11 打ち上げ花火への第一歩
「シュウ君……あんたさぁ、なんでブラックケルベロスが1体なくなってるのよ?」
「な、なんか爆発して……」
「んなわけあるか! フィーナにも言われたんでしょうが。これだけ高レベルの魔物は素材も貴重なんだからね!」
案の定、ブラックケルベロス(剥ぎ取り前)を消し炭にした罪で、俺はマナカに怒られることになった。
「これだけ大きい魔物なら、商業都市に持っていけば、1年は暮らせるお金になったわよ」
「……マジか」
そんなに大変なことをしたとは。
いくら花火のためとはいえ、少し反省する。
「マナカ、それくらいで……。シュウ様にもご事情があったのでしょうし。それにシュウ様の助けがなければ、そもそも私もこの魔物を倒すことはできませんでした」
「……それもそうね」
マナカはちらりともう1体のケルベロスを見やり、
「村を2回も守ってくれた恩人に対し、失礼だったわ。シュウ君、謝るわ。フィーナもありがとう」
「いや、俺こそ悪かった……」
車1台くらいの資産をダメにしたわけだしな。
「ま、この1体だけでも大収穫ではあるわね」
マナカは荷車を引いた村人に向けて手を振った。
「じゃ、みんな、ちょっと少なくなっちゃったけど、解体よろしく! 異常があったらあたしが見るから声かけてね!」
「おう!」
「こういうときしか役に立てないからな!」
村から来た男性たちが、ナイフやナタで素材を回収していく。年齢は50代くらいが3人、フィーナより少し若そうなのが2人だ。
なかなかグロい光景ではあるが、これがこの世界の生き方なんだろう。たくましいな。
皆が解体にいそしんでいる間、マナカが俺に話しかけてきた。
「……で、この爆発跡はシュウ君のしわざなの? 《光魔法》ってやつ?」
「……ああ」
どうせバレてるから隠す意味もない。
「すごい破壊力ね……。ブラックケルベロスの革には耐火性能があるわ。それをここまで跡形もなく消しさるなんて……。フィーナの言っていることもわかるわ。貴方は間違いなく、並の火炎術士の数十倍の力を秘めている」
「……そうなのか」
皆にバレたら、魔物退治だなんだとこき使われるのだろう。
「で、どうなの? 150メートルの火花はできそうなの?」
「うっ……」
スキルポイントを無駄にした悲しみがよみがえる。
「まだまだなのね」
「まあな、苦戦してるよ。……そうだ」
俺は懐から、こぶし大の魔石を取り出した。あの変質者に光弾を打ち込んでいたときに、向こうから転がってきたものだ。
「この魔石なら、俺が言った花火魔法を打ち出すための道具が作れるか?」
ブラックケルベロスの魔石と比べても、かなり大きい。基準はわからないが、いい線いっているのではないか。
「シ、シュウ君、これ……どこで手に入れたの?」
マナカは血相を変えて俺に問いかける。
「な、なんか空から降ってきて……」
マナカのリアクションを見て、あの変質者を倒したことは言わないほうがいいのかもと思い、つい嘘をついてしまった。
だが、マナカは俺の手を包むように握り、
「お願い、シュウ君。ちゃんと教えて。なんという魔物から出てきたの? どんな魔物から出てきたの?」
「それは……」
マナカも顔が綺麗なのでどきどきする。ダメだ、俺、こういうシチュに免疫ないんだよな。
それに、きっとマナカも薄々わかっているのだろう。俺は正直に答えることにした。
「……ジェイリーグみたいな名前の、青い顔の変質者だよ。いきなり来てごちゃごちゃうるさいから、つい……」
「……影使いジェイダークだわ」
「し、知り合いなのか?」
「馬鹿言わないで……」
マナカは声を震わせながら、
「私たちが昔住んでいた街は3人の魔族に滅ぼされたの。大魔族ローゼス、死霊使いグレンダル。そして……影使いジェイダーク」
……名前が覚えられないが、口は挟まないことにした。
「シュウ君は、私たちの村を3回守ってくれただけではなく、私たちの因縁の相手も倒してくれたのね……。村のみんなに話せば、シュウ君は英雄として迎えられるわ」
