国境の街 Ⅳ
さて、とはいっても何か明確な根拠があるわけではない。しかし、時間は刻々と迫っている。
「……ユケイ様、四の刻を告げる鐘です」
「うん、分かってる……。残り二刻だ」
四の刻、前世でいうところの午前8時を知らせる鐘だ。本来であればこの鐘の音と共に、街の門は開くことになっているが、今日に限ってはまだ開いていないはずだ。
「街の門、ちゃんと閉まってるんでしょうか……」
「それはアゼルを信じるしかないよ。門の方で混乱が起きていないといいんだけど……」
「ユケイ様、今はそれを心配している場合ではありません。我々はどうすればよろしいでしょう?」
2人は不安そうに俺を見つめる。
先ずは何よりも情報が必要だ。解決に至るための物、状況、そして目撃情報。
俺自身が自由に動けないのだから、2人に情報を集めて貰いその中から推理するしかない。
しかし、推理だけで犯人像を探し出すためには一つ、大きな障害があった。
それは魔法の存在だ。
魔法といえど、決して万能ではない。
しかし、遥かな高みに到達した魔法使いは、万能と言ってもいい程の伝説を残している。
前世の言葉で、「極めて発展した科学は、見る者によっては魔法と変わりない」という言葉がある。逆を返せば、魔法とは極めて発展した科学に準えられるようなものなのだ。
それを使われたのなら、事件の解決に向けて大きな支障になる。
それに加え、俺は魔法を見ることができない。
見るだけでなく、魔法で発せられた現象であれば、それが光だろうと、音だろうと匂いだろうと、一切関与することができないのだ。
これは大きなハンデだと言わざるを得ない。
とはいえ、犯行に魔法が使われていたら俺にはどうすることもできないのか?と言われれば、決してそうではない。
実はある意味、俺はこの世界で誰よりも深く魔法を理解しているとも言えるのだ。
そう、ここでやっと、俺が唯一異世界転生者として手に入れることができたチートスキルが発動する。
間違いなくこのディストランデで、俺だけがただ1人だけ持つ、チートスキル。
それは、「21世紀の日本で、大学を卒業出来るくらいの基礎学力」......だ。
いやいや、これが結構馬鹿にできない。
その基礎学力というのは、魔法という現象を理解するのに非常に役に立った。
かつて俺は魔法を理解しようと、あわよくば魔法の力や魔法の目を手に入れようと、現代の基礎知識を活用して可能な限り魔法を解析したのである。
その結果、魔法という「現象」に関して、多くの知見を得ることができた。
例えば魔法で火を起こすことは可能だ。
実際、昨日の夜に小休止を取った際、たまたま前の旅人が残した炭跡へ、魔法で火を付けていたはずだ。
ディストランデの常識で考えれば、魔力が炎を産み出したと言われているが、基礎学力でそれを解析すると、別の側面が見えてくる。
炎を産み出すためには、まず、燃える物体が必要であり、それを発火させる「熱量」が必要だ。
例えば、蝋燭の火に紙を近づければ紙に火が付く。
現象を目で捉えれば、蝋燭の火が紙に移ったと見えるだろう。しかし基礎学力で観測すれば、蝋燭の火と紙を燃やしている火は別物であり、蝋燭の火によって紙が熱せられ、その結果紙から火が発生したのだ。
火を使わなければもっと理解しやすい。
熱を吸収しやすい黒い紙に、虫眼鏡で太陽光という熱量を集めていけば火が発生する。つまり、火を起こすのに必要なのは例外なく「熱量」ということになる。
これは魔法であっても同じだ。
つまり、昨夜の炭跡に火を付けるような場合、魔力で産み出しているのは、火ではなく熱量であるということがわかる。
それを踏まえて状況を整理すれば、今回の件でもいくつか浮かび上がって来ることがあるはずであり、俺にとって障害になると思われる魔法の存在が、解決の糸口になる可能性もある。
「ホシを挙げる為にまず必要なのは、正確な情報だ。現場へ行って確認して欲しいことがある」
「ほしってなんですか?お空の星ですか?」
ウィロットが不思議そうに俺を見る。
「いや、ごめん、それは忘れて。えっと、ウィロットはまず俺がこれから言うことを確認してきて欲しい」
「はい、ユケイ様。なんでしょうか?」
「まず、荷馬車がどのように燃えたのかを調べてきて欲しいんだ」
「どのようにですか?」
「うん。例えば、魔法で火を付けられたのか、何か道具を使って付けられたのか。どんな場所がどんなふうに燃えていたのか……」
俺はウィロットに、何を調べて欲しいのかを細かく指示を出す。
「それじゃあユケイ様、行ってきます!」
「うん、気をつけて」
「はい!頑張ってアセリア様を助けましょう!」
彼女は鼻息荒く部屋を飛び出していった。
部屋には俺とカインが取り残される。
「時間がないから、本当はカインも情報を集めに行って欲しいんだが......」
「ユケイ様の警護を離れるわけにはいきません」
「だよな......」
「アゼル様が戻りましたら、私も犯人を探します」
「うん。頼むよ」
カインは俺の護衛について8年ほどになる。
もともとは俺の元で雑用係をしており、その後俺の護衛を務めることとなった。
彼の役目は護衛だけではない。前世風の言葉を使えば影武者というやつである。
俺は黒髪、カインも黒髪と言えなくもないが、やや赤みががっている。身長はカインの方が高く、体を鍛えてる分かなりガッシリとしている。
近くで見れば、2人を見間違えることはまずないだろう。
しかし、影武者とはそんな程度で十分役割を果たすのだ。
前世と違い、ディストランデには写真がない。
口頭で俺とカインの特徴を伝えようとすれば、両方とも黒髪の青年になる。
そっくりな外見を揃えることにはあまり意味はなく、それよりも忠誠心があり、腕が立つ者を用意する方がよっぽど重要なのだ。
「あの、ユケイ様……」
「なんだい?」
カインは複雑な表情を浮かべるが、意を決して話し始める。
「私が言わなくてもお分かりかと思いますが、もしや賊は思ったよりも近くにいるかも知れません」
「わかってる......」
そう、犯人は俺たちの旅程を全て把握し、その妨害のために荷馬車に火を付けた可能性もある。
その場合、犯人は当然アルナーグからの同行者9名の中の誰かということになるだろう。
アゼルもアセリアもそのことを口にしなかったが、当然その可能性に気づいている。今この状況の護衛をカインに任せているということは、信頼できる同行者以外を俺から離す為の配慮だろう。
しかし、同行者である場合俺に何か重大事態が起きた時、連座で処罰される可能性がある。
それを考慮すれば可能性は低いのかも知れないが、どちらにせよ油断することはできない。