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才の無い貴族と悪魔王  作者: そんたく
命の値段
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賢者の塔 Ⅳ

 俺の言葉に、イリュストラはぽかんとした表情を見せる。


「イザベラ姫……?」

「実は私の従兄妹(いとこ)にあたるのですが、リュートセレンからの使者として、しばらくヴィンストラルドの貴族街に滞在することになったのです」

「まあ!ユケイ王子の従妹様ですの!?貴族街でしたらここからすぐですわ。ぜひご挨拶に伺わないと……」

「イリュストラ様、今日はもう駄目でございます。ご連絡もなしに貴族を訪問するなど、するべきではございません」


 アンがイリュストラを嗜める。

 ……いや、俺も貴族なんだが。なんで俺のところには毎回アポ無しで現れるんだ?

 イリュストラは聖職者枠だとしても……、いや、それでもどうかと思うが、彼女の侍従であるアンもまた、貴族令嬢のはずなんだが……。


「それではまた日を改めればいいのね?」

「それは、イザベラ姫殿下のご様子をお伺いしてからです」

「アン、そんな意地悪なこというものではありませんわ」

「意地悪で言っているのではございません」

「まあ!」


 イリュストラはぷくりと頬を膨らませてアンを上目遣いで睨むが、彼女は涼しい顔をしたままだ。

 イリュストラはしばらくアンに視線を送り続けたが、「はぁ……」と軽いため息をついて降参する。


「しかたありませんわ。それではすぐにイザベラ姫にお手紙を送ることにいたします。ユケイ王子、イザベラ姫とお茶会をする時にウィロットさんをお誘いしたいのですけどよろしいかしら?」

「ウィロットをですか?」

「はい。()()()()()()()()です」


 そう言うと、イリュストラはにっこりと笑った。

 要するに、俺ではなくウィロット一人を誘いたいという意味だろう。

 イザベラにこの町で友人ができればと思っている俺にとって、その申し出は願ってもないことだ。しかし俺が返事をする前に、先に口を開いたのはウィロット本人だった。


「イリュストラ姫さま、ごめんなさい。せっかくのお誘いなんですけど、今ユケイ様の身の回りがわたししかいないんです……」

「あら?そうですの?マリーさんはどうされたのですか?」

「それは……」


 ウィロットは口籠り、俺の方をそっと見る。

 彼女に代わって、俺は簡単にマリーの一件をイリュストラに話した。

 イリュストラはアンと一度視線を交えると、不思議そうな顔でこう言った。


「それは何かの間違いではないかしら?マリーさんのことをよく知ってるわけではありませんが、そんなことをする方には見えませんでしたわ」


 イリュストラの言葉は、俺の胸をぎゅっとしめつけた。

 そうだ。貴族とか平民とか、偏見の目を向けなければ彼女と同じ感想を持つのは当然なのだ。

 同時に気づく。

 実は俺はイザベラのマリーを見下した態度に、強く傷ついていたということを。

 俺は精一杯、イリュストラの言葉を肯定したいと思った。それでもマリーが盗みを働いた事実は変わらない。イリュストラの言葉に明確な返事を返せずにいると、まるで助け舟を出すように彼女は俺に問いかけた。


「何かマリーさんから、お手紙とかありませんでしたの?」

「いいえ、特に何も……」

「そうですか……」


 いや、ほんとうに何もなかったか?

 俺は何か、奥歯にものが挟まったかのような異物感を覚える。

 マリーが残していった、様々な硬貨が入った財布。あれは何らかのメッセージがこめられているのだろう。それ以外に何かなかっただろうか?

