宮廷舞踏会 Ⅶ
前話の修正
いつも読んでいただきありがとうございます。
修正がありますのでお知らせします。
前話の中で、イルクナーゼやエスティアを公爵と表現しておりましたが、正確には太公でした。
10月24の9時ごろに修正しました。
よろしくお願いします。
「ティナード殿、一度離れましょう……。お伝えしたい事があります」
俺はついに、ティナードに耳打ちをする。
「……まだです。目立つことはやめて頂きたい」
舌打ちが聞こえそうな声色で、ティナードは返事を返した。
俺が思う以上に、この場で耳打ちをするというのは目立つ行為なのかも知れない。
だからこそ、こうして密話の魔法が飛び交っているのだろうが。
しかし、こうしている間にも誰かに危険が迫っている可能性がある。
舞踏会に参加する人物は事前に予習をしてある。しかしそれは、爵位と名前、領地や役割が紐付いているだけだ。
外見がわからない為、先程の情報だけで対象者を割り出すのは困難だ。それでも舞踏会に参加している辺境伯以上の人数は多くない。
具体的な企みの正体が分からなくても、すぐに対応すれば事前に阻止できる可能性は高いはずだ。
この怪しげな男は火竜の舌を前室へ届けたと言っていた。
それが何を指すかはわからないが少なくとも届けられる物であり、何かが起こるとすれば前室だ。
極端なはなし、全ての前室を調べる、もしくは前室から避難すればことは済むのである。
「一刻を争う可能性があります……!『火竜の舌』という名に記憶はありませんか?」
「『火竜の舌』……?」
ティナードはその言葉に心当たりは無さそうだ。いや、興味がないだけのかもしれない。
この世界において、竜は死と破壊の象徴だ。
その名を冠したものは、当然穏やかなものではないだろう。
火竜の舌という名でまず思い浮かぶのは、竜舌蘭という植物だ。前世では酒の一種であるテキーラの原料となる植物である。
竜舌蘭は無害だが、その仲間には弱い毒性を持つものもある。
その名の由来は葉の形が竜の舌のような形をしているところから来ているらしい。竜舌蘭ではなくとも、それが他の毒性が強い何かを示しているという可能性もある。ただの竜ではなくわざわざ火竜と名付けているところから、赤い花や実を付ける植物だということはないだろうか?
また火竜という名から連想するに、なにか爆発物、もしくは発火物の可能性もある。
前世でも火薬の歴史は古い。銃のような玉を発射する武器はまだ存在しないが、火薬自体はこの世界でも既に使われているのだ。
あとは、俺が産まれた地の国アルナーグの南方に国境を接する火の国フラムヘイドがある。国内には破滅の竜の亡骸より産まれた火竜が住み、国章も火竜を象徴している。先程の会話の中にあった「化け物のような力を持つ個人」という言葉。フラムヘイド国王は、そう呼ばれるであろう人物の中の一人だ。
「命が狙われている人がいます……!」
「……誰の命ですか?」
「それはまだわかりません。しかし、手がかりはありますので必ず防げます」
ティナードは少し考えるが、その時間はあまりにも短かった。
「ユケイ王子。あなたの手には今、それよりも多くの命がのっているのです。イルクナーゼ王子の命に従って下さい」
俺は自分のことをそこまで善人だとは思っていない。
この世界の価値観で言えば、お人好しといったところだろう。
しかし、目の前にある救えるかもしれない命に向かって、手を差し伸べるくらいの良識は持っている。
「……お断りします」
「駄目です。ユケイ王子にはまだやってもらわなければいけないことがあります」
「もしかしたらそのイルクナーゼ王子が狙われているかもしれないのですよ!?それに、あの二人はもう会話を止めています。そもそも初めから怪しいとわかっていたなら、捕まえて尋問すればいいのではないですか?」
俺の声は徐々に大きくなる。もちろん半分はわざとやっているのだが、これ以上声を荒げれば俺の声はホール内に響く音楽や喧騒を突き抜けることになるだろう。
ティナードは俺の目に譲らない意思を読み取ったのか、大きく一つため息をついた。
「それができるのならとっくにやっています……」
ティナードの表情が苦渋に歪む。
「……わかりました。とりあえず少し移動しましょう。怪しまれないように着いてきて下さい。もう手遅れかもしれませんが……」
イルクナーゼの身に危険が迫っているかもしれないのに、ティナードの反応はいったいどういうことなのだろうか。
もしかしたら、彼には誰が被害者になるのかがわかっているのかもしれない。既に怪しい人物に対してあたりをつけていたのだ。その可能性は考えられる。
であれば、その人物を危険に晒すということ以上に、優先するべきことがここにはあるという意味か?
「あの……、よろしいでしょうか?」
その場から僅かに移動した先で、不意に俺たちへ声をかける人影が現れた。
予測していなかった事態に、鼓動が一つ大きく脈打つ。
シルエットと声から、それは女性だということが窺える。
「あ、あなたは……」
ティナードが言葉を詰まらす。
同時に、カインが小さく俺の脇腹を突いた。
俺とカインは、舞踏会に臨む前に幾つかの合図を取り交わしていた。
それは安全のため、秘密を守るためなど目的はいろいろではあるが、その中の一つが今行われたのである。
その合図は、ティファニーが伝えたいエスティアの特徴と、一致する人物が現れたという意味だ。
「違っていたら申し訳ありません。もしかしたら、ユケイ・アルナーグ様でしょうか?」
側にあった燭台の光が、声の主の顔をそっと浮かび上がらせる。
歳の頃は三十代中ごろだろうか、彼女は穏やかな笑みを浮かべている。
「は、はい。あの……、あなたは?」
「申し遅れました。わたくしは、エスティア・グラステップと申します」
そう名乗ると、エスティアは緩やかに広がったスカートの端を摘み、優雅にお辞儀をして見せた。
慌てて俺も名乗り、挨拶を返す。
「失礼しました、ユケイ・アルナーグです」
エスティア・グラステップ。
今はもう無い草原の国グラステップ王家の生き残りである。
グラステップと鉄の国ライハルトの戦争は、やがて大陸を大きく二つに分けた戦争に発展した。
その結果、グラステップ王家は壊滅し、その唯一の生き残りであるエスティアはヴィンストラルド王家に保護されることになったという。
そしてその国土は、ライハルト、リュートセレン、ヴィンストラルドの3国により分割で統治される。
「合っていてよかったです。人探しはなかなか大変ですから。ユケイ様がヴィンストラルドに来てらっしゃると聞いていたので、1度お話ししたいと思っていました。ただ……、お互いいろいろと自由がないでしょ?もしかしたら今日お会いできるかもと思っていました」
ティファニーから頼まれた件もあるが、正直今はそれどころではない。
しかし彼女もまた大公にあたる。
つまり、命を狙われているかもしれない人物の中の一人なのだ。




