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才の無い貴族と悪魔王  作者: そんたく
命の値段
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宮廷舞踏会 Ⅷ

 そうだ、エスティアも大公(たいこう)であるから、暗殺の対象者の可能性がある。

 よく考えればあの密談をしていた男達は、対象者の顔を知らないと言っていた。

 それでも伯爵という身分の男が、王子であるイルクナーゼの顔がわからないということがあるだろうか?

 しかし同じ大公でも、グラステップ大公のエスティアの顔を知らないということは十分に考えられる。

 とはいえ「化け物と同じ力」というのは、どう解釈すればいいのだろうか?

 魔法が存在するこの世界で、性別や年齢に左右されない力があることは確かだ。

 もしかしたら賢者エインラッドが竜の遺産である「魔術の門」の恩恵で大きな力を得たように、エスティアも「草刈りの魔導書グリモア・デゼルバメント」により何らかの力を授かっているという可能性があるのかもしれない。

 ……いや、そんなことを考えるのは後でいい。

 彼女の前室に「火竜の舌」が既に届けられているのであれば、彼女だけでなくその身の回りの者が今現在危険に晒されているのだ。


「エスティア様、いきなり不躾なことを伺い申し訳ありません!今日なにか変わったことはありませんでしたか?」

「何か変わったこと……で、ございますか?」


 突然の言葉に、エスティアが呆気(あっけ)に取られた表情を作るのも無理もないだろう。


「ユケイ王子……」


 ティナードが控えめな静止をかける。


「ユケイ様はわたくしのことをご存じのようですね。でしたら、わたくし自身が今この場にいることがとても()()()()()()だと言えるかもしれません」


 にこりと微笑む彼女の笑顔は、まるで俺に落ち着けと促しているかのようだった。


「し、失礼しました……。申し訳ありません」

「いいえ、お気になさらず」

「しかし、大切なことなのです。どうか思い出して頂けないでしょうか?何か前室に届けられた物はありませんか?何か……赤い物でしょうか?花とか……食べ物とか……」

「赤いお花ですか?部屋にはたくさんお花が生けられておりましたが……。どんなものだったかは覚えておりません」


 そう答え、穏やかな表情を続ける。

 果たして彼女に化け物と言われるだけの力があるのだろうか?

 会話の感じからして、何か秘めたる物があるようには思えない。しかし、一二本の魔剣のようにフラムヘイド王家の者しか使えない力があってもおかしくは無い。

 行方不明になっていると噂される草刈りの魔導者に関する力であれば、それはかつて大きな戦を引き起こした物なのだ。


 思えば彼女は、ヴィンストラルドにとって、ライハルトやリュートセレンにとって、そして旧グラステップにとって、とても繊細な問題を抱えている人物だ。

 それこそ暗殺計画が計られても不思議でないくらいに……。


 このまま彼女の前室に行ってしまうというのが、一つの手ではないだろうか?

 ティナードに伺いを立てれば確実に反対される。

 であれば……


「エスティア様、突然こんなことを申し上げて不審に思われるでしょうが、もしかしたら貴女(あなた)の身に危険が迫っているかも知れません……」

「ユケイ王子、お待ち下さい……!」


 このまま説得して彼女の前室へ向い、ティナードには他にも対象となり得る貴族を警戒してもらう方が効率的だ。

 ティナードからの静止を振り切り、俺は言葉を続ける。


「私も先日、命に関わる事態を経験しました。私も貴女もいろいろとある立場です……。お話だけでも聞いていただけないでしょうか?」


 当然こんな雲を掴むような話、直ちに信じることは難しいだろう。

 実際エスティアのお付きの者は、明確に俺を警戒している。

 しかし、最悪それだけでもいい。

 俺のことを不審に思ってでも、それでいつもより少し警戒の度合いを高めてくれれば結果的に良からぬ企みを阻止できるかもしれない。


「わたくしの危険というのはよくわかりませんが……。実はユケイ様とは、じっくりお話がしたいと思っておりました。よろしければ、わたくし達のお部屋でお茶でもいかがでしょうか?」

「エスティア様……!」

「あら、何か問題がありますか?」


 エスティアの侍従が慌てて彼女に歩み寄る。

 しかし、全く譲る様子もない彼女に、侍従達はごそごそと何か相談を交わし、エスティアにそっと耳打ちをした。


「侍従達はユケイ様お一人でしたらおもてなしができると申しております。もちろんお供の方も同行していただいて結構ですよ。少しでしたら舞踏会を外させていただいても構わないでしょう」

「エスティア太公……、それでは……」


 ティナードが小声で静止する。


「時間までには必ず戻ります。何か問題はありますか?」


 エスティアはティナードにそう返した。

 時間……とは何のことだろうか?