 何かを見落としているような気がしてならないのだが……。


「そういえばそちらのあなた、以前お会いしましたわよね?確か図書室の司書をされていたのではありませんか?」

「は、はい。イリュストラ王女殿下にご挨拶を申し上げます。ミコリーナと申します。本日はユケイ王子殿下のお手伝いとしてこちらにおります」


 ミコリーナは慌ててイリュストラに礼をする。


「ああ、貴女が()()かたなのですね……」


 ()()かたというのは、おそらく刻死病のことを指しているのだろう。

 イリュストラも教会の関係者だ。当然彼女の耳に入っていてもおかしくない。

 イリュストラ自身は、刻死病の治療の件をどう思っているのだろうか……。


「ユケイ王子、それではミコリーナさんに身の回りをお願いして、ウィロットさんをお茶会にお誘いするというのはいかがかしら?」

「えっ!?」

「わたしは喜んでユケイ王子殿下のお手伝いをします!」


 食い気味にミコリーナは言う。


「とても良いアイデアですわ!それじゃあ……」

「イリュストラ様、それくらいになさって下さい。イザベラ王女殿下に相談もなく話を進めてはいけません。それに……」


 アンはウィロットの方を一瞬気にかけ、躊躇いながら言葉を続けた。


「貴族の中には、平民と机を囲むことを嫌う者もいます……」

「イザベラ姫はきっとそんなことおっしゃらないわ。だってユケイ王子の従妹ですもの!」

「……さあ、そろそろお戻りにならなければいけない時間です。ユケイ王子殿下にもご迷惑がかかります」

「そんなことありませんわ。ねぇ、ユケイおう……」

「イリュストラ様、駄目とわたくしは申し上げました」


 アンの口調は穏やかだが、その言葉には「否」と言わせない迫力があった。


「せっかく久しぶりに時間が作れたのに……。わたくしシャルロッテのお話もしたかったですわ」

「申し訳ありません。お城に戻って、イザベラ王女殿下に早くお便りを送りましょう?」

「……わかりましたわ」


 イリュストラはそう答えると、寂しそうにウィロットの方へ視線を向けた。


 以前ウィロットは、イリュストラのことを友だちと言ってのけた。

 どうやらそれは真実であり、そしてイリュストラのほうがより強くウィロットを慕っているのかもしれない。

 彼女も姫という立場上、なかなか友だちといえる存在を作るのが難しいのだろう。その場合、ウィロットくらい不躾なほうが打ち解けるのは早いのかもしれない。

 もっともそれはイリュストラの場合であり、イザベラのような性格であればそんなウィロットを嫌悪する可能性が高い。

 それでもウィロットとイザベラを引き合わすことができれば、イザベラに何か()()()を与えることができるのではないかと期待してしまう。


「それではユケイ王子、ウィロットさん、ご機嫌よう」


 そしてイリュストラは、アンを引き連れて部屋を後にした。


「イリュストラ姫さま、きっとお手紙出されますよね……」


 彼女たちが去った扉を見つめながら、ウィロットがぼそりと呟く。

 その表情から、ウィロットが今何を考えているかがわかるような気がした。


「うん。けど、イザベラ姫はきっとお茶会をお受けにならないだろうね……」

「はい……。初めてお会いした時のイザベラ姫は、もっとお優しかったと思います。それに、ローザ様のことは絶対に許せませんが、一緒に(いち)へお出かけした時、ローザ様は露天で飴を買ってくれたんです……」


 今のイザベラは、決して平民であるウィロットが来るとわかってお茶会を受けることは無いだろう。

 前世の価値観をもって今の価値観を断ずるなどするべきではないとわかっている。この世界にはこの世界の常識というものがあるのだ。

 それでも、ほんの少しでもウィロットたちが平穏に過ごせる世の中になってくれればと願うし、そのために俺に何かできることがあるのではないかと思う。


 やがて夜が更け、俺は工房に続く自分の部屋へ入った。

 前の部屋は続き部屋(スイートルーム)だったため、このような単独の寝室に入るのはリセッシュ以来だろうか。

 部屋はとても質素な作りで、今までの生活から考えれば極めて狭い。それでも前世の自室を思い出させるようなサイズ感は、不思議と心が休まるような気がした。

 一応小さなバルコニーも付いていて、賢者の塔の中腹にあるこの部屋からの眺めは、悪いものではなかった。


「あれ?」


 バルコニーの方から、微かに何かが聞こえたような気がする。

 俺は窓を開け、バルコニーが崩れないかを一応足で確認すると、部屋の外へと出た。


 夜だが肌寒さは全くなく、まもなくこの国も夏を迎えるのだろうということが肌で感じられる。

 前世の夏に比べれば圧倒的に涼しいのだが、エアコンはおろか扇風機もない。

 暑さが苦手な俺にとって夏が憂鬱な季節なのは変わりない。それでもこの場所に吹く風は、疲れた体に心地よい。


「音楽……、歌声か?」


 バルコニーへ出ると、それははっきりとした歌声だ。

 

「どこからだ?」


 歌声といってもハミングだが、それはとても澄んだ美しい歌声だった。

 そして何かの弦楽器だろうか、優しい音色が空気を伝って、バルコニーまで届けられている。

 遠くで鳴っているような、すぐ側で鳴っているような、何処でそれが奏でられているのかはわからない。

 それでもゆったりと耳に届くその曲は、初めて聞いたはずなのにどこか懐かしいような、そんなことを感じさせるものだった。


 俺は歌声を聴きながら、ベットに横たわる。

 そして気がついた時には歌声は既に止んでおり、俺もまた深い眠りへと落ちていた。


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