国境の街 Ⅲ
「犯人のことなんてほっといて、普通に出発してしまえばいいんじゃないですか?」
ウィロットが不思議そうな顔で会話に割って入る。
「それも一つの方法だけど、その場合安全な旅路とはいかなくなるかも知れない……」
わざわざ不可能とも思える倉庫に忍び込み、火をつけて忽然と姿を消すという芸当を行える犯人だ。放置すればどんな不利益が襲いかかるかわからない。転移の魔法は無いにしても、何か特別な魔術を修めた人間かもしれない。
であるなら、今の人数の護衛では心もとない。
一番理想的なのは犯人を捕まえること。それができなくても、犯人の目的が明確になりそれが俺たちの脅威にはならないということが証明されなければ、通常通りに旅をすることはできないのだ。
「ウィロット、余計な口を挟むな」
アゼルはギロリとウィロットを睨むと、そのまま重いため息を吐いて厳しい表情のままアセリアに向き直る。
「アセリア、こうなってしまっては残念だが...... 。最も重要なことは何かわかっているな?」
「ええ...... もちろんです。言われるまでもありません」
「ならばよい」
アセリアは深い憂いを含んだ笑顔で、アゼルと俺を見た。
「旅程の責任者はわたしなので、わたしが全て決定します。このままリセッシュの砦で待機をし、アルナーグに増援を依頼します。増援と合流してからヴィンストラルドへ向かいましょう」
「え!?」
「砦の兵を借りられればいいのですが、犯人の目的がわからない以上はリセッシュの警備を減らすべきではないでしょう」
「そんなことをしていたら期日に絶対に間に合わなくなってしまう!」
焦る俺に、アセリアは何事もないようないつも通りの笑顔で答えた。
「あら、ユケイ様はそんなに急いでヴィンストラルドに行きたいのですか?」
「そういうことではない!アルナーグからの増援を待っていたらどんなに早くても10日は待つことになる。そもそも俺の護衛を渋ってこの人数で旅に出ているんだ。増援なんて手配してもらえるとは思えない!」
「いいえ、ユケイ様がヴィンストラルドに到着しなければ困るのは国王陛下でありエナ第一王子です。増援がなければ動かないといえば、必ず増援は用意されるはずです」
確かにアセリアの言うことはその通りなのかもしれない。
しかしそれだけ日程を遅らせれば、責任者であるアセリアに間違いなく罰が下るだろう。さらにエナたちにそんな態度を取れば、国に戻った後どんな目に遭うか……。
「やっぱりそれは駄目だ!遅くても明日には出発しないと……」
「ユケイ様、今回の責任者はアセリアです。全てはアセリアが決めることです」
「しかし、それではアセリアにどんな罰が下るか!」
「それでも決定するのはアセリアです。それに、アセリアの判断が間違っているとは思えません」
アゼルはきっぱりと言い切る。アセリアはにっこりと微笑み、アゼルに小さく「ありがとう」と呟いた。
「さて、旅程の責任者はアセリアですが警護の責任者は私です。ユケイ様は安全が確保されるまでご自分の部屋から出ることを禁止させて頂きます」
「えっ!?」
「賊の目的がユケイ様の可能性もありますから当然です。室内の警護は私とカインが交代で行います」
「は、はい!」
アゼルの言葉に、カインは弾かれるように返事を返す。
「砦の警護に冒険者も使いましょう。ウィロットは直ちにリセッシュの冒険者ギルドへ行け。なるべく等級の高い、身元のしっかりした者を可能な限り集めろ。報酬は税金分を除いて規定の料金を前金で一括、残りは完了後に倍額を払うと伝えろ。冒険者の面接を行う。九の刻までに私の部屋へ来るように手配を」
「は、はい」
「私は砦の者と打ち合わせを行います。カインはこのまま部屋でユケイ様を警護だ」
「はい!」
アゼルはそう言うと、厳しい表情で部屋から出ていった。
残された俺たちの間に重い空気がのしかかる。
「それではユケイ様、わたしも手配がありますので……」
「待ってくれ、アセリア!ほんとうにいいのか?」
アセリアはいつもと変わらない穏やかな表情で答える。
「ユケイ様はお優しいですね……。期日に遅れるということはユケイ様の名誉を傷つけるということ。全てはわたしの責任です」
