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才の無い貴族と悪魔王  作者: そんたく
ファージンゲールとコルセット
65/133

神の奇跡と人の奇跡 Ⅵ

 魔石。


 主に白龍山脈から採掘される鉱石だが、それ以外からも鉱脈が見つかることもある。

 魔力が結晶化したものだという意見もあれば、竜の化石だ、内包物だという意見もあり、その正体は未だに解明されていなかった。

 魔石自体の採掘量は決して少なくない。

 貴重な鉱石というわけでもなく、純度の低い物や大きさの小さい物であれば、多少の蓄えがある平民であれば購入を躊躇う金額ではなかった。

 しかし、その価値は大きさと純度により爆発的に跳ね上がる。賢者の塔に安置されているという世界最大で最高純度の魔石、「竜の心臓」は、一国一年分の税収と同じ価値があるといわれていた。


「それじゃあ、魔石をガラス玉の代わりにするってことですか?」


 ウィロットはぽかんとした表情を浮かべた。


「うん。透明度が高くて綺麗な球形の魔石であれば、十分にレンズの代わりができる。それと遠目の魔法を組み合わせられれば、必要な倍率は持たせられるはずだ」

「そうなんですか。ところでユケイ様、魔石って何ですか?」

「魔石を知らないわけないだろう?ウィロットだってよく使ってるじゃないか」

「もちろん魔石がどれかは知ってますよ。けど、なんであんなふうになるのかは知らないです」

「ああ、なるほど。けど、俺も魔石の原理っていうのはわからないよ。とりあえず、魔石を全部持ってきてくれないか?」

「はい、わかりました」


 ウィロットは返事をすると、部屋の奥にパタパタと駆けていく。

 そこから小さな箱を取り出すと、今度は大事そうに運び俺の前に置いた。

 蓋を開けると、指輪が二つ、そして大小様々いろいろな形をした宝石が現れた。


「魔石っていうのは、魔力を蓄える性質がある石だ。魔石を通して魔法を使えば、蓄えられた魔力が無くなるまでその魔法を維持し、魔力が尽きればそれが終わる」


 例えば魔力を蓄えた魔石に持続光の魔法を使えば、魔石に蓄えられた魔力が無くなるまで魔石は光り続ける。他にも、魔石に着火の魔法を使えば魔石は高温を発し続け、消音の魔法を使えばあたりの音を消し続ける。

 魔力が尽きた魔石は自然と周囲の魔力を集め、失った魔力を蓄えればまた元通りに使えるといったものだ。

 電池の魔力版といえば理解しやすいだろうか。


「丸かったり四角かったり形が色々ありますよね?」

「うん。形はあんまり関係ないんだけど、大きければ大きいほど蓄えられる魔力が大きくなる。あと、純度が高ければ高いほど、魔力を蓄える時間が早くなるんだ」

「少しずつ色が違いますけど、これはなんですか?」

「色の違いは含まれている不純物の違いだよ。濁っていたり色がついているのは、不純物が多いっていう証だ。透明度が高くて無色であるほど、魔石の純度は高い」

「へー、そうなんですね」


 ウィロットの気のない返事に、カインはムッとした表情をする。

 彼女はそんなカインを気にする素振りもなく、箱の中の魔石を特徴ごとにひょいひょい選り分けていった。


「ああ、ありがとう。透明度が高い魔石はあるかな?」


 ウィロットは「はい」と返事を返しながら、魔石をそれぞれ手に取っては光にかざし、透明度を調べていく。


「これが一番綺麗ですね。あとはこれとか」


 ウィロットが一番だと俺に手渡したのは、指輪として加工された物だった。それはかつて、アセリアが使用していた魔石だ。


「それは……、ちょっと加工しずらいな。いつかアセリアに返さないといけない……。いや、それはしばらくウィロットが持っていてくれよ」

「えっ?でも……」


 ウィロットは狼狽えた表情を浮かべた。

 高価な物であるため、気後れしているのだろうか?

 しかし、魔石はしまって置いても意味がないし、マリーに持たせると言ったら流石にカインが反対するだろう。


 俺は指輪を(つま)んで、ウィロットの手のひらに置いた。

 その瞬間、ウィロットからじっとりとした非難の視線が投げかけられ、同時に「はぁー……」という特大のため息が落ちた。


「な、なんだよ」

「ユケイ様はほんとうにダメダメですね……」


 そう言いながら、やれやれといわんばかりに大袈裟に首をふった。


「えっ!?な……何が?」

「それは女性に指輪を渡す時の態度ではありません」

「指輪!?そんなこといったってウィロットだってさっき俺に指輪を渡す時に……」

「そういうことを言ってるんじゃありません」

「何が言いたいんだよ」

「まあ……、別にいいですけどね」


 俺はもう一人の女性であるマリーに助け舟を求めるが、彼女は心底どうでもいいといった表情だ。


「ウィロット!不敬だぞ!今はそんなことどうでもいいだろう!」

「……はーい」


 ウィロットはまだ何か言いたげではあるが、とりあえず矛を収めてくれるようだ。


「はい、次はこれです」


 ウィロットは俺の手に小さな魔石を雑に置いた。

 それは手の上でも明らかに透明度が高いとわかる代物だ。長さは三シール(センチ)ほど、太さは五ミール(ミリ)もないほどの六角柱。大きさは小さいが、この透明度はガラスや石英と比べても十分遜色のないものだった。

