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ジュリア様!!〜デブでブスの令嬢は英雄に求愛される〜  作者: 陸路りん


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地震、かみなり、火事、親父

 さて、どじっ子アレッタと愉快な仲間達と過ごして十数日、思いの外穏やかな日々を享受してジュリアは過ごしていた。


 どのくらい穏やかかというとモーモー鳴く牛と共に牧草地で寝そべりのんべんだらりとできるくらいだ。勿論踏まれる恐れがあるためにそこまで近い距離には行かない。牛たちは少し離れたところで低いBGMを奏でてくれている。


「穏やかですね、ジュリア」

「あー……、そうねぇ……」


 隣でにこにこと英雄殿も寝そべってしきりに声を掛けてくるが、ジュリアはぼへっとおざなりな返事を返す。


 何をしているかって?

 ただの現実逃避である。


 どこに行っても何をしていてもうっとうしくついてくる英雄殿を追い払うことにも撃退することにも失敗したジュリアはもうその存在を気にしないことにしたのだ。


「ルディ、果物をとってちょうだい」

「はい、どうぞ」


 というよりかは使用人のうちの一人として扱うことにした。

 というのもこの英雄殿、ジュリアにどんなに顎で使われても全く怒らないしむしろなんだか嬉しげなのである。

 今もにこにこと非常に良い笑顔でジュリアに持参したバスケットから果物を取り出してせっせと皮をむいて差し出してくれている。


(うん、まあ、いいや)


 それが一体どのような心境なのかということを斟酌することをジュリアは放棄した。

 面倒くさくなったからである。

 そのままよくわからん立ち位置でルディとは平和に過ごし、なんだかルディの仕事がおやつ用の果物の皮むき係になってしまい、何故だかその腕前が上達して飾り剥きまでマスターしてしまった頃にそれは訪れた。




 頭には燦然と輝くバーコードハゲ、気むずかしげな眉間の皺にジュリアには劣るもののちょっぴり前に出たぽっちゃりとした腹。

 右手にはそれなりに値がはりそうな杖を、左手には眼鏡をかけた神経質そうな細いもやし男を携えたその人物は、その名をカークス・アイルーンと言う。

 何を隠そうアレッタの実の父親である。


(似てないわぁ……)


 輝く頭部を主に見つめ、ジュリアは扇で反射する光を遮りつつその二人を出迎えた。


「一体何のご用かしら? ロザンナ、本日は来客の予定があって?」

「いいえ、ジュリア様、本日はそのようなご予定はございません」


 わざとらしく背後を振り返って問いかけたジュリアに、ロザンナは心得たように慇懃無礼に答えて見せる。

 今現在、ジュリア達がいるのは屋敷の庭である。庭から外へと通じる門の目の前にジュリアを筆頭として扇形に陣取り、閉ざしたままの門越しにカークス達とは睨み合うように対峙していた。


「事前の連絡をしなかったことについては詫びましょう。しかし何しろ緊急の用件でして。なにせ我が一人娘がよりにもよって領主様の元にいるという連絡を受けたものですから」


 格子の向こうでハゲが唸る。下手に出ているのはジュリアの方が貴族としての格が上だからだろう。けれどその態度や言葉の節々には年下の女を相手にへりくだるのは馬鹿馬鹿しいと考えるような侮蔑がにじみ出ていた。

 自らの感情を抑えることすら出来ないその幼稚さ加減に同族嫌悪を感じるのと同時にわずかな嘲笑を含んでジュリアは唇に笑みを作る。


「ああら、まるで私が誘拐したみたいな言い草ね。言って置くけどアレッタは勝手に川から流されて来たのよ」

「おお、勿論、そのようなことは考えていませんとも! 我が娘が大変ご迷惑をおかけしました! 今すぐに連れて帰りますのでどうかこの門を開けてくれませんかな?」

「残念だわぁ。アレッタの意見は貴方とは違うようなの。私としては初めて会った貴方よりも数週間とはいえ一緒に過ごしたアレッタの意見のほうを尊重したい気分ね。だからきちんと私を納得させてくれないとここは開けられないわ」


 ばっさばっさとわざとらしく白いクジャクの羽をあしらった扇を仰ぎながらジュリアは堂々とのたまう。その態度にカークスはぴくり、と人よりも広い額に青筋を立てた。


「一体何をおっしゃっておられるのか理解出来ませんね、私の意見と娘の意見が異なると?」

「違う人間ですもの。そういうこともあるわぁ」

「これは異な事を。娘の意見は親と同じものです。よしんば些細な違いがあるにせよ、年端もいかぬ娘の意見ではなく、しっかりとした大人の意見に沿うべきでしょう」

「それは内容次第ね。双方の意見を聞いて理があると判断した方に私は沿うわ。今のところ私はアレッタの意見を聞かせて貰ったところなのだけれど、そんなに変なことを言っている印象は受けなかったわ。だから今度は貴方の意見を聞かせなさいと言っているのよ。聞いた結果、貴方に理があると判断したらアレッタは家へと帰すわ」

「娘の意見と私の意見を同等に扱うというのですか」

「さっきからそう言っているじゃない。聞こえなかったの?」


 ジュリアは扇を仰ぐのを止め、門につかみかからん勢いで唾を飛ばす男をその青い瞳で強く見据えた。


「理があるならばお話しなさい。それすらも出来ないようなら取り合う価値もないわ」


 その打ち据えるような強さにカークスはわずかに息を飲んだが、すぐに顔を真っ赤に染めると「こ、小娘の言うことに理など……っ」と声を荒げた。

 しかし皆まで言わせずにジュリアは「そう、小娘」とその激昂を遮る。


「アレッタは小娘ね。そうして私もアレッタとそう歳の変わらない小娘なの。あらら、困ったわねぇ」


 わざとらしく目をすがめ、にたり、と不気味に笑ってみせる。


「アレッタの意見を年若いからと無下に扱うなら、私の意見も同じように無下に扱ってみるかしら? 出来るかしら? やってみる?」


 にまにまと笑う悪魔のような女は、けれどこのレーゼルバールの領主でカークスよりも階級の高いお貴族様だった。

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