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才の無い貴族と悪魔王  作者: そんたく
ファージンゲールとコルセット
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神の奇跡と人の奇跡 Ⅴ

「それじゃあ、まず顕微鏡を作ろう。ガラス玉と鉄板、(きり)をとってくれ」

「はい、ユケイ様」


 ウィロットが俺にそれらを手渡す。それを見たマリーが、不思議そうな表情を浮かべた。


「お貴族様が、自分で工具を使うのですか?」

「えっ?うん。それは……そんなに不思議なの?」

「はい。あまりないことだと思いますが……」

「そうなんですか?アルナーグの工房ではユケイ様いっつもこうですけど。力仕事はカイン様の役目ですけどね」


 ウィロットはそう言いながらカインににっこり微笑みかけた。それを向けられたカインは、嫌な思い出がよぎったのか重々しいため息を吐いた。


「大丈夫だよ。今回は力仕事の予定はないからね」


 俺はまず、受け取った鉄板に錐で穴を開ける。

 薄く加工された鉄板は、俺の力でも容易に突き通すことができた。鉄板には直径一ミール(ミリ)から三ミール(ミリ)の穴をそれぞれあけ、その上にガラス玉をはめる。

 ウィロットとマリーは興味深げに俺の動向を見守り、特にマリーの視線は真剣そのものだった。

 あまり物事に関心を持たない彼女だが、意外とこういう分野に興味があるのだろうか?


「……それで、これからどうされるのですか?」

「……え?ああ、顕微鏡はこれで完成だよ」

「……えっ!?」


 マリーとウィロットの声が重なった。


「もう完成ですか?久しぶりの錬金術なのに……」


 彼女は錬金術の意味を大きく履き違えている。今まで何度もそれを指摘しているが、いつまでたってもそれを直す気配がない。まあそれは、大した問題でもないのだが。

 ウィロットはあっさりと出来上がってしまったことが期待外れのようだ。


「いや、簡単にできたように見えるけど、これを作るのに一番大変なのはこのガラスの玉を作るとこなんだよ。それを手に入れることができたから、大きく手間を省くことができた」


 もし細工師からこれを手に入れれなければ、ガラスの玉を作るところから始めなければいけない。

 前世であれば、ガスコンロの火を使って、棒状のガラスを加工してガラス玉を作ることができる。しかしガスがないこの世界では、火で炙れば必ず黒い(すす)が付着してしまう。

 つまり、透明なガラス玉を作るのが極めて難しい。

 精巧なガラス玉さえあればあとは知っているか知らないかの問題で、レーエンフック顕微鏡の作成自体にに難しいことはない。


「その壁の花をとってくれないか?」


 俺は部屋の隅に生けられた、白い花を指差す。それはイリュストラから差し入れられた花だった。


「はい。これでよろしいですか?」

「うん。ありがとう」


 俺は受け取った花を、用意されたガラスの板を擦りつける。表面には細かい黄色い粉、花粉が付着した。

 次にそれを、下の面から光があたるように台座を組んで設置し、先ほど完成した顕微鏡を上から被せる。

 俺は顕微鏡を覗き込みながら、台座の位置やガラス玉を少しずつ調整した。


「ウィロット、このガラスの玉を上からのぞいてごらん」


 ウィロットは訝し気な表情を浮かべながら、顕微鏡をそっと覗き込んだ。


「わっ!何ですかこれ!?あ、何か動いてる!」

「動いてる?虫でもいたのかな?」


 ウィロットは顕微鏡から目を離し、ガラスの上の花粉に顔を近づけて直接凝視した。ひとしきり眺めると、彼女はふたたび顕微鏡を覗き込む。


「すごいですね!ユケイ様!」


 ウィロットまるでおもちゃを見つけたような、パッと顔を輝かせる。


「ユケイ王子、あの、わたしも見せて頂いてよろしいでしょうか?」

「うん。もちろんだよ」

「ありがとうございます」


 マリーはそう言うと、ウィロットと交代し顕微鏡をじっと覗き込む。

 しばらく顕微鏡を見続けたマリーは、ハッと顔を上げて目を輝かせた。


「これが顕微鏡ですか……。すごいです!先ほどユケイ王子がおっしゃった意味がよくわかりました!」

「いや、俺はたまたま作り方を知っていただけで、俺が発明したわけじゃないからね」

「そんなことないです!えっと、これは花粉が大きく見えているということですか?」


 マリーの声は弾んでいる。

 あまり感情を表に出さない彼女の、こんな表情を見るのは初めてかもしれない。


「うん。これで多分、二、三十倍くらいの大きさになっていると思う」

「三十倍……。あの、この花粉というのは何ですか?」

「えっと……、それはまた今度説明するね。考えなきゃいけないことがあるから」

「あ、はい。申し訳ありません」


 あまりこの世界の一般的な知識から、逸脱し過ぎたことを言うのも良くない。とりあえず今はお茶を濁しておく。

 もっとも、考えなければいけないことがあるのは事実だ。

 もし刻死病の原因が血中に住む寄生虫であるなら、検査するのにもっと顕微鏡の倍率を上げなければならない。

 レーエンフックの顕微鏡は数百倍の倍率を持ったそうだが、それを達成するためにはいったいどうすればいいのだろうか?

