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才の無い貴族と悪魔王  作者: そんたく
ファージンゲールとコルセット
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神の奇跡と人の奇跡 Ⅱ

※ 神の奇跡と人の奇跡 Ⅰ の中で、エピソードを一つ削除しました。

読まれたタイミングによっては違和感を覚える方がいるかも知れません。

その削除したエピソードは後ほど出てきます。神の奇跡と人の奇跡 Ⅰ を読み直していただかなくても、支障はありません。

よろしくお願いします。

「ウィロット、とりあえず刻死病の症例をまとめて欲しいんだ」

「はい、それはいいですけど、どうやってまとめるんですか?これに十分まとめられてると思うんですけど?」


 彼女はそう言うと、手渡された紙の束をばさと広げる。


「あんまり雑に扱うなよ、大切なものなんだから。例えばさ、資料のまとめには男性と女性で発症する件数に大きな差はないって書いてあるだろ?それを状況によって分けて、傾向が出るまで細分化するんだ」

「……もっとわかりやすく説明して下さい」

「えっと、例えばさ、男性と女性の割合が同じだとしても、男性が夏に刻死病になる確率と、女性が夏になる確率は違うかもしれない。それが一緒でも、男性の子供が夏になる確率と、女性の子供が夏になる確率は違うかもしれない、そんなふうに、性別、年齢、季節、職業とか、いろいろ条件を付け足して確率の違いを比べて行くんだ」

「え……、えぇ……。ユケイ様がおっしゃることはわかりますけど、どうやってまとめればいいかわからないです」


 ウィロットは文字通り頭を抱えた。目を凝らせば、耳の辺りから煙が立ち上っているのが見えたかもしれない。


「ウィロット様、それはわたしがお手伝いします」

「えっと、マリー、気持ちは有り難いんだけど……、いいのかい?」

()()とはどういう意味ですか?」


 俺の問いに、マリーは不思議そうな顔を見せる。


「これは文官の仕事だろ?マリーは侍従として雇っているんだから、約束外の仕事になる……」

「なんでマリーにだけそんなことを聞くんですか?わたしだって侍従ですよ!」


 ウィロットが不満げに頬を膨らませる。

 確かに彼女が言うことはもっともだ。


「ウィロットは……、特別だから」

「……まあ、ユケイ様がわたしは特別だと言うなら、仕方がないですね」


 ウィロットは頬を軽く赤く染めると、そそくさと資料を持って作業机へ向かった。


「ユケイ王子は変わったことを気にされるんですね」

「変わったこと?そうかな?」

「大丈夫です、わたしもお手伝いします。そんなことを気にされるお貴族様は初めて見ました。わたしも少し刻死病のことが気になりますから」

「……うん。ありがとう、マリー」

「それでは、わたしはウィロット様と一緒に」


 マリーはそう言うと、ウィロットの元へ向かう。

 そんな二人を見て、カインが申し訳なさそうに呟く。


「ユケイ様、わたしは護衛ですからよそごとをするわけにはいきません……」

「それは俺もウィロットもそれはわかってるよ」

「……申し訳ありません」

「そう思ってくれるだけで十分だ」


 さて、俺は俺で、もう一度刻死病についてまとめてみよう。

 刻死病とは、いくつかのプロセスを通して症状が進行していく。


 まず最初に、体の何処かに黒子のような小さい痣ができる。

 次に、それは徐々に大きくなり、ひと月ほどの時間をかけて拳大の大きさまで大きくなり、跡形もなく消滅する。

 痣には痛みはなく微かな痒みを伴うだけで、それ以外の自覚症状はない。

 痣が一つだけの場合はこれで完治となり、後遺症が残ることもない。


 問題は、この痣が接触するくらいの距離に発生した場合だ。


 もし痣が広がる過程で別の痣に接触した時、それは際限なく広がり続ける。

 やがて全身に広がり、同時に体は急激に衰弱していく。

 こうなってしまえばもう助かることはない。

 不思議なことに、一人の人間に同時に二つ以上の刻死病が現れることは極稀だという。


 そして、刻死病の対処法は多くはない。

 一つはミコリーナも行っている、癒しの奇跡だ。

 広がり続ける痣は、癒しの奇跡を施すことによって小さくなる。結局はまた大きくなってしまうのだが、定期的に癒しの奇跡を施せば痣同士が接触することを防ぐことができるため、命を守ることは可能である。