 尚も食い下がるティナードだったが、最終的に彼は引くことになる。

 ヴィンストラルドの貴族であるティナードも、グラステップ大公の言葉には逆らえないのだろうか。

 しかしこのやり取りを見る限り、二人には面識があるようだ。


 俺はエスティアに少しだけ時間をもらうと、例の伯爵達から盗み聞きした言葉をティナードに報告した。


 これで事態は未然に防げたのだろうか?

 盗み聞きで証言は取れているのだから、最悪あの伯爵達を捕まえて尋問すればなんとかなるはずだ。ティナードは彼等を捕まえるのは容易ではないと言っていたが……。


 俺達は舌打ちをしそうな様子のティナードと別れ、そのままエスティアの前室に向かった。

 暗闇の舞踏会場を出て豪華に飾られた廊下に出ると、壁面にずらりと並んだ燭台の明かりが俺を出迎えた。

 思わず、大きなため息が1つ溢れた。

 深い闇に包まれた部屋から出てた安堵感。そもそも俺は、欲望が渦巻くあの場に強い閉塞感を感じていたのかもしれない。


「ふふふ、ユケイ様は社交界が苦手なようですね」

「えっ?あ、ああ、確かにそうかもしれません。田舎育ちですから」

「まあ。実はわたくしも、長い間何もない荘園で育ったのですよ。社交や舞踏はあまり得意ではありません」


 明かりの下、初めて目にしたエスティアは、おそらく30代半ばといったところだろうか。

 栗色の髪を頭で大きく結い上げ、その表情は穏やかだ。それでもその瞳に寂しげなものを見てしまうのは、俺が彼女の国が辿った終焉を知っているからなのかもしれない。

 それでもピンと背筋を伸ばして進む彼女は、その身に俺を萎縮させるほどの気品を纏っていた。


 やがて通された彼女の前室は、彼女の言葉通り多くの花に彩られていた。

 部屋の作りは俺とイザベラの前室と変わらないようだ。


 かつて王女イリュストラが俺の元を訪れた時、部屋一面を白い花で飾ったことに度肝を抜かれた。

 この場もそれに劣らぬほどの花に溢れていたが、一色に統一されずに多種多様の花が先溢れている。

 ざっと室内を見回すが、俺の記憶の中にある危険な植物と合致するような物は見当たらない。


 そもそも「火竜の舌」というのが何を指しているのか分からないのだ。

 この中から一目でそれ探し出すというのは無理がある。


 それとも、彼女は標的ではないというのか?

 もちろんその可能性もある。しかし彼女には、命が狙われる理由が十分にあるのだ……。


 彼女は、グラステップ王家の血を引く最後の生き残り。

 それは多くの意味で利用される可能性を含み、また多くの意味で疎まれる可能性を持つ。

 例えば、現在分割されているグラステップ領を統一奪還するための、比類なき大義名分となる。そして王家である彼女に付き従う国民も多くいるだろう。

 それは逆に、統一奪還を望まない勢力の立場からすれば大きな脅威となる。

 ヴィンストラルド、リュートセレンからすれば、グラステップ王家の血筋が途絶えれば手に入れた分割領を返還する必要が無くなる。

 そして、ライハルト側から見ても、王家の血が絶たれればヴィンストラルド、リュートセレンの両国がライハルトが持つグラステップ分割領へ攻め込む大義名分を潰すことができるのだ。

 グラステップが国の形を失い、二年の月日が流れている。

 彼女がいつからヴィンストラルドに身を寄せていたのかは分からないが、きっとその存在は完全に秘匿されていたのだろう。

 そんな彼女が舞踏会へ現れたのだ。

 それは彼女の生存を公表することとなり、間違いなく次の争いの火種を産むことになるのだ。

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