺のアイテムボックスには水筒がある。もともとはマナカと洞窟を探検するために腰に下げていたものであり、帰りはアイテムボックスに収納して持ち帰ってきた。
水筒の中身は、俺の光魔法――浄化光で浄水した、めちゃくちゃおいしい水だ。
きゅぽん!と音を立て、水筒のふたをあける。
「ク……無駄なことを……。われは呪詛の炎なり。聖水ならまだしも、ただの飲料水で消せるとでも……」
「えーい」
浄化光した水を、人魂に振りかける。
すると、ジュワワワ!と熱した鉄板に水をかけたときのような音がした。
「ギィヤァァァァァァァ!!」
人魂からも悲鳴が聞こえた。
「なぜ!? なぜ聖水を飲んでるんだ!?」
「うまいからだよ、お前にやるのももったいないんだからな」
再度水を振りかける。
「ギィエエエエエエエ!!」
人魂は強風にあおられたときのように激しく揺れる。
「ま、まずい! ジルベール、戻ってこい!」
「ん……?」
すると、黒マスクの剣士が人魂の方に向かって走り寄ってきた。
「シュウ様!」
フィーナも俺を守るようについてくる。
だが、黒マスクは、俺たちには目もくれず、左手で人魂を握りしめると、自らの胸に押し込んだ。
そして、バックステップで俺たちから距離を取る。
「……貴様ら」
「え……」
黒マスクの剣士が始めて声を発した。いや、違う。これは……。
「人間の残党ども……。われらが魔族同士の戦いに備え、戦力を整えているところ、これほどまでに力をつけていたとは……」
黒マスクの身体を借りて、あの死霊使いがしゃべっているらしい。
「もうわれは霊体になることもできぬ……。この恨みはいずれ晴らす。まずは回復をせねば……」
そして、黒マスクの剣士は逃げていった。
俺は追跡光弾で追撃しようと手を前に出したが、
「シュウ様……」
とフィーナの悲しそうな声が聞こえたので、手をおろした。
――黒マスクの姿は見えなくなった。