01 本当の願いと、女神の押し付け
ひゅーというかん高い音とともに、ちいさな光が夜空へと駆け上った。光はいっしゅん暗闇の中に消え、そしてーーどぉん、という大きい音とともに大輪の花が夜空に咲いた。オレンジの光はそのままヤナギの枝のようになって地上へ降り注ぐ。
「なんて、綺麗……」
俺の横では、フィーナが瑠璃色の瞳を輝かせて天を見上げていた。
「これが、シュウ様が生み出したかったものなのですね」
彼女の銀の髪は、夜風を受けてさらさらと揺れている。泣けてくるくらい美しい。やはりここは俺のいた世界ではないんだと思い知らされる。
「……ああ、でもまだ足りない」
俺はこれだけでは満足しないぞ。花火だけではダメだ。ちょうちんの灯りがない。屋台がない。りんご飴もないし、金魚すくいもない。お好み焼きもないし、やきそばもない。いんちきくさいクジ屋もないし、射的もない。わいわいがやがやと顔を上気させて楽しむ人々もいない。
そして、何より浴衣姿の女の子が、俺の隣にいない。
ああ、そうさ。青春コンプレックスと呼ぶなら呼べばいい。しかし、俺が得た第二のチャンス、逃すわけにはいかないんだ。
これは、俺が手に入れたかった思い出を異世界で手に入れるまでの物語。で、文句あるか、女神。
☆
しばらく前のこと。
「おめでとうございます。貴方は世界セレスティアを救う勇者に選抜されました」
「……へ?」
気がついたら、一面真っ白な空間にいた。俺の前には白い布で包まれた異国の女が立っている。
「シラミズ・シュウ。貴方に使命を与えます。セレスティアは女神たるわたくしがおさめる世界です。貴方の使命は民衆を滅ぼそうとする……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
思い出す。最後の記憶を。
そうだ、たしか、俺は夜中12時過ぎまで仕事をして、車で帰って、早く帰りたくて国道を100km/hで走って、うとうとして、気づいたらガードレールを突き破って……。
「あ……、じゃあこれは、話に聞く異世界転生ってやつなのか!?」
「話が早くて助かります。魔の王を討伐するため、この世の理を超え、異世界から呼び寄せた救世主、それが貴方です」
そうか、俺にも機会が来たのか。
「俺は何歳の姿で転生するんだ? 赤ちゃんからか?」
「既に時間がありません。貴方は15歳の少年となり、わたくしを祀る祭壇にて目覚めるのです。人の子ではなく、神の使いとして。奇跡を民衆に認識させ、信心を高める副次的効果も期待しています」
誰もいない祭壇がスタート地点か。最近もそういうゲームをやった気がする。まあ、それはそれとして。
「15歳か……」
なら、まだ間に合う。
「女神よ、一番重要なことを聞きたい」
「積極的ですね。非常に好ましいことです。なんでしょうか。魔王の能力でしょうか? 敵軍の総戦力でしょうか? 我々の戦力と戦況でしょうか? なんでも聞いてください」
「じゃあ、遠慮なく」
「ええ、どうぞ」
「その世界には、俺が住んでいた国と同じ文化を持つ国はあるのか?」
「…………………はい?」
「だから、よくゲームとか漫画だとあるだろう? ジパングとか和の国とかジャポンとか。その世界に、日本風の文化を持つ国はあるのか?」
「ありません。住み慣れた環境を変えるのはおつらいかもしれませんが……」
「では、花火大会は? いや、そもそも花火の技術は?」
「は、花火?」
「知らないのか? 火薬に火の色を変える物質を混ぜ込んで、空に打ち上げて、花のように飛び散る火の粉を楽しむものだ」
「それがわたくしの話と何の関係が……」
「この世界にはないのか?」
「え、ええ……。一番近いのは、魔法部隊の火炎魔法による礼砲ですが……」
「はあああああぁぁ〜〜〜〜〜!? 礼砲ぉぉおお?」
がっくりきた。なんだよ、じゃあ、戦わされるだけ戦わされて、なんのメリットもないということか?
「もういいです。解散!」
「え、え?」
「俺はもう降ります。このまま消えます。すべて終わりで結構です。勇者は別の人にお願いしてください。さようなら、もう会うことのない方」
「シュウ、どういうことか説明を求めます。わたくしも貴方のお考えがわからないと今後のことをお答えできません」
「話したくはないけど、話さないと次に進まないんだな?」
「そのとおりです」
はあ。しょうがない。どちらにせよ、この白い空間から出るにはこいつの力がいるのだろうしな。
「じゃあ、最期に話すよ。俺が別の世界にいたのは知ってるよな。27歳、建売住宅のろくに売れもしない営業マン、彼女いない歴=年齢。後悔していることはたくさんあるけれど、一番は学生時代の思い出が全然ないことだ」
「は、はあ……」
「特にうらやましかったのが、花火大会での浴衣デートだ。現実世界でもそうだが、漫画やアニメを見ていても、恋愛ものはだいたいこのイベントを通過する。なあ、普段一緒に過ごしている女の子だとしてもだ、花火大会の会場という一種の異空間で、浴衣という非日常の服を着て、普段はできない金魚すくいなんてしたらもうそれは最高の体験でしょうが! 違うか!? それをさ、やっぱり初恋でしたいわけよ!」
「お、おう……」
女神の口調からして、ドン引きしてる気がする。まあ、もういいか、最期だし。吐き出して終わりにしよう。
「ずっとアニメで見て尊いなあと思うだけでさ、俺の人生では起きなかったイベントをよ、もう一回人生やり直して起こせるかと思ったらさあ、なんだよイベントを起こせる余地すらないじゃねーかよ、和の国のマップ用意しろよ」
「あ、あの……お酒呑んでましたっけ?」
「酒? 思い出した! 酒も飲めないからパワハラ受けたんだった! 俺の恨みを聴けーっ!」
「お、おう……」
☆
女神(セレスというらしい)は、こほんと咳払いをしてから言った。
「貴方の気持ちはわかりました。しかし、既に貴方が勇者として転生することは確定事項です。拒否はできません。さらに正直に言うと、代えの勇者を用意するための力、わたくしへの民衆の信心は、もう用意できるだけの見込みもないのです。民は魔に虐げられ、既にわたくしへの祈りを失いつつあります」
「俺も勝手に呼ばれただけだからなー」
「お願いします、貴方のお力添えを。貴方には二つの強力なスキルを授与いたします。その力さえあれば、きっと世界に安寧を取り戻せるはずなのです!」
「スキル?」
「ええ。この世界では誰もがなんらかのスキルを所持しています。わたくしへの信心と引き換えに与えられる能力です。貴方には《光魔法》と《勇者の資質》を授ける予定ではありました。しかし、貴方の好むスタイルがあるのであればご要望にお答えすることも……」
「じゃあ、《日本誕生》と《青春謳歌》」
「さ、さすがにそんなスキルは……」
「《モテモテ》と《金持ち》ならいける?」
「あ、あの……」
女神はぷるぷる震えている。
「《運命の人と出逢う》、《ささやかな暮らし》でもいいかな。逆にね」
「いい……かげん……」
「スキルらしさなら《魅了》と《金貨生成》くらいがしっくりくるのかもな」
「いいかげんにしやがれええ!!」
「う、うわ! ま、待って」
「落ちろ、落ちろ!!」
そして俺は、《光魔法》と《勇者の資質》を押し付けられ、白一色の空間から女神によって蹴り出されたのであった。
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