13 行列のできるスキル相談所②
マナカは俺の家に入る前に、頭を垂れ、人差し指で額の前に円を描いた。多くの村人がしていたが、女神セレスの教会に入るときの祈りだという。偽称だが神職で通しているので、俺が住むボロい借宿でも、礼を尽くしてくれているようだ。
「並んでくれたのか?」
「もちろん。シュウ君と友だちだからって、村のみんなを抜かすことはできないわ」
「悪かったな」
花火打ち上げ装置を作ってもらっているのに。
「謝る必要はないわ。こちらがお願いしているんだからね」
俺はマナカをテーブルに通した。
せめてものおもてなしとして、浄化魔法をかけた水を出した。
「何このお水、すごく美味しい」
「俺の魔法で浄化した水だよ。……で、そんなことよりどういう風にスキルを強化したいんだ?」
「……そんなこと、で流せるような美味しさでもないのだけど。何これ、瓶1本で金貨1枚とれるわよ。罪悪感がすごいわ……」
改めてマナカのステータスウィンドウを表示する。
マナカ レベル13
【所持スキル】
《道具生成》スキルポイント残:455
《鑑定(素材)》スキル強化不可(《道具生成》レベルに連動)
……なるほど。
戦闘経験が少ないからレベルは低い。にもかかわらず、年齢の割にスキルポイントの伸びがいい。
スキルポイントは、レベルアップボーナスと日々のスキル活用時に上昇するらしい。
マナカは、よほど道具生成を繰り返したのか、あるいはフィーナ同様天性のものがあるのか。いずれにせよ、優秀な道具生成者であることは間違いなさそうだ。
「マナカは《道具生成》スキルの強化が可能だ。どうする?」
「ちゃんと考えてきたわ。あたしの希望は2つあるの」
マナカはちゃっかりと浄化後の水を飲み干してから、言った。
「水はうまかったか? 希望どおりスキルを強化できるかはわからないが、聞かせてくれ」
「お、お水はとても美味しかったからつい一気に飲んじゃって……あ、ありがとう。じゃあ、スキルの方だけど……」
マナカは指で数をカウントしながら、
「……ひとつ、まずは今使ってる魔道具生成をより熟練させたいの。昨日は、任せて、なんて大見得を切っちゃったけど、シュウ君のための魔法打ち上げ装置だもの、絶対にミスはできないから」
マナカのステータスを見る。
《道具生成》
基本道具生成Lv9
薬品生成Lv5
魔道具生成Lv7
確かに、魔道具生成には強化の余地があるようだ。てか、やはり全体的にLvの伸びがよい。
「ふたつめね。みんな同じようなことを言ってるのかもしれないけど、私もフィーナの横で戦える強さがほしい。もう泣きそうになりながら、フィーナの帰りを待つのは嫌なの」
「……なるほど。何か具体的なイメージはあるのか?」
正直、《道具生成》で戦えるイメージはわかない。武器の生成はできるかもしれないが、マナカには使いこなせないのだろう。
「――イメージはある。あたしの才能でできるかはわからないけど、自律人形の生成、できないかな?」
「ゴーレムか……」
面白い提案だ。さっそくウィンドウを見る。
魔道具生成(★Lv9)→ ★ゴーレム生成
「おお……!」
可能だ。念のため詳細を確認する。
・ゴーレム生成(習得条件:魔道具生成Lv9)
魔石1つを消費し核にすることで、制作者の意図に従う自律人形を生成する。核を除く肉体部分は、制作者の周囲にある素材から構成される。魔石が残っている限り、何度でも解除・再構成は可能だが、生成時には多くの魔力を使用するため、魔石の魔力枯渇には注意が必要。
「どうかな……シュウ君?」
「……魔石1つの消費が起動条件になるが、習得可能だ。あと、魔道具生成のLv上げが習得条件となる」
「願ってもないことだわ。シュウ君、お願いできるかな?」
「ああ」
そして、俺はマナカのスキルポイントを割り振った。
「これでいい。ゴーレム生成は後で実際に試してみてくれ」
「何も実感はないけど、もう起動できるようになってるのよね?」
「間違いない」
「そう……」
マナカは安堵したようにため息をついて、
「……シュウ君、本当にありがとう。これであたしもフィーナに守られるだけではないのね」
「まあ、そうだな。ただゴーレム生成のLvは3だ。どこまで戦えるかわからないから、無理はしないでくれ」
繰り返しだが、フィーナの剣があれば、村の平和には事足りる気はする。水を差すことになるので黙っていたが。
「心配ありがとう、シュウ君。……どうやって恩返しすればいいのかな? “浴衣の巫女”だっけ? あたしも立候補しちゃおうかしら」
「え、あ……」
花火大会。俺の横には赤い髪を後ろにまとめた浴衣姿のマナカ。りんご飴を持って微笑みかける。それもそれで魅力的だと思ってしまった。
「なんちゃってね。フィーナに怒られちゃうかな。あたしは魔法打ち上げ装置の技師として、シュウ君の望みに協力させていただくわ」
「……ありがとな」
「こちらこそね。じゃ、次の人がいるから、帰るね」
「……そうだ」
マナカに聞きたいことがあった。マナカに、というよりは、冷静に話ができそうな人に、といったところだが。
「ちょっと聞いてもいいか? 不快に思うかもしれないが」
「ええ、あたしにわかることなら」
村長にも聞いたことだが、聞き方を変える。
「この村のみんなには、戦闘用の技を覚えたいって人が多かった。この村を守りたいから、って言ってな。だが、戦闘用の才能を持ってやつはほとんどいない。このあたりの事情は村長に聞いた」
「ええ、それで?」
「きっと、少し移動すれば別の街もあるんだろ? 大きい城壁もあるような、さ。この村を守ることよりも、身の安全のために移住した方が早いんじゃないか?」
「…………」
しばしの沈黙の後、マナカは答えた。
「……合理的ね。いえ、外から見れば、誰でもそう思うのかもしれないわね」
「正直、な」
「確かに、あの森の西には商業都市ミラドがあるわ。歩いて3日はかかるし魔物も出るけれど、移動は可能よ」
「検討はしたんだな」
「もちろん。でも、実行はできなかった」
マナカは遠い目をしながら、
「あたしだって、愚かなことをしているのはわかってる。でも、あたしのパパやママも含めた街のみんなの弔いもできないまま、別の街で幸せに暮らすことが選べなかった。
あの街を魔物から取り戻すことはもうできないのかもしれない。でも、いつかはきっと、って思っていないと、生きていける気がしなかった。東のフローリアから離れて西に向かうことはいけないことだと思った。口には出さないけど、みんなそんなふうに負い目を抱えながら過ごしているんだと思う」
「……なるほどな」
――叶わない願いだと感じつつも、捨てることはできない。
――諦めた方が正しいとわかっているけど、諦められない。
愚かといえば愚かだ。だが、第2の人生で花火大会デートを夢見る俺に批判できることではなかった。
「悪かった。嫌な質問をした」
「いいのよ、当然の疑問だわ」
そして、マナカは外に出ていった。
こうして、俺のスキル相談所は夜まで続いた。
一日の終わりには、村のみんなからの差し入れが山のように届いていた。




