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才の無い貴族と悪魔王  作者: そんたく
命の値段
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双頭の蛇 Ⅰ

 鉄板と鋲が打ち付けられた扉が重々しく開かれていく。

 扉の動きが止まると同時に、左右に並んだ鉄板鎧(プレートメイル)の衛兵が、ガチャリと鎧を鳴らしながら手に持った戦斧ハルバードの石突を地面に打ち付けた。

 カツーンという乾いた音が、広い室内にこだましていく。


 高さ十リール(メートル)はあろうかという高い天井には、大きな(はり)とそれに囲まれて幾何学模様のレリーフが刻み込んであり、そこからは六つの大きなシャンデリアが吊るされていた。

 中二階には回廊のような渡りが設けられ、それにそうように作られた大きな窓からは、外からの光が室内に取り込まれていた。

 そして部屋の奥正面は一段高くなっており、天蓋で囲まれたその部分に、数名の人影が見える。


 俺はふと、数日前にこの場を訪れたはずのイザベラのことが頭を過った。

 彼女は腹心であったはずのローザを失い、どんな思いでこの豪華な絨毯の上を渡ったのだろうか。


「風の国国王オダウ・アルナーグ陛下が第三子、ユケイ・アルナーグ第三王子殿下」


 俺は呼びかけを最後まで聞き、謁見の間の中央に、王座へ向かって敷かれている赤い絨毯の上を歩き始めた。

 金糸の刺繍で縁取られた毛足の長い絨毯は、途轍もない価値のものだろう。一歩一歩、まるで足が沈み込むかのようだった。

 豪華なシャンデリアにガラスが張り巡らされた室内。謁見の間の荘厳さは、ヴィンストラルドの国力を、十分というほど見せつけてくる。


 俺とミコリーナ、そして護衛に就くカインの三人は、ゆっくりと王の前に足を進める。


 バイゼル・ヴィンストラルド。


 地の国ヴィンストラルドの国王である。

 ディストランデに存在する国々の内、最も力を持つ国の一つだ。

 年は確か五十を迎える頃だと記憶しているが、長く蓄えた髭に白く長い髪は、見たところもっと年老いて見える。それでもその鋭い眼光は自らを王であると雄弁に語り、俺を値踏みするように視線を外そうとはしなかった。


 正面の金糸で刺繍された玉座に座るのがバイゼル王。そしてその左横の、玉座よりは少し質素になるが、銀糸で飾られた椅子に座るのが賢者の塔の主エインラッドだろう。

 そして、王の右手側に少し離れて並ぶ長身の男性が二人。

 一人はかつて、アルナーグで見た記憶がある。おそらくヴィンストラルドの第一王子と第三王子、そしてさらに奥に控えている数人の男性は執務官だろう。

 その中にはティナードの姿も見えた。


 俺たちは王の前に立ち止まると、右手を胸の前に置き略式の礼をとる。ミコリーナとカインは片膝を付き、(こうべ)を垂れた。


「遠方より良く参った。古き友、オダウ王の子、ユケイよ。心より歓迎する」


 初めて聞くバイゼル王の声は、低く部屋の隅まで響き渡る。

 俺は王の言葉に、心が騒めくのを感じた。

 これは、ある種の定型文だということは分かっている。

 それでも王の言葉は、まるで今日俺がこの街についたかのような口ぶりではないか。

 いったい俺が、そしてリュートセレンの姫であるイザベラが、どれだけここで待たされたのか。また、そのせいでどれだけの悲劇に見舞われたのかわかっているのだろうか。


 ここに俺やイザベラが呼び出された事情は分かる。

 ヴィンストラルドと敵対するもう一つの大国、鉄の国ライハルトの武力侵攻を受け、属する国の王家の血を保護するという名目。はっきり言ってしまえば、造反を防ぐ為の人質として遣わされたのだ。

 時代が時代だ。百歩譲ってそれは仕方がないとしよう。

 しかし、なぜここまで放置をされなければいけなかったのか。

 ここで放置するのであれば、アセリアは登城が遅れたことによる罰を受ける必要があったのだろうか?

 俺だけではなく、イザベラのことだってそうだ。

 もしかしたら、何か一つ対応してもらうだけで運命は変わっていたのかもしれない。アゼルは命の危険に襲われることもなく、イザベラも、ローザも、ローザに罪を被せられて処刑されたリットも、別の運命が待っていたのではないだろうか?


 胸の内に、どす黒い血のような怒りが湧き上がる。

 腕に力が入り、隣のカインやミコリーナの耳に届くのではないかと思えるくらい鼓動が激しく響く。

 そうだ。もしかしたら、マリーでさえ別の道を歩んでいたかも知れないのだ。


「ユケイ様……」


 カインの囁く声に、ハッと我に帰る。

 そうだ、ここで腹を立ててもどうしようもない。

 俺はこの謁見で、多くの狂った歯車を(ただ)さなければいけないのだ。


「……それで、ユケイ王子。刻死病はかつて、王家の人間も蝕まれたことがある」


 ああ、どおりで刻死病の資料が充実していたわけだ。

 王族が罹っていたのであれば、あれだけ事前研究がなされていたことも納得できる。


「今一度、刻死病について説明をして欲しい」

「はい、それに関しましては私、王立図書館の司書であり、刻死病を患っておりますミコリーナからさせて頂きます……」


 ミコリーナは立ち上がり、数歩前へ進み胸に手を当てた。

 打ち合わせ通り王への説明は彼女に託し、俺は別のことに頭を回す。


 まず、誰がどこまでの情報を把握しているかを知る必要がある。

 バイゼル王、賢者エインラッド、そして控える王子や執務官、それぞれの思惑もあるはずだ。

 皆の表情を見る限り、俺たちのことを一様に歓迎しているようには見えない。

 それは俺のアルナーグ王子という立場を煩わしく思っているのか、それとも刻死病の件を余計なことと思っているのか。

 さらに、マリーによる盗難事件。

 ティナードは羊皮紙のことを重要視しているそぶりは見せていないが、他の者はどう思っているのだろうか?

 おそらくバイゼル王や賢者エインラッドの耳には、そこらへんの瑣末なことは届いていないだろう。


 もっとも俺に興味深げな視線を送っているのは、賢者エインラッドだろうか。

 国内、いや、世界最上位の魔法使いであり研究者である彼にとって、魔力の目を持たない俺の存在は絶好の研究材料なのかもしれない。

 ライハルトの王、通称悪魔王と同じ特性という噂も流れているから、興味は尚更だろう。

 それに、刻死病の検査に関する技術や、魔石の一風変わった利用方法など、何が彼の耳に届いているかはわからないが、価値があると思わせる情報が渡っている可能性が高い。

 そして、二人の王子達だ。

 俺の記憶が確かであれば、王の隣に立っているのは第一王子。彼は既にヴィンストラルドの王太子に内定しているはずだ。

 その横のもう一人の王子らしき人物は、直系でもある彼の弟だろう。

 第二王子であり枢機卿でもあるエヴォン王子の容姿は話に聞いたことがある。

 それに当てはまらないことを考えれば、あそこにいるのは第三王子だと予想できる。


 俺の視線を感じ取ったのか、第三王子と俺の視線がぶつかる。

 彼は俺に向けて、にっこりと微笑んだ。

 おそらく俺と同じくらいか、少し上くらいの年齢だろうか。

 なぜか彼のそんな表情を見て、数年前に姿を消した、兄のノキアを強く思い出した。


 いったい誰が誰を、そして、誰が何を必要としているのか。

 俺の手の中の駒は、僅かしかないのだ。

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