賢者の塔 Ⅶ
その後、訪れた多くの客人は帰り、部屋は元の静けさを取り戻した。
よくよく考えてみれば、これほど多くの人と一日で接したことは今までになかったのではないだろうか。
体に疲労を感じる。しかしそれを不愉快に思っていないことを考えると、俺自身今日は楽しかったのかもしれない。
「ユケイ様、お疲れ様でした!」
ウィロットが入れてくれた華やかなお茶の香りが、ふんわりと漂う。
彼女はそれらを俺の前に静かに並べ、にっこりと微笑んだ。
「ありがとう」
口に軽くお茶を含むと、体の疲労感がその中に溶けていくようだった。
「ウィロット、体の方は問題ないかい?」
「ビリビリのことですか?」
ウィロットの言葉に、俺は口に含んだお茶を小さく吹き出してしまった。
ウィロットの不審な視線が刺さる。
空の精霊の痛みを例えると、この世界でもビリビリになるのか。
電気の概念がないのに、とても興味深い。
「全然だいじょうぶって言ったじゃないですか。ユケイ様は心配性ですねぇ」
「いや、それならいいんだけど……」
実際にウィロットが感じたビリビリが電気だとして、それをエネルギーとして活用することは可能だろうか?
資材を揃えれば、簡単なモーターくらいは作れなくもない。しかし魔法でモーターを回すなどという手間を考えれば、魔法を使わずに手で仕事をした方がよっぽど効率がいい。
いくら魔法とはいえ、使用したエネルギー以上の仕事量を得ることは難しいのではないだろうか。
それ以外にも、電気の活用方法はいくつか思い浮かばなくもない。
電気分解や蒸着など、動力以外での電気の活用先は山とある。
しかしそれは、この世界にポツンと乾電池が転生してきたようなものだ。
魔法を電気の発生源として活用するには、まだまだ検証しなければいけないことが沢山ある。
すぐに何かの役にたつということはないだろう。
しかし、技術の積み重ねがどのような物に化けるかはわからない。
例えば前世で、火薬が発明されたのは六世紀ごろだ。
それから長い年月を経て、火薬が戦場で主力になるまでに、千年近くの年月を要する。
特にこの世界には、魔法という前世の常識から逸脱した技術がある。
何が何と繋がるかは、前世より遥かに広い裾を持つだろう。
それに空の精霊と電気は、似た特性があるものの全く別の現象だという確信もある。
例えば静電気をおこして、俺に感電させることは可能だ。しかし俺の中を通した魔法は、俺を感電させることはなかった。
魔法で発生した熱は感じなくても、魔法で付けた火で俺の体を焼くことはできる。
つまり天の精霊と電気は、似ているが全く別のものだということを表している。
それでも今日の実験は、俺の体におこっている現象を解明するのに、とても大きなヒントをもたらした。
ウィロットと手を繋いで麻痺を使った時、そして俺の代わりに別の者を入れて麻痺を使った時の、彼女が感じた痛みの違いについてだ。
電気であれば、物体の中を通過する際に必ず抵抗による損失が発生する。
あの時ウィロットに直接麻痺を使うということはしなかったが、もしそれをした場合の痛みが俺と手を繋いで行った場合の痛みと差異がなかったとしたら?
その場合、俺の体内を損失なしで魔力が通過したと言えるのではないだろうか?
