宮廷舞踏会 Ⅸ
「エスティア様、少し室内を調べさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
俺の言葉に彼女の側使えたちは小さくどよめき、不快そうな表情を浮かべる。
彼らの立場からすれば、当然だろう。俺は彼らの仕事にケチをつけようとしているのだから。
俺は内心「しまった」と思うが、エスティアは一同にちらりと視線を送りそれを宥めてくれた。
「申し訳ありません……」
「いいえ。……しかし、もう少しわたくしにも分かるように教えていただけますか?」
はたしてティナードに確認を取らずに話してしまって良いのだろうか?しかしそんな余裕はないかもしれない。もし彼女に危険が迫っているのであれば協力をしてもらう方が早い。
「実は舞踏会の最中に、参加者の誰かに危害を加えようとする計画を聞いてしまいました」
「まあ……!」
「誰が狙われているのかははっきりしていません。しかし、ある程度高貴な身分の方に『火竜の舌』と呼ばれる何かを届けたということです」
「『火竜の舌』……ですか?」
「はい。その名前に心当たりはありませんか?」
「火竜の舌……」
エスティアは頬にそっと手を当て、しばし何か考えを巡らせたかと思うと室内をくるりと見渡した。
その視線の先は、室内に飾られた花に向いているのだろうか?
「……随分と曖昧なお話しのような気がしますが……」
「ユケイ様はそのお話を舞踊会場でお聞きになったのですか?」
「……はい」
「それは……、どのようにしてお聞きになったのですか?」
彼女の問いに、一瞬声を詰まらせる。
彼女も立場ある人物だ。当然内緒話の秘宝のことは重々承知している。つまり、どうやってそれを突破したのかということを疑問に思っているのだ。
俺が魔力の目を持たないということは多くの人が知るところである。エスティアの耳にそれが届いていたとしても、それでも内緒話の秘宝の効果を無効にできるということに思い至るのは難しい。
「ユケイ様……」
傍らからカインが小さく俺を呼ぶ。
彼の物言いたげな視線、それは秘宝のことは言うべきではないという意味だろう。
しかし今そこをはぐらかしては、エスティアに事態の説明がつかなくなってしまう。
俺は視線でカインに謝ると、彼は一瞬何かを考えるが、その後諦めたように小さくうなづいた。
「エスティア様、これから話すことは口外しないで下さい……」
彼女は時折驚いた表情を何度か見せるが、最後まで静かに俺の言葉に耳を傾けた。
「そうなのですか……。それでは舞踏会場で、偶然そのような話を聞いてしまったということなのですね……?」
偶然という言葉に少し後ろめたさを感じるが、これ以上話を長引かせる必要もない。
俺は大人しくハイと答える。
「その計画を話していたという方は、もう既に捕まったのですか?」
「おそらくティナード殿が対応してくれていると思います」
「そうですか……」
エスティアは少しほっとした表情を見せる。
「……火竜の舌ではありませんが、グラステップの一部の地方でオレアンドという植物を竜の舌と呼ぶ地域があります」
「オレアンド……ですか?」
心当たりを当たるが、オレアンドという植物は出てこない。
「それはどのような植物ですか?」
「オレアンドは綺麗な赤や白い花を咲かせる木です。葉が細長く、竜の舌のような形をしています。竜の舌なんて見たことはありませんが……」
「そうですね。そうそう見るものではありませんから。けど、どうして竜の舌と呼ばれるのでしょうか?」
「はい。それは、木全体にとても強い毒を持っているのです」
「毒ですか……。死と竜はよく紐付けられますから……。その花はこの室内にありますか?誰かから届けられたとか……」
エスティアは小さく首を横に振るが、ハッと顔をあげた。
「そういえばウェッドランド辺境伯……、いえ、伯爵からお花が届いていましたね?」
彼女はそう言いながら、室内をぐるりと見回した。
「ウェッドランド伯爵?」
「ええ。グラステップが健在だったころ、辺境伯を勤めておられました。グラステップが分割領になったため、国境線がかわり辺境伯の地位は返上されましたが、昔からわたくしも大変懇意にして頂いております。たしか……、あれかしら?」
そう言うと、エスティアは壁際の花瓶を指差した。
「ウェッドランド伯爵……。伯爵ですか……」
