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才の無い貴族と悪魔王  作者: そんたく
命の値段
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宮廷舞踏会 Ⅵ

 明らかに先程までと違う声に、度肝を抜かれる。

 俺はついその方に目を向けそうになるが、寸前のところで思い止まった。

 向こうからこちらは丸見えなのだ。視線を送れば何を気取られるかわからない。

 ティナードの様子をそっと伺うと、彼に変わったところは見受けられなかった。

 つまりこれは、内緒話の秘宝の効果内の会話ということだ。


「アルベルトの手のものでしょうか……」


 伯爵の声に呼応して、暗闇の中から声が返ってくる。 

 気配を探ると、そこには一人……、いや、一組の気配が増えていることがわかった。


「どうだろうな。探りを入れているつもりなのだろうが。あの口ぶりでは特に何かを掴んでいる様子もないであろう。気にする必要は無い」

「さようですか……」


 暗闇の中、その姿をはっきりと見ることはできない。しかし、新たに現れた声の主は声色から考えるに比較的若い者に思える。

 アルベルトと言われて、当然まず浮かぶのはヴィンストラルド第一王子のアルベルトだ。先日の謁見の時に俺も会っている、名実ともに次期ヴィンストラルドの国王。

 しかし、王子を敬称も付けずに呼ぶなど、到底この場で出来るとは思えない。


(くだん)魔導書(グリモア)を探っているのでしょうか……?」

「ふん、白々しい。探りを入れているのか、それともまだ見つかっていないと思わせたいのか」

「奴等も一枚岩ではありません。アルベルトは本気で探しているのかも……」

「どうだろうな。しかし気取られるとは、父上も焼きが回ったものだ」


 あまりにも明瞭に聞こえる声に、俺は彼等が会話を本当に隠す気があるのか疑いを持つ。

 俺はティナードに合図を送ると、彼からは聞こえていないの合図が返ってくる。

 暗闇の中そっと盗み見ると、二人のシルエットが意外と離れていることに気づく。


 そうか……


 二人は出会った時、挨拶を交わした素振りはなかった。そして今現在、向き合っておらず一見会話をしている素振りも無い。

 つまり、二人は会話を交わしていること自体、隠そうとしているのだ。

 秘宝で完全に会話を消せるなら、ある程度距離をとってしまった方が密話をしていると怪しまれない。

 明かりの下でも、てんでバラバラな方向を向く二人が会話をしているようには見えないだろう。

 しかし、向き合っていない状態での会話であれば、ある程度の声量を出さなければ相手に言葉は伝わりにくくなる。

 つまり俺にとっては、全く弄せずに会話を盗み聞くことができるのだ。


 しかし、こんな偶然あるだろうか?

 盗み聞きをしようとした最初の組は片方があっさりとあしらわれ、その後に別の者とさらに怪しげな会話を始める……。

 よっぽどの豪運があればその限りではないだろうが、残念ながら俺はそんなものは持ち合わせていない。

 むしろ不運な人間に分類されるであろう。

 ではどうしてこうなったのか?

 つまり、全ては誘導されてこの状況が作られたのではないだろうか。


 最初の男は、(おとり)だったのだ。


 この広い舞踏会場で、どこで密談がされるか分からない。

 怪しい人物に当たりがついているのならその者を追跡すればいい。しかし相手に付き纏わなければいけないから、警戒を煽ることになるだろう。

 ならばどうすればいいのか?


 相手にこちらへ来て貰えばいいのだ。


 密談を安全確実に聞き出す為には、自分がいる場所に相手に来てもらい、そこで密談を始めてもらえばいい。

 しかし、そんなことが可能だろうか?