「げっ……」
それだけは避けたい。過度な期待を受けるとろくなことにならなそうだ。
「ねえ、シュウ君。シュウ君はまだ本当の力が出せていなくて、そのためには夜空で炸裂する火花が必要……なのよね?」
「……ああ」
フィーナにはそう説明した。本当は花火大会デート以外やりたくないだけだが。
「……決めたわ」
マナカは俺の手から魔石を受け取り、言った。
「シュウ君、この魔石を私に託してほしい……。魔法を込めて撃ち出せる……そんな道具を作ってみせるわ」
「やってくれるのか?」
「あたしの方がお願いしてるのよ? ……いいかしら?」
願ってもない。これで夢に近づける。俺は断言した。
「――頼む」
「――任せて」
マナカは親指を立てて、俺にウインクをした。
「でも、シュウ君。ひとつだけ先に言っておくわよ」
「なんだ?」
「この魔石……商業都市なら家3軒は建つわよ? いいのね?」
「え゛っ……」
日本円で言うと、1億円くらいだろうか。少し悩んでしまうが、俺の失われた青春と金、どちらが大切かと言えば答えはひとつだ。
「……問題ない」
「オーケー、設備もないし時間もかかると思うけど、やり遂げてみせるわ」
「あの〜、解体終わりましたけど〜」
「あ……」
いつの間にかフィーナが俺たちの後ろに立っていた。
「さ、シュウ様、村にお戻りになられますか? それとももう少し修練されますか?」
そう言って俺の手を握った。
「お、おい……」
顔が近い。フィーナも綺麗な顔をしているから、ドギマギしてしまう。
「フィーナ、あんたねぇ……」
「マナカだけ、手を握るからだよ」
「事情があったのよ」
「事情がなくちゃダメなの?」
「シュウ君に聞きなさいよ……」
「シュウ様……ダメですか……?」
「う……」
だから、免疫がないんだって。まっすぐに見つめられながら言われると弱い。鼓動が早まる。
「だ、ダメじゃないけど、そろそろやめてもらえると助かる」
村の人も荷車を動かそうとしてるし。
俺の心臓も耐えられそうにない。
「だってよ」
「む〜……。では、シュウ様、今度改めてお願いしますね」
「あ、ああ……」
フィーナはそっと俺の手から手を離した。
「それでシュウ様、この後は?」
「一緒に村に帰るよ。正直、なんか疲れた」
魔法を乱射してからだるさが残っている。ステータスは見ていないが、たぶんこれがMP切れというやつなんだろう。
「承知しました。それでは、一緒に帰りましょう。お昼ご飯を用意させていただきます」
マナカは村人に手を上げて合図をした。
「じゃあ、みんな、行きましょう。最後方は村最強の剣士が務めてくれるから、安心して移動できるわね」
「マナカったら、もう……」
マナカを先頭に、荷車は草原の道を進んでいく。
村人たちは和気藹々と話している。
「これだけ素材があれば、剣が何本もできるな」
「なかなか丈夫そうだし、武器には困らなそうだ」
「それにしても、よくこんなデカいやつを倒したもんだ」
俺とフィーナは荷車の後ろからついていく。敵影は見えず、草原は平穏だった。
フィーナは俺の横を歩きながら言った。
「……シュウ様のお導きのおかげで私もここまで戦えるようになりました。本当に感謝しております」
「礼なんかいらない。それに俺はほんの少し手助けをしただけだ。その強さの源泉は、間違いなくフィーナ自身だ」
基礎スキルのLvをMAXにするとともに、1500以上のスキルポイントを貯めるまで、どれほどの苦労があったのだろう。
ポイントを割り振っただけで、「フィーナはぜんぶ俺のおかげで強くなれたんだよ」とは口が裂けても言えない。
「もったいないお言葉、ありがとうございます」
フィーナはぺこりと頭を下げた。
「実は……そんなシュウ様のお人柄を見込んで、お願いしたいことがあるんです」
「お願いしたいこと?」
「……ええ。どうか……」
荒事なら嫌だな、と思っていると。
「――どうか、村のみんなを、私のように鍛えてくださいませんか?」