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才の無い貴族と悪魔王  作者: そんたく
命の値段
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消えた羊皮紙 Ⅲ

「マリーが消えた!?」

「はい……。申し訳ありません……」


 答えるカインの表情は、苦悶に満ちていた。

 寝起きでぼーっとしていた俺の脳が、一瞬で覚醒したのを感じる。

 彼を心配そうに見つめるウィロットの表情を見ても、彼の後悔の深さを物語っているようだ。


「間違いじゃないのか?どこかに行っているだけとか……」

「いえ、彼女の身の回りの物も一部なくなっていますので……。申し訳ありません。全て私の責任です……!」

「いや、別にマリーを見張れって言っていたわけじゃないんだ。これは警護に関する責任とは言えないよ」

「いいえ、マリーに怪しいところがあるというのはわかっていたのに……」

「それは違う。確かに正体が掴めないところはあったけど、それはこ(・)う(・)い(・)う(・)意味ではなかったはずだ」


 そんなことを言ってもカインが納得いくはずもない。

 しかしそれは嘘偽りのない俺の考えだ。

 少なくともこのような形で、俺に害をなすとは全く予想ができなかった。


「それで、あの羊皮紙も無くなっているっていうのは本当なの?」

「はい。朝起きたらマリーがいなくなっているのに気がつきました。部屋の何処にもいないのでおかしいなって思って、廊下の守衛さんに聞いたら誰も部屋から出ていないって言われました。それで、ユケイ様の机の引き出しを調べたら羊皮紙がなくなっていて……」


 俺の部屋の者は、夜間に外出することは許されていない。

 部屋の前の廊下は常に警護されているから、扉から外に出れば必ず目撃されるはずだ。

 それでは部屋の窓から外に出たのだろうか?

 窓から地上までは、無事に降りれる高さではない。それでも彼女の身のこなしであれば、部屋の窓から抜け出すなんて造作でもないような気がする。


「それじゃあ衛兵にはもう報告したんだね?」

「はい、しました……。衛兵さんに聞いてしまったので……」


 やや俯き加減に、ウィロットは答えた。

 衛兵に通報する結果になったことを、後悔しているのかもしれない。


「いや……、それでいいよ」

「すみません……」

「それで、他になくなった物は?」

「それはまだ調べていません。まずユケイ様を起こさなくっちゃって思ったので……」

「……えっ?それはどういうこと?調べていないのに、なんで羊皮紙がなくなってるのがわかったんだい?」


 マリーが居なくなった後、なにか無くなっているものがないかを調べ、その結果羊皮紙のことに気づくのであれば納得できる。

 しかしウィロットの話ぶりだと、マリーがいなくなった後、真っ先に羊皮紙があるかどうかを確認したように聞こえる。

 俺の問いに、彼女はしどろもどろで答えた。


「はい……。なんて言えばいいのかわからないんですけど、なんとなくマリーがずっと羊皮紙を気にしていたような感じがあったんです」

「えっ?そうだっけ?」


 俺にはそんな素振りは感じられなかったが……。けど、ウィロットは意外と色々なところに目が届く。刻死病の時も、治療の糸口になったのはミコリーナの些細な仕草から、彼女が左利きだということを見抜いたからだ。

 ただ、ウィロットの曖昧な様子は、何か確信を得てそう言っているわけではなさそうだが。

 

