16 奈落からの脱出
「あれ、さっきの魔物の亡骸は……?」
「俺も詳しく説明できないが、俺のスキルで保管している。村についたら出す」
「……シュウ君はそんなこともできるのね」
「まあな」
俺だって、さっきまでそんなことができるとは知らなかった。
「――くしゅん! さて、ここからどう出たものかしら。だんだん体も冷えてきたし、このままではまずいわ」
俺たちは腰ぐらいまでの高さの地下水に浸かっている。まわりには、ミミズの魔物が使っていただろう小穴がいくつかあるが、中がどうなっているのかは未知数だ。
魔力灯で天井を照らすと、セレスト輝石の輝きが幽かに返ってくる。おそらく7メートルくらい上方だ。
「やっぱり、魔物の横穴を使うしかなさそうね。ちょっと怖いけど、やるしかないか」
「いや……」
たぶんこれくらいなら、いける。でも……。
「俺の魔法を試してみる。成功すれば一番早く脱出できるはずだ」
「魔法……?」
「ああ。ただ、この魔法は背中側を空けていないと使えない。だから……その、いわゆるお姫様だっこか、前から抱きついてもらうしか……」
「……シュウ君、あたしのこと、持てる?」
マナカは水音を立てながら、俺の前に立ち、トーチを自分の腰のベルトに差した。
「……しばらく辛抱してくれるか?」
「ええ、悪いけど、お願い」
マナカは俺の首に両手を回した。俺は背中と脚を持って、マナカの身体を持ち上げた。
レベルが上がったためか、そこまで重いとは感じなかった。
「大丈夫……? 重くない?」
「平気だ。じゃあ、行くぞ」
そして、久しぶりに移動魔法の発動を念じる。
「――双光翼」
「あ……!」
俺の背中からは、光の粒子が放出され、まるで翼のような形状をとった。上昇を念じると、粒子の数が増えたのか、洞窟を照らす灯りの光量が増えた。
上を見ると、セレスト輝石のターコイズブルーが呼応して輝きを増していた。
「あそこだな……」
俺はマナカを抱えながら、ゆっくりと上昇していく。すぐに地下水から抜け出し、セレスト輝石の輝きが近づいてくる。
「すごい……」
マナカの腕の力がぎゅっと強くなる。怖いのかもしれない。
俺はまっすぐにセレスト輝石の空間へと戻っていった。
飛行中、マナカは夢見るようにつぶやいた。
「勇者様……」
☆
あのデカミミズが暴れたせいで、セレスト輝石は採掘の必要もなく拾い放題だった。俺とマナカは崩落に細心の注意を払いながら、手頃な大きさのセレスト輝石を拾い集め、アイテムボックスの中に突っ込んでいた。
「ところで、もしあの魔物がいなかったら、どうやって鉱石を集めるつもりだったんだ? 俺の魔法で爆破する想定だったのか?」
「いえ、違うわ。ま、今となっては必要ないんだけど、こうやってね」
マナカは小さい魔石をひとつ地面に落とす。すると、セレスト輝石で構成された、青緑色の猫ゴーレムが生成された。石の猫はマナカの足元で丸くなる。
「鉱石にも自分で歩いてもらえば楽かと思ってね」
「頭いいな……」
この短期間で、新しく覚えた技を使いこなしている。
「勇者さ……、いえ、シュウ君のおかげだわ。ありがとう」
そして、俺たちは洞窟の外に出た。日の光から、たぶん午後3時くらいだと思われる。
「シュウ君、あの辺りで服を乾かしていかない? 体が冷えて、風邪をひいてしまいそうだし」
「そうだな」
俺たちは洞窟から少し離れたところにある大木のそばで焚き火をした。着火はマナカの魔道具で簡単にできた。仕組みはわからないが、濡れていても起動できるとは便利なものだ。
「は〜、あったかい。生き返るわ……」
「地下水はめちゃくちゃ冷たかったな」
「洞窟の中は日が届かないからねぇ」
マナカは枯れ枝を焚き火に加えながら言った。
「シュウ君の魔法、だいたいわかったわ。威力の強さもね」
「花火魔法を開発したら、打ち上げ装置に込められるか?」