 

「うん、透明度は申し分ないな。それじゃあこれを使おう」

「この魔石ですか?透明……ですけど……、ぜんぜん丸くないですよ?よくわからないですけど、丸くなければ顕微鏡にできないんじゃないですか?」

「うん、そうだね」

「それじゃあどうするんですか?」

「ガラス玉を研磨するための道具も借りてきてくれたんだろ?」

「はい、こちらに」

「それじゃあ、これを太さと同じくらいに切って、球形になるまで研磨するんだ」

「この角張った石を?」

「うん」

「まん丸になるまでずっと磨き続ける?」

「……仕方がないだろ?それしか方法がないんだから」


 背後からガタタッと、カインがよろける気配を感じた。

 ウィロットはにっこりと微笑み、カインの方へ向き直る。


「それじゃあ、カイン様の出番ですね!」



 それから半日、カインにとっては地獄のような時間だっただろう。いや、実際はカインだけでなく、ウィロットやマリーにとっても幸福な時間だったとは言い難い。

 以前アルナーグの工房で、鉱石を完全に砂状になるまで砕くという仕事をしてもらったことがある。彼の話によれば、その時と比べて遜色のない労働だったという。


 ガラス玉を研磨する道具とは、()()()のような道具だった。その表面に様々な荒さのヤスリを取り付け、水や研磨剤を加えて磨いていくという仕組みだ。

 前世にも同じような機械はあり、石が磨かれる原理は変わらない。しかしそれでも、前世の機械と今の機械では大きな違いがある。それは、そのろくろが電気で回転するのか、手動で回転するのかだ。

 俺たちは代わる代わるろくろを回しては魔石を磨き続け、その作業は夕食を挟んで夜遅くまで続けられた。それでもその作業の大半はカインが行い、作業が終わった後彼の憔悴ぶりは今までに見たことがない域に達していた。

 今はぐったりと座り込んでしまっている。


「いかがですか?ユケイ様。もう十分まん丸で表面もピカピカだと思いますけど?」

「うん、そうだと思うけど……。ちょっと暗くなり過ぎてしまった。灯明の灯りだけだとよく見えないから、明日の朝、日の光で確認しよう」

「せっかくですから、ユケイ様に頂いた魔石の指輪を使っていいですか?持続光の光で石の感じを見たいです」


 俺の周りでは、魔法を使う際は一応俺に断りを入れることになっている。


「ああ、いいよ。研いだ石も魔石だから、それを光らせないように気をつけてね。石自体が光ってしまったら、傷とか見えなくなってしまうからね」

「あ、そうですね。気をつけます」


 ウィロット以外、魔力の目を持たない俺に気を遣って、俺の周りで魔法を使おうとはしない。しかし、彼女はそういった配慮はしなかった。

 正直、彼女のそんな遠慮の無さが俺にはありがたいと思う。


 彼女はゆっくりと呪文を詠唱し、左手の薬指にはめた指輪をそっと触った。

 その瞬間。


「え?あれ!?あれ!?」

「……えっ!?何ですか?これ?」


 ウィロットとマリーは、自分の手を見たり服を摘んだり、くるくる回りながら訳の分からない言葉を呟く。

 俺は不審に思い、慌てて彼女らに声をかけた。


「なに?どうしたの?」

「……はい、あの、手とか服とか、そこらじゅうが光ってます!」

「え?そこらじゅう?」

「はい。ユケイ様には見えませんか?」

「うん、ぜんぜん。そこらじゅうって?」

「そこらじゅうはそこらじゅうです。ユケイ様も光ってますよ?わっ!ろくろがすっごく光ってます!」

「え?俺も!?ろくろ!?」


 俺にはそんな光景は一切見えない。ということは、この光っているというのは魔法による光だろう。

 これは一体どういう……


「あっ!」

「ユケイ様、どうしました!?」


 そうか、簡単なことだ。

 ウィロットはろくろが一番光っていると言った。今さっきまで魔石を磨いていたろくろだ。つまりこの光は……


「大丈夫、心配することはないよ。これは魔石が削られた粉だ」

「魔石の粉……ですか?」

「うん。魔石を削ったから、細かい魔石が粉のようになってそこらじゅうに飛び散っているんだ。それに持続光の光が伝わって、そこらじゅう光っているだけだよ」

「……ああ、そういうことなんですね!びっくりしました!」

「大丈夫、すぐに消えると思う。細かい魔石だから、そんなに多くの魔力は蓄えて……」


 ふと、頭の中に何かがよぎる。


「あれ?」


 そうだ。俺は最近、同じような話をどこかで耳にしたはずだ。


「あ、ユケイ様、光は消えましたよ」


 ウィロットはそう言いながら、自分の服をパンパンと(はた)いた。

 細かい粉が宙を舞う。

 その粉は、服に付着したままでは、見ることもできない無色透明の粒子だった。


「そうか……。文字が消える羊皮紙の謎が解けたかもしれない……」

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