 その為に用意されたのが、最初の男だ。

 貴族社会の社交場では、サラリーマンの飲み会と同じ様に爵位が低い者が高い者へ挨拶に向かう。

 俺が真っ先に国王へ挨拶に向かったのと同じ話だ。

 つまり、息のかかった挨拶をせざるを得ない(おとり)をあらかじめ自分の側に置き、目的の人物が近づくのを待つ。

 そして、その人物になにやら怪しげな話を持ち掛ければ、それに釣られて本命がノコノコとやってくるという寸法だ。

 対象は誘導されているとも知らずに自分の意思でそこに来ていると思い込む。さらに魔法の密話に完全な信頼を寄せていれば、すぐ側で聞き耳を立てている人がいるなど疑いもせずに秘密の話をしてくれる。

 全てはイルクナーゼの手の内ということか。


 俺にとっては、周囲に他人がいながら大きな声で会話をする二人は滑稽(こっけい)に思える。

 しかし、それは内緒話の秘宝に対する信頼の表れだろう。

 前世でもそうだった。

 信頼度の高いセキュリティであればあるほど、それに対する依存度は高くなる。

 しかしそれは、そのセキュリティホールを突ける者からしたら絶好の餌食となる。

 それが破られれば全てが丸裸になるなんて、予想もしないだろう……。

 

「それより、例の()はこの会場に来ているのか?」

「はい、そのように聞いております」


 二人の会話がまた違った様相を見せる。

 例の……者?


「顔も分からぬ人間を探すとは骨が折れる。奴の爵位を考えれば、向こうから我等に声をかけてくることはないだろうし」


 二人は誰かを探しているということだろうか?

 確かに写真もないこの時代に、人探しは容易では無い。

 言葉だけの特徴で完全に本人を特定するのは、不可能に近いのだ。

 しかし、伯爵といわれる立場の人間が声をかけて来ないと判断するということは、それ以上の爵位の人間だ。つまり公爵、侯爵。そして、同じ伯爵でも上位の扱いとなる辺境伯もそれに含まれる。


「顔は確かに分かりませんが、前室は調べてあります……」

「前室が分かっていて、どうして姿が分からぬのだ」

「申し訳ありません。ずっと見張るわけにもいかず……」

「まあよい。どうせここで見つけても、どうすることも出来ぬ」


 前室、つまり舞踏会の控え室は、爵位のある者であれば1人に1つ用意されている。

 しかし、そこへ続く廊下は厳重に警護されており、誰であれ徘徊することは許されない。


「はい……。しかし、もう既に、『火竜の舌』を届けてありますので……」

「ふん、物騒なことだ」


 火竜の舌?

 確かにそう聞こえた。

 そのように呼ばれる物に心当たりにはないが、穏やかな物ではないということはわかる。


「身の回りの者がおりますので、当人にまでは被害は及ばないでしょう」

「では、そんなことをしてなんになるというのだ?」

「警告には十分なりましょう。それが陛下の利益になります」

「まあ良い、好きにしろ。万一でも奴がかかれば、それはそれで良い。あんな化け物と同じ力を持つ人間など、何人もいては困る。奴の力が地の国に取り込まれる方が危険だ」

「あんな化け物……と仰ったことは、聞かなかったことにしておきますよ」


 そう言うと、シルエットは愉快そうに笑った。


 これはもう、間違いなく黒だ。

 今すぐここを離れ、ティナードにことの次第を説明したいが、シルエットの二人もティナードも、まだ何かあるということなのかここを動こうとしない。


 メモを取っているわけではないので、当然俺の記憶も時間と共にあやふやになっていく。

 とりあえず、自分の記憶を整理する為にも、もう一度会話の要点を纏めよう。


 おそらくこの二人は、アルベルト殿下を呼び捨てにしているところからも、他国に通じている可能性が極めて高い。

(くだん)魔導書(グリモア)」と言っていたが、それはいったい何のことだろうか?

 魔導書と言われて真っ先に想い浮かぶのは、かつて草原の国グラステップが竜の亡骸から手に入れ、現在行方不明になっているという「草刈りの魔導書グリモア・デゼルバメント」だ。

 あと、この舞踏会に参加している顔の分からない()()を探しており、それはおそらく伯爵以上の、公爵、侯爵、辺境伯のいずれかということ。

 それに該当するのは、俺に思い当たる範囲でイルクナーゼたちヴィンストラルド王家の者。しかし、それらは顔が分からないという部分で該当しない。

 あとは先程会ったリンデンブルク辺境伯。


 そしてもう一人。


 ティファニーの話が真実であり、もし本当にこの場にいるのであれば、グラステップ公爵である亡国の王女。エスティア・グラステップもそれに含まれるだろう。

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