10 花火魔法の開発(不測)
目の前に開かれたウィンドウを見ると、光線のカスタマイズ項目が列挙されているようだった。
「追跡」「拡散」「剣化」「拘束」「時間差変化」などの基本項目に始まり、非推奨として「色彩変化」「速度低下」などが書かれている。
試しに「追跡」「拡散」に触れてみると、文字色が白から黄色に変わった。これは……?
『術のカスタマイズで使用する要素を選択してください』
『選択した要素を使用し、新しい術を組み上げます』
『決定後はスキルポイントが消費され、取り消しができませんので、特に非推奨要素の取り扱いにはご注意ください』
はぁ……。あのクソ女神は俺によほど花火魔法を開発させたくないように思える。
ここだけ急にシステムが不親切になった。
たかだか魔法の威力を落として、好きな色にすることくらい好きにさせろってんだ。
魔王と戦うわけじゃあるまいし。俺はエンジョイ勢だっつの。
さて、花火魔法には何が必要なのか。それをここの要素から選んで、苦手だったプログラミングみたいに記述しなくてはいけないようだ。
面倒だが、夢の花火大会を開催するために手間を惜しまないこととしよう。
「速度低下」「色彩変化」した光弾を、「時間差変化」で「拡散」、さらに「速度低下」「色彩変化」かなと考えていると。
ーー再度、ピシッという何かが割れる音がした。
「え……?」
スキルウィンドウから顔を上げる。
すると、フィーナが真っ二つにしたブラックケルベロスの亡骸ーー正確にはその影から、黒い塊が浮上してきた。
「う、うわあああっ!」
黒い塊は徐々に人間の形をとっていく。
だが、それは人間ではない。顔色も青く、頭にはヤギのような角がついていた。服装は黒いコートで、吸血鬼じみた印象を受ける。
「ーークハハ、この程度の結界で安心していたのか? 愚かなり、光の術士よ」
な、なんだあいつは?
「我は大魔族ローゼス様が側近のひとり、破滅の影ジェイダークだ」
そのとき、奴の横にウィンドウが表示された。
「ジェイダーク レベル56」
ブラックケルベロスと同じ形式ーーつまり敵脅威の表示だ。
てか、そのときに気づいた。
――さっきまで開いていた魔法カスタマイズ画面が閉じてる……?
「あ、あ……」
嫌な予感がした。
「ローゼス様が自信作のブラックケルベロスが帰ってこないと思えば……あのような剣士がいたとはな。また、貴様――光の術士もそれなりの力量があるようだな」
うるさい、それより俺の花火魔法は?
スキルポイントを見ると、残りは34しかなかった。
「貴様を殺して、再び影に潜む。そして、あの女剣士も暗殺する。そして、あの村も終いだ」
変質者の言葉は聞こえない。
まさか、あの変質者が出てきたときに、びっくりして決定ボタンを押してしまったのか?
何より大事な、俺の第2の青春よ、夜空を彩る光の魔法――それを生み出す原資たるスキルポイントよ。
「おい、《勇者の資質》。履歴を出せ」
『承知しました』
「クハハ、抵抗するか? 試しに我に先程の魔法を撃ってみるがよい。我の深淵が……」
「あーもう! ちょっと黙っててくれないかなァ!! いま忙しいんだよ!!」
「な……!」
『最新の履歴表示します。
シュウはスキルポイント390を使い、「追跡」「拡散」を付加した光線、自動命名・追跡光弾を開発しました』
「キャンセル! 頼む!」
『できません』
「頼むよ!」
『事前にお伝えしたとおり、できません』
「あ、ああああ〜……」
貴重なスキルポイントが……。ろくでもない魔法に変わってしまった……。
膝から崩れ落ちる。俺の夢、やり直しの希望が遠のいた……。本当に泣けてきた。
「あ、ああ……ああああ!」
「……ク、よくわからないが、我の恐ろしさに絶望しているようだな。せいぜい泣き叫べ。心地よい音楽のようだ」
「……っ!」
――冷静に考えれば。
この青いやつが急に出てきたせいだ。びっくりしたせいで、俺もつい「決定」を押してしまった。普通に寄ってくりゃいいものを、わざわざ犬ころの影に隠れやがって。
スキルポイントを上げるのだって、ただじゃない。あのクソ犬みたいな敵と戦って始めてレベルが上がり、スキルポイントが手に入る。また、まとまったポイントが入るのがいつになることか。
せっかく花火の夢に近づけるところだったのに。
俺は悪くない。
ぜんぶあいつのせいだ。
急に腹が立ってきた。
あの変質者に責任を取ってもらわねばならない。
「どうした? 抵抗はしないのか? まぁ、いずれにせよ結果は変わらぬ。最期は我が影の槍で串刺しにしてやる。命乞いの言葉を奏でよ」
「……お前がびっくりさせたせいで」
「ん?」
「お前がびっくりさせたせいでぇぇっ!!」
「な、何?」
『シュウは追跡光弾を発動、習得完了しました』
ありったけの気持ちを込めて右手を突きつけると、俺の手のひらからは無数の光の玉が散乱した。その光弾はすべてあの変質者に突っ込んでいった。
「な、なっ……!?」
白い花火の逆再生のようにも見える。それがかえって癪にさわった。ちゃんとやればそれなりの花火魔法もできたんだ。
それなのに。
それなのに!
『シュウは追跡光弾を再発動しました』
再び俺の手から白い光が散乱する。
あー、ちょっとだけ花火に似てる! スキルポイント390の価値はあるかな? ないかな!
ないよなあぁぁっ!!
最初に発動した方の光弾は、すべて変質者にあたり、無数の小さな爆発を生み出した。
「グ、グオオオオッ!」
『追跡光弾27ヒット、ジェイダークの防御壁「闇の衣」を破壊。本体に3ヒット、合計1021のダメージ』
「ま、待て……」
『再発動の追跡光弾、ジェイダークに30ヒット、合計9326ダメージ』
「お、お……」
「見ろ! これが花火だ! 綺麗だろ!」
俺は天に向けて光弾を散布した。光弾は、ゴムで引っ張られるようにすべて変質者に向かっていった。風情など微塵もない。
『追跡光弾、ジェイダークに30ヒット、9630ダメージ、ジェイダークを倒した』
「あああああああ!!」
怒りにまかせて、光弾を打ち続けた。
……しばらくして。
「……まずい」
冷静さを取り戻して、自分がとんでもないことをしたと気づいた。
草原がボコボコになってしまったのは、まだいい。
問題は、ブラックケルベロス1体分が、痕跡も残さず消えてなくなってしまったことだ。なんならもう1体も傷だらけだ。
フィーナは、ブラックケルベロスの革や爪は素材として重宝されると言っていた。きっと武器や防具、さらには農具など使用方法は数多くあるのだろう。
その過半数を消し炭にしてしまった。フィーナの言葉が思い出される。
ーーマナカに怒られる。
あの変質者からは、こぶし大の魔石が出てきた。これとチャラにしてもらえないかと考えていると、
「シュウ様〜!」
村の方から、フィーナとマナカ、荷車を囲んで5人ほどの村人が歩いてきているところだった。




