14 頭脳派少女の慌ただしい朝と、花火魔法の開発(相談)
翌日、村を歩くと、すっかり俺は有名人になっていた。
「おう、シュウさん! 昨日言われた技、さっそく試したぜ! この辺の魔物ぐらいだったら材木で倒せそうだ!」
「シュウさん! お腹空いたらいつでも言ってね!」
手を振りながら、いい気分で街を歩いた。
思えば、元の世界にいたときは、こうやって声をかけてもらえることはなかった。特に社会人になってからはろくなことがなかった。クレームかパワハラばっかりだった。思い出したら、泣けてきたぞ……。
クソ女神のスキルのおかげとはいえ、素直に嬉しい。
そして、俺はマナカの家に来た。自分から女の子の家を訪ねるのは初めての経験だ。フィーナに夕食に招かれたことはあるが。
ドアをノックして、しばらく待つ。
すると。
「はぁ〜い……フィーナ……。まだ寝かせてよ……」
寝ぼけまなこのマナカが、目をこすりながらドアを開けた。赤い髪はぼさぼさのままだし、桃色の寝間着も胸元がはだけている。
「……フィーナ……ふぇ! シュ、シュウ君、なんで?」
「ちょっと相談したいことがあってな」
「ご、ごめん! ちょっと待ってて!」
ドアが勢いよく閉められたかと思うと、中からドタン!バタン!と激しい音が聞こえてきた。
この村には時計がないが、日の昇り具合や村人の活動状況を踏まえると、10時くらいなのだと思われる。非常識な時間ではなかったと思うが……。
賢そうな普段の様子を知ってるだけに、いけない姿を見てしまった気がする。
「あれ、シュウ様?」
ドアの前で立っていると、後ろから声をかけられた。フィーナだった。さらさらした銀の髪が今日も綺麗だった。
「おはようございます。マナカに御用ですか?」
「ああ、花火の打ち上げで相談したいことがあってな」
昨日の夜、ふと自分のスキルポイントを見たら、786まで増えていた。ジェイなんとかとかいう魔物を倒したときに、レベルが26まで上がっていたようだ。つい一人でガッツポーズをしてしまった。
改めて、このスキルポイントを使って花火魔法の開発をする。今度は失敗しないように。
そこで、マナカに打ち上げ装置の仕様をあらかじめ聞いておくとともに、《道具生成》の要領を活かした魔法開発の相談ができないものかと思い立ったのだ。
「ところで、フィーナはどうしたんだ?」
「私は朝の鍛錬を終えて、一度家に帰るところです。シュウ様に教えていただいた剣技を早く使いこなしてみせたくて……。少し汗をかいてしまったので、着替えてから、お洗濯などをしようかと」
「……そうか。勤勉だな」
フィーナからどことなく甘い匂いがする気がしたが、言い出せなかった。変態っぽいし。
「……マナカは、寝てたんですね?」
「ああ、今準備しているようだ」
相変わらず、家の中からはドタバタ音がしている。
「私、見てきます。シュウ様をお待たせしてはいけません」
「俺は気にしてないから大丈夫だ。いきなり来てしまったわけだし」
「いえ、そういうわけにはいきません! 太陽もこんなに高いんです。今は起きていなきゃダメなんです」
「お、おい……」
フィーナはドアを開けて、マナカの家に入っていった。ドア越しに声が聞こえる。
「こら、マナカ! シュウ様がお待ちです、早く準備しなきゃダメ!」
「あ、フィーナ、いいところに! 髪をしばるリボンが見つからなくてさ……」
「なんで下着姿なの! 髪より先に服を着てよっ!」
「だって、リボンがないと始まらないし……」
「リボンはここ! ここに掛けてあるでしょ!」
「…………」
俺は会話を聞かなかったふりをしようと思った。
しばらく待つと、昨日と同じように身だしなみを整えたマナカが出てきた。フィーナも後ろから続く。
「おはよう、シュウ君。……さっきはごめんね」
照れた様子で、片手でごめんをする。
「いや、俺こそいきなり来て悪かった」
「シュウ様は悪くありませんよ。だって、もうこの時間なんですから」
「昨日はいろいろ試してたら寝るのが遅くなっちゃったのよ……」
