賢者の塔 Ⅲ
その後俺たちは、次々に訪れる訪問客の相手に追われることになった。
賢者の塔の関係者、ヴィンストラルドの関係者など、その中でミコリーナの訪問とその治療に関する打ち合わせは有意義だったといえるが、それ以外は疲労を蓄積させる以外の何物でもない。
客足が途絶えたのは、太陽が地平線にだいぶ傾いたころだった。
夏を間近に控えた頃。日の入りは徐々に遅くなり、気温は春の穏やかさをひそめて暑さをます。
枠だけになった窓から吹き込む風は、微かに雨季の湿り気を帯びているような気がした。
「今までずっとほったらかしだったのに!なんで急にこんなにお客さんが来るんですか!?」
そのせいで動きっぱなしのウィロットは、目をくるくると回している。
訪れたミコリーナがそのまま部屋に残って手伝ってくれていなかったら、どうなっていただろうか。
「イルクナーゼ王子の庇護で賢者の塔に入ったのですから、刻死病の件が伏せられていてもユケイ様がどんな人物か品定めに来てるのでしょう」
カインも肩のこりをほぐすように、腕をぐりぐりと回した。
「正式にイルクナーゼ様の客人になったからね。こんな俺でも、何か利用価値があるって思われたんじゃないかな」
俺の言葉を聞いて、ウィロットは不満そうにため息を落とす。
「こんな俺でもって、ユケイ様はすぐにそういういじけたことを言いますね」
「別にいじけてるわけじゃないよ……」
「いじけてますよ、どうみても。そんなんだから、お客さんにも見下した態度を取られるんです」
「えぇ……?そうだったかな?」
俺達のやり取りを、ミコリーナは不思議そうに眺める。
「あっ、ミコリーナ。今日はほんとうにありがとうございました。移動したばかりで準備ができていなかったものですから、とても助かりました」
「いいえ!そんなこと畏れ多いです。ユケイ王子殿下のお力になれて嬉しいです!」
彼女は微かに頬を染め、にっこりと笑った。
「あの……。ユケイ王子殿下は少し変わっています……。平民のわたしに、こんなに親切に接して頂いたお貴族様は初めてです……」
「い、いや、そんなことはないですよ。けど私が産まれたアルナーグと違って、ヴィンストラルドは、階級意識が強いから……」
俺はふと、イザベラのことが頭を過ぎった。
彼女は決して悪人ではない。罪を犯したのはローザだとはいえ、昔から長く付き添ってくれた人の犯罪を認めて俺に頭を下げたのだ。
イザベラとローザを俺とアセリアに入れ替え、同じような対応ができたかと言われれば、俺にはできなかったかもしれない。
そんな彼女でも、処刑された平民のリットには言及せず、同じく平民であるマリーを当然のごとく差し出せと口にする。
彼女が悪いのではない。それが彼女を取り巻く一般的な常識なのだ。常識なのだが……。
「ユケイ様、なにいってるんですか?アルナーグでもお貴族様はみんな酷いですよ。ユケイ様が知らないだけです」
ウィロットが口を尖らせて割って入り、カインが間髪入れずにウィロットの言葉使いを叱る。
「そうかい?アセリアやネヴィルは貴族だけど、そんなことなかったじゃないか」
ネヴィルとはアセリアの弟で、オルバート男爵の長男だ。
少年期を俺は、アセリアとネヴィル、そしてウィロットと共に過ごしたのだ。
「ネヴィル様も昔は酷かったじゃないですか。忘れたんですか?わたしたちネヴィル様に酷い目に合わされたこと」
「……あ、そうか。そういえばそうだったね」
「ネヴィル様が変わったのはユケイ様のおかげですよ。ユケイ様がいなかったら、今頃どうなってたことか……」
「あの頃はネヴィルもまだ子どもだったからだよ」
ウィロットはそう言うが、俺はネヴィルを変えたのはウィロットじゃないかと思っている。
ウィロットとの生活が、ネヴィルに平民も貴族も何も違わないということを気づかせたのではないだろうか。
「ユケイ王子殿下って、ウィロットさんと仲がよろしいですよね……?」
「それは……、そうですね。もう十年以上一緒にいるから、兄妹とか幼馴染に近い感覚というか……」
俺の言葉に、ウィロットは直様反論した。
「そんなことあるわけないじゃないですか。そう思えるのはユケイ様が上の立場だからです。わたしにとってユケイ様は弟なんかじゃなくって、お仕えしなきゃいけない上司ですから」
「俺が弟なのかよ……」
「よく考えてて下さい。今朝、ヴィンストラルドの王子様が友達になりたいって言ってましたよね?その言葉はそのまま受け止められましたか?」
「それは……まあ、そうだよな。上の立場だから言える言葉だ……」
「でしょう?」
勝ち誇った表情のウィロットに、再びカインから一喝が飛ぶ。
「そう思っているなら、もうちょっと言葉使いをなんとかできないのか!不敬にもほどがあるぞ!」
「……はーい。もう、カイン様はどんどんアゼル様に似てきて……」
「何か言ったか!」
「いいえ、何も言ってませんよ」
「ふふふ……、あ!申し訳ありません!」
それらのやり取りを見て、思わず笑い声をあげてしまったミコリーナが謝罪をした。
その笑顔にウィロットとカインは顔を見合わせ、とりあえず一時休戦を結んだようだ。