「責任ていっても、荷馬車が燃やされたことはアセリアは何も悪くないじゃないか!そんな理不尽なことで罰を受けるなんて間違ってる……」
「いいえ、それも含めて責任を取るためにわたしはいるのです。けれど、ほんとうはそれも全て些細なことなのですよ?わたしの目的は、ユケイ様を無事にヴィンストラルドまでお連れすること。それが成し遂げられるならば、全ては些細なことです」
アセリアはそう言うと、深く頭を下げて部屋を後にした。
部屋に残されたのは俺とウィロット、そしてカインだ。
アセリアの足音が聞こえなくなると、ウィロットが真っ先に口を開いた。
「ユケイ様!なんとかして下さい!このままではアセリア様が罰を受けてしまいます!」
「なんとかって……、どうしろって言うんだよ!」
「ユケイ様でしたらきっとなんとかできます!わたしを今までたくさん助けてくれたじゃないですか!」
ウィロットは文字通り俺に縋り付いてくる。
実際、今までウィロットと出会ってから少なくないトラブルが俺たちの間には起きた。その度に俺たちは知恵を絞り、それらを解決して来たのではあるが……。
「ウィロット、離れろ!ユケイ様に失礼だぞ!」
「カイン様はアセリア様が罰を受けてもいいって言うんですか!?」
「そんなことは言ってないだろ!」
俺とウィロットとカインの付き合いは長い。
アゼルやアセリアともほぼ同じ時間を過ごしてはいるのだが、やはりこの3人で共に過ごすことが多く、年も近いということもあり保護者であるアゼル達がいない場所では、若干砕けた雰囲気になることもある。
「ユケイ様だって、今まで沢山アセリア様に助けてもらってきているじゃないですか!アセリア様が受ける罰って、どんな罰ですか?」
「そ、それはわからないけど。けど、エナお兄様はそんな無茶な人じゃない。そんな無茶苦茶なことは言わないよ」
「そうでしょうか?第一王子様はイジワルですし、すぐに処刑するじゃないですか!そもそも第一王子様がユケイ様を追い出したからこんなことになるんです!」
「アセリアに罰を与えるとしたらそれはヴィンストラルドの人間だ。エナお兄様はきっとそれを庇ってくれる」
俺とウィロットのやり取りに、見かねたカインが割って入る。
「ユケイ様、そんなことを話している場合じゃありません!」
「あ、そ、そうだよね。すまない、カイン……」
「わたしは考えることは苦手です。どうすればアセリア様をお救いすることができるのでしょうか?」
「どうすれば……って……」
そうだ、言い合っていてもどうしようもない。
アセリアを助ける方法。それができるかどうかは置いておいて、それを成し得る方法は単純だ。
つまり、できれば今日中に……、遅くても明日の朝までにリセッシュを出発すればいいのだ。
英雄の街道を使うのであれば、さらに1日遅くてもいい。しかし、おそらくアセリアは英雄の街道を使うことに首を縦に振らないであろう。
では、どうすれば明日の朝までにリセッシュを出発できるか?
答えは一つ。
荷馬車に放火した犯人を突き止めればいいのだ。
「放火犯を捕まえる。今日中に……、いや、今日の昼までにだ」
「今日の昼までに!?」
ウィロットとカインの声が重なる。
「お昼までなんて、あと数刻しかありません」
「昼になれば門が開いてしまう。そうすれば犯人が街から出てしまう可能性がある。つまり、昼までに犯人を捕まえれば俺たちは予定通り出発できるし、そうすれば期日内にヴィンストラルドに到着できるはずだ」
「それはそうですが……」
「最悪犯人の目的がわかればいい。もし犯人が俺たちの旅を邪魔する目的でなければ、それでも出発できるはずだ」
「けど、ユケイ様はお部屋から出てはいけないってアゼル様が言ってました」
「ああ。だから、ウィロットとカインが俺の目と足になるんだ!」
「わたしたちがですか?」
2人は顔を見合わせる。
前世で見た安楽椅子探偵のようなシュチュエーション……とはちょっと違うが、制限時間は刻々と迫っている。
気の利いた決め台詞などないが、アセリアの為にやるしかないのだ。




