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才の無い貴族と悪魔王  作者: そんたく
新しい旅立ち
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国境の街 Ⅴ

 どうあがいてもこの部屋から出ることはできないのだ。

 現状を整理しているうちに新しい情報も集まるだろう。


「とりあえず、状況をまとめてみるか……」


 俺は机の上に用意されていたガラス製のペンを握り、そっとインクを浸した。

 硬質で冷たい手触りが、微かに心を冷静にさせる。そういえばこのガラスペンは、昔俺が考案してアセリアがガラス細工職人と試行錯誤し、その結果完成したものだ。

 まあ、俺が考案していっても実際は前世の知識を流用しただけなのだが。


「まずは……」


 机に置かれた荒く硬いパピルスのような植物紙の表面を、滑るようにガラスのペン先は走っていく。


 内容を口に出すことで、記憶が言語化されると同時に整理されていく。

 俺はアゼル達や兵士から聞いた言葉を、書き記す。


小火(ぼや)が起きたのは早朝の二の刻半(午前5時)ごろ……」


 扉の前には常に2人の兵士が警備にあたっており、扉に近づく者は一切いなかったという。

 扉の中から微かに木がパチパチと爆ぜる音を聞き、その時警備していた2人が第一発見者となった。


 警備中は自分たちも含めて扉は一切開いておらず、当然(かんぬき)もかけられたままである。

 倉庫には出入り口である大扉以外の扉は無く、窓のようなものもない。

 火がつけられた荷馬車には衣食に関わるもの以外が多く乗せられており、先日壊れた車軸や車輪などの部品もそれにのせられていたらしい。

 荷馬車は昨日街に入った後でそのまま倉庫に預けられ、その姿は砦の兵士もアセリアも見送っている。


「例えば、兵士が見守っている中で兵士に気付かれずに扉の閂を外し、扉の中へ入ることってできると思う?」

「それは無理だと思います。兵士が居眠りをしていれば別でしょうが」

「そうだよね。もしくは兵士が嘘の証言をしているかだけど……」

「それもないのではないでしょうか?王家が運ぶ荷物に万が一があれば、最悪死刑もあり得ます。そんな危険を背負ってまで証言に嘘をつくなど、どのような事情があるのでしょうか」

「そんな、死刑なんてしないよ」

「ユケイ様がするしないの問題ではありません」

「まあ……、そうだよね。どうやって火を付けたかはウィロットの報告をまって……、あ、そうだ。アゼルが来たらカインは何が燃えたかとか、無くなっている物があるかとか調べてくれないか?」