「もしかして、俺の花火打ち上げ装置か?」
「ええ、まあ。それとシュウ君に教えてもらったゴーレム生成を試して、ね」
「ゴーレムって……?」
フィーナは驚いた顔でマナカを見た。
「……昨日、シュウ君に教えてもらったのよ。これがなかなか便利そうで、さ」
そう言ってマナカは小石ほどの大きさの魔石を地面に落とした。すると、そこから土でできた猫が形成された。
猫はうろうろと歩き始める。
「にゃーんとまでは言わないけれど、なかなかうまいものでしょう?」
「こりゃ面白い」
質感は土だが、動きは紛れもなく生き物だ。自分でスキルポイントを割り振ったにもかかわらず、感心してしまう。
「大きめの魔石を使えば、人型にもできるわ。牙猪くらいなら倒せそうよ」
「そう……なんだ」
フィーナは含みのある様子で言った。
「で、シュウ君。何の用?」
「少し長くなりそうだから、中に入れてもらってもいいか? ほら、これ、俺が浄化した美味しい水」
そういって、瓶を差し出した。
「な、中?」
マナカはちらちらとドアを振り返った。フィーナはその様子を見て、ため息をついた。
「シュウ様、マナカの家はお見せできる状態ではありません。申し訳ありませんが、広場のお椅子ではいかがでしょうか?」
「ああ、大丈夫だ」
「……よかった」
今度はマナカが安堵のため息をついた。
☆
俺とマナカは広場の椅子に移動した。フィーナは着替えのため家に戻った。
「話って……?」
「実は……」
俺は木の棒で地面に花火の絵を描きながら、簡単に状況を話した。
俺の記憶を取り戻す儀式(嘘)のため、専用の光魔法を開発する必要があること。
開発にあたっては、基礎魔法に拡散や色彩変化などの複数の要素を組み合わせて表現する必要があること。
そして、開発した魔法をマナカの打ち上げ装置に入れられないと意味がないこと。
「なるほどね……魔法の開発か。シュウ君はとんでもないことができるのね」
「1回失敗してしまったがな」
花火魔法ではなく、拡散ホーミング弾を30連発するだけのつまらない魔法を創ってしまった。本当にスキルポイントの無駄遣いだった。こんなことは二度としてはならない。
「複数の要素の組み合わせか……たしかに道具生成と近いのかもしれないわね」
「打ち上げ装置の受け側の都合もあるし、一度マナカの意見を聞きたかった」
「――ちょうどいいかも」
マナカは椅子から立ち上がって言った。
「昨日さ、ちょっと考えたんだ。あたしはシュウ君の魔法を実際に見たことがない。魔道具の生成はシュウ君が使う魔法を実際に見てからの方がいい」
「それはそうかもな」
元の世界でも、現場を見もせずに勝手な物を作る職人もいた。だいたい導入直前になって揉めに揉めることになる。うっ……頭が……。
「……だが、魔法はまだ完成してないぞ」
「いいのよ。開発段階からお手伝いしていいんでしょう? 今の魔法を見せていただいて、そこから始めましょう」
「じゃあ、どうする? 村の外で試すか?」
「ま、それでもいいんだけど、ついでにさ、お願いがあるの?」
「お願い?」
「ええ、魔道具の製作のため、セレスト鉱石が欲しいの。最近使ってなかったから、切らしちゃってて。村の外の洞窟に採りに行ってくれないかしら? ちょっと奥までいけば、嫌って言うほど採れるから」
「魔物は出るんだよな?」
「まあ、大グモや巨大コウモリくらいは」
……正直行きたくはない。が、必要なら仕方ない。俺の夢、女の子と花火大会デートのためなら、少しくらい我慢しなければならないのかもしれないな。
「わかった、フィーナの予定を聞いてくる」
「……ダメよ。フィーナにはこの村を守ってもらう必要があるから。この状況下でフィーナを連れ出すことはできないわ」
「……? じゃあ、俺が一人で……?」
絶対に嫌だ。
「違うわよ、ほら、戦えるようになった可愛い娘がいるじゃない?」
「……え?」
マナカはウインクをして言った。
「あたしと行きましょう、シュウ君。シュウ君はフィーナレベルに強いんでしょう? 道中カッコいい光魔法をたくさん見せてね」