 前世で読んだネットのテキストには、顕微鏡の作り方は載っていてもその倍率の上げ方の記載はなかった。

 一つわかっていることは、ガラスの玉は小さければ小さいほど倍率は高くなるということだ。しかし、最終的に肉眼で見るわけだから、あまりにも小さくなってしまうと判別することができなくなる。

 あと、レーエンフックはガラスをひたすら磨いたというのだが、それと倍率は関係するのだろうか?


 ふと傍を見ると、マリーが何かを言いたげな様子でこちらを伺っている。


「どうしたの?何か気になることでもあるのかい?」

「はい、申し訳ありません。一つ聞いてもよろしいでしょうか?」

「うん。俺に答えられることであれば」

「この顕微鏡でものが大きく見えるのと、遠目の魔法で遠くのものが近くに見えるというのは、同じ現象なのでしょうか?」


 マリーのこの視点には、はっきりいって驚かされた。

 この世界の多くの人々は、魔法の結果について過程を紐づけようとはしない。

 要するに、着火の魔法は単に火が着く魔法としか思われていないのだ。

 しかし実際には、魔法とは過程を作り出す術で、その結果現れるのが様々な「魔法のような現象」なのである。

 例えば着火の魔法は、火を産み出すのではなく一点集中で物体の温度を上げる魔法だ。炎が発生するのは、それによって引き起こされる現象である。

 賢者の塔で魔法を学んでいる者たちはその点を理解しているだろう。

 しかし商家の娘である彼女が、どこかでそれを学ぶ機会があったのだろうか?


「うーん、どうだろう。物を大きく見るための方法はあまり多くない。もしかしたら同じような原理なのかもしれないけど……。俺はまだ遠目の魔法を研究したことがないから、それはどうなのかわからないな」

「そうですか……」


 しかし、彼女の言う通りその可能性はある。視覚的に物を大きく見せる方法には限りがあるのだ。

 遠目の魔法が望遠鏡のような原理であれば、それは光の屈折を利用した顕微鏡と同じである。

 もしくは、視覚から入った映像を拡大して認識するという魔法であれば、その原理は異なる。それはスマホで撮影した写真を拡大するようなもので、「画像を解析する魔法」ということになる。


 予測ではあるが、この場合は前者のような気がする。

 その理由は、魔法の名前が「遠目の魔法」だからだ。名は体を表すではないが、もし後者であるなら「拡大視の魔法」のような名前がつけられて……


「あっ!」


 不意によぎった可能性に、思わず大きな声を上げてしまった。一同の視線が俺に集まる。

 すぐそばにいたマリーは、驚きの表情を浮かべていた。


「ユケイ様、急にどうしたんですか?」


 ウィロットが心配そうにこちらを見る。


「ごめん、大丈夫だよ。えっと、マリーは遠目の魔法は使えるのかい?」

「はい、一応覚えてはいますが……」

「……それじゃあ、例えば遠目の魔法でこの顕微鏡を除いたらどんなふうに見えるかな?」


 マリーは俺が言いたいことを察して「ああ」と小さく声を上げる。


「それはたぶん、できないと思います……」

「できない?どうしてそう思うの?」

「遠目の魔法は、とても焦点を合わすのが難しい魔法です。遠くのものに焦点を合わせるのは簡単なのですが、魔法の発動中は手元の文字を読むのも難しいので……」


 ああ、なるほど。彼女の言うことは理解できる。

 要するに、望遠鏡で手元の本を読むようなことだと言っているのだろう。


「それじゃあ、このガラス玉に『遠目の魔法』をかけるのはできそう?」

「そうですね……。魔法を発動し続ける必要がありますので、この小さなガラス玉に正確に魔法を当て続けるのは難しいと思います……」


 彼女はゆっくりと考えて答える。


「そうなんだ……。けど「持続光」の魔法とかは、そんなに難しそうにはしてないよね?」

「はい。あれは細かい精度は必要ありませんから。それに、持続光の魔法はだいたい魔石に対して使います。魔石に一度魔法をかければ、あとは魔石の中の魔力が無くなるまで発動し続けられますので」

「そうか……。魔石に向けて魔法を使うのは難しくない?」

「はい。表現が難しいのですが、魔石が魔法を引っ張ってくれるので、魔石に魔法をかけるのは簡単です」


 魔石が魔法を引っ張る……。

 つまり、対象が魔石であれば、小さいものでも魔法を使えるということだろうか?


「……それじゃあさ、このガラス玉が魔石でできていたらどうだろうか?」



 

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