「それでしたら、アセリア様が既に調べていると思います」


 すると、部屋の扉がノックされて砦のメイドがお茶を入れにやってくる。


「失礼します……」


 彼女は(うやうや)しく頭を下げると、お茶を入れて自ら毒見をする。

 それを見てカインはメイドを疑わしげな目で睨む。


「カイン、目つきが悪いぞ」


 俺は苦笑を浮かべてカインを嗜めた。


「砦の方、すまないがアセリア・オルバートに声をかけてきてくれないだろうか?荷馬車の荷物で、被害にあった物を確認したい」

「はい、かしこまりました」


 彼女は一礼すると部屋を後にする。

 彼女の気配が消えると、カインは一度毒見されたお茶を再び口に含んだ。


「カイン、飲まないからそんなことしなくていいよ。けど、ありがとう」

「い、いえ。ウィロットがいないところで万が一を起こすわけには行きませんので」

「そうだね。カインは優しいな」


 この状況を鑑みて、念には念を入れて毒味を買ってくれたのだ。

 態度に正されるようなところがあったとしても、その忠誠は本当にありがたい。


「うーん...... まあよくある典型的な密室犯罪だな」

「密室犯罪など過去にあったのですか?」


 俺の声を聞いて、カインが目を丸くした。

 もちろん前世の記憶で、それもドラマや小説の中の話だ。

 ついつい前世がごっちゃになって口を出てしまう、悪い癖だ。


「魔法を使えばどうなるかな?」


 俺は先程まとめたメモをカインへ渡す。

 彼はメモをさっと流し読みしただけで、すぐに答えた。


「わかりませんが、恐らくどうにもならないでしょう」


 どうやら、考えるのを放棄したらしい。

 そもそもそれを考えるのは、カインの仕事外だ。


「いいよ、自分で考えるさ」


 俺は魔法について、自分の記憶を探る。


 この世界には実に多くの魔法の系統が存在する。その中で特に目にする機会が多いの3種類だ。

 一つは「精霊の加護」、次に「神の奇跡」そして「魔術の門」だ。

 細かく分けると違いはあるのだが、要するに特別な「何か」の力を借りて、不思議な現象が起こる、それを総じて魔法と呼ぶ。


 魔法の種類は豊富で、誰もが知っているような日常的に活用される魔法もあるし、高名な賢者達が秘密裏に受け継いでいくようなものもある。


 さて、この事件の中で、魔法が使われたとしたらどこだろうか?


 一つは先程も考えた転移の魔法だが、これはまずないだろう。


 次は発火の魔法だ。

 発火の魔法自体は精霊の加護に分類される魔法で、そう珍しいものではない。実際ウィロットが非常に得意とする魔法で、炎の精霊の加護が有れば誰でも使えるだろう。

 しかし、炎の精霊の加護を受けるのは5人に1人くらいなので、当然使えるのも5人に1人ということになる。


 では、建物の外から、中の荷車に正確に火を付けることができるか?

 答えは、「できなくはないが難しい」だ。

 その場合は精霊の加護ではなく、もっと高度な技術が必要とされる魔術の門に分類される魔法が必要だろう。まず目に見えない、射線が通っていない所に対して火を付けるなんて魔法は、聞いたことがない。

 それに関しては、ウィロットが戻れば多少は明らかになるだろう。


 倉庫の壁は土壁だった。

 土の精霊の加護を受け、通り抜けることはできないだろうか?

 例えば、土の精霊の加護を使い土壁を崩すことはできる。しかし、痕跡を残さずにすり抜けるというのは不可能だ。


 次の可能性は、光の精霊の加護を受け、自分の姿を消す方法。

 魔法で姿を消すことはできる。しかし、姿が見えないだけで、扉が開かなければ倉庫の中には入れないし、気配も消せるわけではない。当然足跡も残る。

 かつて現代チートでこの魔法を解析したことがあるが、研究の結果、これは自分を透明にしているのではなく、自分の背後の風景を屈折して前面に投影するというものだった。

 なので、背景が大きく動く、もしくは自分が激しく動いた場合、透明化の精度は極端に落ちる。

 中にはもっと高度な透明化の魔法も存在するが、そうだとしても扉の開け閉めを誤魔化せるものではない。

 

「魔法ってさ、便利なようで意外とそうでもないよな」

「そ、そうですね」


 魔法が使えない俺を気遣ってか、カインの返事はしどろもどろだった。


 倉庫への侵入方法、もしくは火を付けた方法が解ったとしても、目的がわからない。


 既に起こっていることから推察すると、旅の妨害、英雄の街道への誘導、最終的にアセリアが一番被害を受けることを考えればアセリアの失脚を狙っているという線もある。


 アセリアの失脚といっても、彼女は貴族令嬢ではあるが彼女自身は貴族ではない。彼女が人から恨みを買っているということも聞いたことがないので、その可能性は低いのではないだろうか。

 状況が一番合致しそうな気がするのは英雄の街道への誘導だ。

 移動の要となる荷馬車を燃やす。

 その為、準備に数日かかる。

 期日を守る為には英雄の街道を進むしかない。


 そう考えれば全てが英雄の街道への誘導へ繋がって行くが、もし犯人がアセリアのことを知る者であれば、それでも彼女は英雄の街道を選択しないとわかるだろう。

 実際、彼女はその単純な解決策を取らなかった。

 何かが根本的に噛み合っていないような気がする。

 それはいったい何だろうか……。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] リメイク始まってたのか!気づくの遅くなってしまった [一言] 今のところリメイク前と変更はない?気がするけど過去編を読んでるとキャラへの愛着が違うから楽しみも増すぜ
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