「まるで超伝導だな……」
電気を通す一部の金属の中で、物体の温度を極限まで減らすことによって、二つの変わった性質を見せるものがある。
一つは電気抵抗が零になるという現象、「超伝導」。
そしてもう一つは、全ての磁場に対して反発をするという、「反磁性」だ。
反磁性というのは、前世のテレビなどでよく見る、液体窒素で冷やした金属が磁石の上で浮遊する、あれのことだ。
金属を冷やして特殊な状態になることを「超伝導状態」というが、実際に超伝導状態の肝は「反磁性」にある。
なぜかというと、超伝導によって反磁性が引き起こされているのではなく、反磁性によって超伝導が引き起こされているからである。
つまり、冷やさなくても反磁性を持つ金属が存在すれば、その金属は同時に超伝導であるといえるのだ。
そして、魔力の持つ特性と電気の持つ特性が非常に近いものだとしたら、俺の体に起きている現象に科学的な説明をつけることができるかもしれない。
そしてもし、そのような物質がこの世界に存在するのなら……
「レールガンとか、簡単に作れちゃうな」
無意識に口から言葉が漏れる。
「また何か作るんですか?」
「わっ!!」
俯いた俺を下から覗き込むウィロットに、驚いて大きな声を出してしまった。
「どうしたんですか?ぼーっとして」
「い、いや、なんでもないよ」
「そうですか?けど、せっかく工房をもらったんですから。何か作ればいいんじゃないですか」
「うん、まあそのうちね」
確かにウィロットの言う通り、せっかく工房を使わせてもらえるようになったのだから、色々と試してみたいことはある。
工房としての機能は、アルナーグの離宮にあった工房の方が色々と揃っているのだが、ここはなんといっても賢者の塔だ。
助手として派遣されたティファニーが協力的であれば、魔術の門を活用した実験も行えるはずだ。
彼女は麻痺の魔法も使えるのだから、その点だけでも無数の実験が思いつく。
だとしても、進んで物騒な物を作りたいとは思わない。
この世界にも、火薬と呼ばれるものは存在する。
それを銃に発展させた結果がどうなったかは、前世の歴史を知る俺はよくわかっているのだ。
そして一度進めてしまった時間のネジは、どう頑張っても元に戻すことはできないのである。
「……だいじょうぶですか?」
ウィロットは心配そうな視線を俺に向ける。
「うん、なんでもないよ。ありがとう」
とりあえず話題を変えるため、俺は適当な話を彼女に振った。
「そういえばさ、ウィロットは先ほどエインラッド様が言ったことをどう思う?」
その言葉に関して、彼女は俺が予想していた反応とは違ったものが返ってきた。
彼女はその問いにピクリと一瞬動きを止め、妙によそよそしい態度でこう言った。
「エインラッド様の言葉って言われても、なんのことだかわかりません」
「最後に言ってただろ?宮廷舞踏会のことだよ」
「あ、ああ、そのことですね。ユケイ様のお好きにされたらいいんじゃないですか?」
「……なんだよ。なんか棘のある言い方をするな?」
「そんなことはないです。ユケイ様はイザベラ姫様をエスコートしたいんですか?」
「いや、したいって言ったら語弊があるけど……」
「でしたら放っておけばいいんじゃないですか?それに、ユケイ様に夜会は……、舞踏会はまだ早いと思います」
「まだ早いって、俺はもう成人してるんだぞ?」
「とにかく、わたしは反対です」
そう答えると、彼女は逃げるように俺の側から離れていった。
「……どうしたんだ?」
そばに控えるカインが、さして興味もなさそうに答える。
「さあ。ウィロットも今日は疲れたのでしょう」
「そうなのかな……。カインは舞踏会についてどう思う?」
「もちろんユケイ様が決めることですが、私もイザベラ姫と関わるのは反対です。イザベラ姫やリュートセレンへの義理は、もう十分果たしたのではないですか?」
「義理か……。それはまあそうなのかもしれないな。……けどさ、イザベラ姫はもう少し幸せになっていいんじゃないかな?彼女を苦しめた責任は俺にあるんだし」
「舞踏会に出ることが、イザベラ姫にとって良いことなのかどうかはわからないのではないですか?」
「それはカインの言う通りだけどさ」
「……どちらにせよ、外出の許可がおりなければどうしようもありません。どなたがイザベラ姫をエスコートするのか、必要であればイルクナーゼ王子殿下がお考えになるでしょう」
「……それもそうか」
しかし次の日。
俺の下にはヴィンストラルド王家の封蝋が施された一通の手紙が届き、その中には宮廷舞踏会の招待状が入っていた。
そしてそこには一言だけ言葉が添えられていた。
「夜会にて、義務を全うすることを願う」