先程暗闇の舞踏会で奇妙な会話をしていた男も伯爵と呼ばれていた。
そこには赤と白の薔薇によく似た花が活けられている。
側にいた侍従が、気を効かせたのかその花瓶に手を伸ばす。
「触るな!」
俺より早く、カインが声を上げる。
侍従はビクッと肩を震わせ、同時にエスティアの守護の者がずいっとこちらに体を向けた。
一瞬で室内に緊張が走るが、俺は慌ててエスティアに謝罪をする。
「し、失礼をしました、エスティア様。もしかしたら危険な物かも知れません。城の者を呼んで確認をさせて下さい……!」
周りから一斉に怪訝な視線を向けられるが、エスティアはふうとため息をつき、1人の侍従に何か耳打ちをした。
すると、その者は一礼をして室内から出て行く。
「わたくしが直接受け取りましたが、普通のローゼでしたよ?花瓶はこちらで用意した物ですし。ローゼって、危険なお花でしたかしら?確かに棘はありますけどね」
そう言うと、エスティアはふふふと笑う。
「ご安心ください、一応警備の者に伝えに行かせました。さあ、これでゆっくりお話ができますね?お茶を準備しますので、どうぞおかけ下さい」
カインは危険物かも知れない部屋に留まるのに抵抗したが、ここまできて席を立つわけにはいかない。
それに、正直その花は危険な物には見えないし、そうだとしても花瓶に挿さっていれば唯の生花だ。
鈴蘭、ダチュラ、スイセン、ジキタリス、危険な毒を持つ花は沢山あるが、口に含まなければどうということはない。
正直、俺にはこれ以上この件の被害者を探すことは出来ない。
必要なことは全てティナードに伝えてあるのだから、あとは彼に任せるしかないのだ。
そして、俺にはティファニーとの約束もある。
「それでは少しだけ……。会場に人を待たせていますので」
俺はカインに目配せをすると、用意された席に腰をかけた。
部屋の隅では、小さな竈門に炭をくべ、お湯が沸かされているのが見える。
「ユケイ様は今、賢者の塔に仮住まいをされていると伺いましたが、本当でしょうか?」
「はい、その通りです」
「……1つお願いがあります。賢者の塔に、わたくしと同じ荘園で育った者がいるかもしれないのです」
俺が切り出す前に、エスティアの方からティファニーの話題を振ってくれた。
疑っていたわけではないが、ティファニーが言ったことは事実のようだ。
「賢者の塔で私の助手をしてくれている女性が、グラステップ出身だと聞きました。ティファニーという名の女性です」
俺の言葉を聞き、エスティアはガタンと大きな音を立てて椅子から立ち上がった。
「それは本当でしょうか……!?」
「はい。彼女はとても元気です。あと……、彼女の兄もおそらく無事だと言っていました」
エスティアの目は驚きに大きく見開かれ、その潤んだ瞳からは今にも涙がこぼれ落ちそうだ。
「アレックスも賢者の塔にいるのですか!?」
「い、いえ。それは分かりませんが……。ティファニーは兄はおそらく無事と言っていました。ですから、今一緒にいるわけではないと思います……」
複雑に彼女の表情に過ぎる感情を、俺は正確に読み取ることはできなかった。
しかし、エスティアがティファニーとその兄のことを心底心配しており、そして今強く安堵しているということは十分に理解できる。
ティファニーがエスティアを探していたように、エスティアもティファニーを探していたのだろう。
今の会話で、俺はティファニーとの約束を十分に果たしたと言っていい。
そしてその約束が果たせただけで、俺はこの舞踏会に参加してよかったのかもと思えた。
「ティファニーはちゃんと生活ができているのでしょうか?賢者の塔の中で辛い目にあったりはしていないですか?」
「私も知り合ってまだ数日ですが、そのようなことは無いように見えます」
「ほんとうですか?」
「はい。とても勝ち気な女性ですね」
「……そうですか。ありがとうございます、ユケイ様」
エスティアは穏やかに微笑む。
しかしそれは一瞬で、すぐに彼女の瞳には強い決意のようなものが生まれたのを感じた。
「……それでは、ティファニーに伝えていただけないでしょうか?」
「はい、何なりと」
「それでは……。『わたくしも元気です』と……お伝え下さいませ」
「はい。必ず伝えます」
そして、エスティアは手にした扇で口元を抑え、こう言った。
「そして……。『もし機会があれば、子供の頃遊んだあの洞穴の……、英雄の墓のお詣りを頼みます』……と……」