「……遥か高き精界の頂き、嶺絶影輝光の王よ。光に使えし四枝の眷属。我が命の糧をもって、闇の帳を払う祝福を与え給え」

「ウィロット!?」


 ウィロットは何かを考え込んでいるかと思いきや、突然魔法の詠唱を始めた。

 そして詠唱を終えると、指先で机の上をそっと撫でる。


「ど、どうしたんだ?えっと、持続光の魔法……か?」

「はい。今の魔法は持続光ってわかりましたよね?」

「え?うん、まあ。魔法は見えなくても、その詠唱は何度も聞いたことがあるからね」

「そうなんですよね。マリーって魔法を詠唱する時、いつもはっきりと詠唱しないんです」

「ああ、確かにそうだね。俺もそれは気づいてた」

「ちなみに今のは、詠唱しただけで魔法は使っていないんです」

「そうなんだ。それは俺には気付けないけど……」


 俺にとっては少しタチの悪い冗談だと思ったが、ウィロットは何か言いたげな瞳で、真っ直ぐに俺の目を見続けている。


「今の魔法は、カイン様にも見えていませんでした」

「魔法を使ったフリなんだから、それは当然だろう?それがどうし……あっ!そういうことか!」

「なんとなくそう思っただけですよ?けど、あの時もなんかおかしいなって思ったんです。なんとなくです……」


 俺はウィロットが何を言いたいのか理解した。

 あの羊皮紙の謎が俺の予想通りであれば、「闇の帷」の魔法で羊皮紙の文字は浮かび上がる。

 あの時俺は、マリーに闇の帷の魔法を使うように頼んだ。それは、闇の帷の魔法を使えるのがマリーだけだったからだ。

 あの時もし、マリーが闇の帷を使ったのがふ(・)り(・)だけだったとしたら?俺にはそれを確認することができないし、当然ウィロットたちも同じだ。

 マリーが本当に魔法を使ったかどうかは、彼女が魔法を使ったと主張する直後に、別の魔法を使って羊皮紙に塗り込まれた魔石の魔力が消費されているかどうかを確認すればできる。

 しかし、あの時はそんなこと微塵も疑っていなかったのだ。気付くのは不可能だっただろう。

 そういえば昨日、マリーが魔法を使った後にウィロットが闇の帷が本当に成功したのか問う場面があった。あの時ウィロットは何か納得いかなさげな表情をしていたが、その時から何か感じることがあったのだろうか。


 実は俺も以前、羊皮紙に関連してマリーに対して違和感を覚えたことがあった。

 彼女は一度、俺に対して羊皮紙に書かれた絵(・)と言ったことがあったのだ。

 そもそもティナードは、羊皮紙に書かれた文字と言っていたし、俺もそれは疑っていなかった。

 それではなぜ、マリーは羊皮紙の絵と言ったのだろうか?

 ただの言い間違いか、特に深い意味もない言葉なのかもしれない。

 しかしもしかしたら、彼女は羊皮紙に何が書かれてあったのか知っていたのかもしれない。


「いや……、今はそれを考えても答えはでない。とりあえず、他に何かなくなったものはないか調べてくれ。あと、マリーの持ち物で何か怪しいものはないかもだ」

「わかりました」


 ウィロットは言葉短く返事をすると、ぺこりと頭を下げた。


 ウィロットとマリーは仲良くやっていたと思う。それを思えば、ウィロットの反応は存外淡白なような気がする。

 どちらかといえば、俺の方がショックは大きいのだろうか。

 ほんの二ヶ月程度の付き合いではあった。しかし彼女は、俺に対してとても一生懸命に働いてくれた。必要以上に交流を持つ性格ではなかったようだが、それでも最近は心を許しているのではという態度も見えつつあった。

 そして俺は、彼女に二度命を救われている。

 一度は紅茶に入れられた毒から。もう一度はイザベラが俺たちに敵意を向けた時だ。あの時マリーがいなければ、俺たちの誰かが命を落としていたかもしれない。


いや、もしかしたら一番ショックが大きいのは、カインなのかもしれない。

 彼は俺を護るという立場上、自分に対する非難もあるだろう。しかしそれ以上に、最初はあれだけ疑っていたマリーを強く信頼していたような気がする。

 彼の横顔をそっと盗み見ると、そこには深い怒りと同時に悲しみが刻まれているかのようだ。

 

 いったい何が原因で、彼女はそんな行動に出たのだろうか。

 少なくとも彼女自身には、俺たちに対して敵意はなかったはずだ。

 結局羊皮紙は、魔法で見ることができたのだろうか?

 俺たちが寝静まったあと、マリーは羊皮紙に書かれた何かを見た。その結果、羊皮紙を持ち出さなければいけない理由ができたということだろうか?

 遡れば、疑問はまだまだ出てくる。

 リセッシュ事件の時に容疑者として上がった赤い髪の少女。あれは結局、マリーだったのだろうか。こうなれば、その可能性も高い気がしてくる。

 そもそも彼女は、なぜ俺の前に現れたのだろう。


「なんでもいいから、一言相談してくれればよかったのにな……」


 俺の言葉はウィロットやカインの耳にも入ったはずだ。

 しかし、それに反応する者は誰もいなかった。


 間も無くして、部屋の中に来訪者を告げるノックが響く。

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