「ええ、あのジェイダークの魔石なら2、3連射はできると思うわ。断言は、実際にシュウ君が使う魔法を見てからになるけれど」
「それは嬉しい」
速射連発花火とはいかないまでも、花火魔法を何発か連射できるのであれば、だいぶ見栄えもよい。
「……で、俺の魔法はどうだった? 俺が話していたような花火魔法に改良できると思うか?」
「ええ、まあ。シュウ君ができることがわからないから推測になるけどね」
「意見を聞かせてくれ」
「……まず基本的なことだけど、あの追跡光弾で使っている『拡散』の技術だけど、二重にかけた方がいいかな。30程度の光弾じゃ、シュウ君が話してくれたような球体状の光は生み出すことはできない」
「なるほど」
拡散に拡散を重ねる、拡散の二乗。理屈としては可能そうだ。
「そして、もうひとつ。来る途中にシュウ君が話してくれたとおり、花火魔法の実現には、光の速度や色彩、拡散のタイミング調整が必要になる。だけど、その変数はあまりに複雑で一度で成功できるとは思えないわ」
「……同感だ」
気楽に失敗できればいいが、魔法の開発には一回一回スキルポイントを使用する。無駄にはできない。
「だからさ、逆転の発想というか、開発した魔法自体に変数を操作できる仕組みをつけられないかな? 道具生成の経験から言うと、難しいことを始める場合は失敗前提じゃないと辛いから。何度も出力を調整できたほうがいい」
「……それはいい案かもな」
スキルポイントは有限だが、魔法の使用回数には制限がなさそうだ。マニュアルもないまま新規開発を繰り返すより、練習で花火魔法のコツをつかむほうが簡単だろう。
それに、設定をいじれる利点は、魔法の開発時点だけにあるわけではない。花火魔法をマスターした後も応用が効く。
魔法の設定を変えられるのなら、赤や青、緑などの様々な色の花火魔法が、継続的に使用できるようになる。
スキルポイントを一度使用するだけで、数々のバリエーションを産めるのなら安いものだ。
「できるか? 《勇者の資質》」
俺は自らのスキルに問いかけた。すろと、脳内に声が響く。
『解説します。可能です。具体的には、個別のカスタマイズ魔法ではなく、スキル《光魔法》全体に手動調整機能を適用することができます。しかし、魔法はすべて女神セレスの権能により最適化されていますので、手動調整するためにはロックを解除する必要があります』
「ロックされてるのか……」
俺の信用がないのか。クソ女神は用意周到に邪魔をしてくるな。
そして、俺の目の前にはメッセージウィンドウが表示された。4つの「_」の下に、0から9までの数字が並んでいる。
『解除後、魔法の色彩、威力、速度、射程等のマニュアル調整が可能となります。なお、いずれの場合も、調整前が最も強力です。術技の威力を下げるだけの機能ですので、非推奨です。本機能を使用するにあたってはスキルポイントは必要ありません』
スキルポイントを使わなくてすむのは助かるが、こんな隠し要素みたいにしなくてもよかっただろ。いや、むしろ、管理運営向けのツールといったところか。
「パスコードロックねぇ……」
執念で1万通り試してやってもいいが、使用頻度の低いであろう機能だ、おそらく……。
「マナカ、女神セレスの誕生日は知ってるか?」
「誕生日? ええ、まあ。6月21日と言われてるわね。太陽が一番長く輝く日」
「ありがとう」
0、6、2、1、と。
『パスコード解除成功。術技のマニュアル調整が可能です』
「よっしゃ!」
見たか、クソ女神め。ずっとなされるがままだったが、一矢報いてやったぞ。覚えとけ、俺が元いた世界じゃ、誕生日はもっとも安直なパスワードのひとつなんだぞ。
たいへん気分がいい。
目の前に出てきたメッセージウィンドウ、「術技のマニュアル調整の制限を解除しますか?」に対し、「はい」を返した。
――準備は整った。
改めて花火魔法を開発するぞ。