「ユケイ王子殿下、どうかわたしにも、ウィロットさんやカイン様のような言葉使いで接していただけないでしょうか?」
ミコリーナの言葉にカインが追従する。
「ユケイ様、私もそうするべきだと思います。今までは他の方を交えてミコリーナと会う機会はありませんでしたが、これからは違います。ミコリーナに対して過度な態度で接しますと、彼女自身に迷惑をかけることにもなりかねません」
「ああ、そうか……。確かにその通りかもしれない。うん、それじゃあ……、これからはそうするよ」
「はい!ありがとうございます!」
そう言うと彼女は、扶郎花のような笑顔を見せた。
「けど……、これから毎日こんなお客様が見えるんですか?」
ウィロットがぼやく。
「いや、どうだろう……。すぐに落ち着くと思うんだけど……」
「あの、わたしも毎日お手伝いに来ます!イルクナーゼ王子殿下から、司書の仕事はしばらく休むように言われているので」
「えっ?そうなんですか?」
「はい。刻死病の実験は極秘で行うので、人目に触れる仕事は控えた方がいいと言われました」
「ああ、なるほど。確かにそうかもしれないですね」
「ユケイ王子殿下……」
ミコリーナは物言いたげな視線を俺に向け、俺はその意味をすぐに理解した。
「あ、ああ。確かにそうかも……しれないね」
「はい!」
彼女は満足げににっこりと笑った。
「けどいいのかな?ミコリーナはヴィンストラルドに雇われてるわけだし……。もちろん俺のほうでも給金は出すけど」
「いえ!給金なんて必要ありません!わたしが来たくて来るんですから!」
「いや、そういうわけにはいかないよ」
「いえ、そんな……。わたしいただけません!」
「まあまあ、いいじゃないですか、ユケイ様。メイドがわたし一人だけでは、どのみちやっていけませんよ?新しく侍従を入れるにしても、いろいろ大変なんじゃないですか?」
ウィロットの言うことは一理ある。
どうせ誰かを雇わなければいけないのだ。その場合、マリーの件を無視することはできない。
ミコリーナは以前から城に仕えていた訳だし、身元も明らかになっている。
信用という意味で考えれば、最適な人員であることは間違いない。
「そもそも、みんな約束もなしにやって来るからいけないんです。準備もできないし断ることもできないじゃないですか。お貴族様は来る前に、だいたい連絡をくれましたからね。ここにいるとお構いなしです」
それはウィロットの言う通りだ。
城に比べれば規律がゆるいのは間違いない。
「そうだね。まあ、中には貴族でもお構いなしの人がいたけどね。例えばあのお姫様とか……」
俺がその言葉を言い切る前に、部屋の扉がコンコンとノックされた。
俺たちは顔を見合わせるが、虫の知らせと言えばいいのか、なんとなく扉の外に誰がいるのか理解することができた。
「あら?ユケイ王子は今度はお勝手にお住まいになるんですの?イルクナーゼお兄さまの嫌がらせかしら?」
部屋に現れたイリュストラは、室内を見渡してそう言った。
「ご無沙汰しております、イリュストラ姫」
「はい。ご機嫌麗しゅう。ユケイ王子、ウィロットさん」
今日彼女は、法衣ではなくドレスを身にまとって現れた。
おそらくコルセットにきつく締め上げられているのだろうが、比較的元気そうに見える。
「それで、今日はいったいどうされたのですか?」
「まあ!どうされただなんて!お友だちが引っ越しされたのですから、お祝いに来たに決まってますわ。けど困りました……。ウィロットさんに美味しいお菓子をお持ちしたんですけど、お勝手でどうやってお茶をすればよろしいのかしら?」
イリュストラの言葉を、彼女のメイドが遮る。
「イリュストラ様、今日はプレゼントだけのお約束です」
「アン、わたくしもそう思っていたんですよ?けど、わたくしこのお部屋に来るまでにどれだけの階段を上ったかおわかりですの?こんなに沢山の階段、もう上れそうにありません。今日お茶をしないと、ウィロットさんと二度とお話ができなさそうですわ」
彼女はそう言うと、もうこりごりといった様子で首を横に振った。
当然エレベーターのような便利なものはないが、城の部屋とさほど違いはないはずだ。
要するに帰りたくないと駄々をこねているのだろう。
それでも姫という立場であれば、そうそう賢者の塔に出向くことなどできないというのも事実だろうが。
「あっ!」
俺は不意に浮かんだアイデアに、思わず声をあげてしまった。
一同の視線が俺に集まる。
「どうされましたか?ユケイ王子。そんな大きな声を出されては、わたくしびっくりしてしまいますわ」
「は、はい。申し訳ありません。イリュストラ姫、ウィロットとお茶会をしたいということですよね?」
「ええ、当然ですわ。まだまだウィロットさんに伺いたいことがたくさんありますの」
「それでは、リュートセレンの姫君であるイザベラ姫はご存知でしょうか?」
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ユケイ、ウィロットの少年期のお話はこちら
↓↓↓
才の無い貴族と毒見少女の憂鬱(完結済み)
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