 当然そのためには教会で治療を受ける必要があり、その都度支払わなければならない寄付金は莫大なものになるだろう。

 もう一つは刻死病の患部を抉り取る、もしくは切り落とすことだ。

 最終的にこの方法をとる者も少なくはない。

 例えば刻死病の発生点が指であったり、四肢の先端付近であれば十分助かるだろう。命と引き換えと考えれば、指の一本や二本は安いものだ。

 しかしそれが腕や足の根本に近い箇所、もしくは体の中枢に現れた場合。

 その時は患部を切り離してもその後の後遺症に悩まされたり、感染症により命を落とすこともある。結局、癒しの奇跡に頼るか、治療を諦めるしかないのだ。

 そして、全ての村に教会があるわけではなく、さらにいえば神官が常駐しているとも限らない。

 どんな形であれ、刻死病が近くに二つ現れれば、その人の一生を大きく揺るがす。

 アルナーグで発生していないのは本当に良かった。

 しかしそれは、現時点で発生していないだけであり、いずれはこの病気が伝わってくる可能性もあるのだ。


 さて、刻死病に関してまとめられることはこれくらいだろうか?ウィロットたちの様子はどうだろう。


「ウィロット、マリー、少し覗いてもいいかい?」

「はい、どうぞ。ユケイ王子」

「うん、ありがとう」


 俺の問いに答えたのはマリーだった。ウィロットは紙の束と必死の形相で格闘している。


 マリーから受け取った羊皮紙に、ざっと目を通す。

 まず驚いたのは、それが非常によくまとめられており、とてもわかりやすいことだった。

 シンプルな縦横に並ぶ表なのだが、項目のまとめ方が的確だ。

 この世界ではあまり表にまとめられたものを見る機会がないのだが、そこはさすが自称商家の娘といったところだろうか。


「こうやって見ると、結構いろいろなところに偏りがあるね」

「はい。そう思います」

「一番大きな偏りはどこだと思う?」

「やはり季節でしょうか?これとこれも見て下さい……」


 マリーはそう言いながら、何片かの羊皮紙を広げた。


 まずマリーの言う通り、季節による偏りが意外と見受けられる。

 ミコリーナの話からすると、刻死病は年間を通して発生するということだが、冬の方が明らかにその割合が少ない。

 そして、別の資料に目を向けた時にミコリーナがそう感じた理由も理解できた。


「そうか。冬の間、ほとんどの刻死病は女性に発生するのか……」


 ミコリーナは父親を亡くしたと言っていた。つまり彼女の家には女性しかおらず、冬に少なくなるという印象を持っていなかったのだ。


 マリーが次に広げたのは、刻死病の発生箇所と年齢に関する分布図だ。


「ユケイ王子は大人の方が亡くなっている数が多いとおっしゃっていました。それはこれが原因だと思います」


 大人と子供を比べると、発生率自体は大きな差はない。しかし子供は体全体に刻死病が発生しているのに比べ、大人は手や足など、四肢の先端にその発生が集中していることがわかる。


「そうか。発生箇所が四肢に集中するから、刻死病で亡くなるケースが多くなるということか」

「はい。あと、刻死病が発生している村の分布ですが、一番発生が多い村の区分は農村、次に畜産と林業、そして鉱山で生計をたてている村からは刻死病の発生は報告がありません」

「そうか……」


 村の種類による発生率の差、これは予想通り顕著なものがあった。

 農村、畜産、鉱山、それらのどれかに偏れば、原因はそれに近しいものが考えられる。もしくは、その逆のパターン。

 この場合は農村の営みに刻死病を招く何かがあるのか、それとも鉱山の営みに刻死病を防ぐ何かがあるのか、もしかしたらその両方の可能性もある。


「マリー、これはもしかしたら()()()かもしれない!よくやった!」


 俺はつい、マリーの肩にポンと手を置いてしまった。


「あ……、ありがとうございます……」


 マリーの体がビクッと固くなるのを感じた。彼女は微かに頬を赤く染め、そっと視線を外す。


「あ、ごめん」

「い、いえ。お気になさらないで下さい」


 次の瞬間、ウィロットが俺とマリーの間に体を捩じ込んできた。


「ユケイ様!わたしの話も聞いて下さい!」


 彼女の頬はぷっくりと膨らんでいる。


「あ、うん。ウィロットも何か見つけたかい?」

「はい、見つけましたよ!これです!」


 ウィロットは得意げに羊皮紙を差し出した。


「えっと、これは何をまとめたの?」

「はい!右手と左手、右足と左足の差です!」

「ああ、なるほど。……で、どうだった?」


 正直なところウィロットの文字は、マリーのそれと比べて非常に汚い。それもそのはず、彼女が文字が書けるようになったのは最近で、現時点でもまだ練習中なのだ。筆記用具が高価なので、頻繁に練習することもできないのだ。


「右足と左足は、いっしょでした!」

「そうなんだ」


 まあ、そうだろうなという気がする。あまりそこには差は出ないだろう。


「右手と左手は、右手の方が少し多いです」

「そうなの?」

「はい!ここを見て下さい!」


 彼女は羊皮紙の一部を指差す。

 ぱっと見でそこに書かれているのが文字だと判別出来なかったが、なんとかそれを解読する。確かに右手、左手で発生件数の差が見て取れた。

 しかしその差は一割ほどで、明確な違いとして考えていいものか悩む程度の差である。


「うん。確かにちょっと差があるね」


 淡白な俺の反応が気に入らなかったのか、ウィロットの頬がぶすっと膨らむ。


「そんな顔するなよ。こういうデータ()()積み重ねるのが大事なんだ」

()()ってどういう意味ですか」

「いや、それは別に意味ないけどさ。あ、そういえばミコリーナの刻死病は左手だったよね」

「それは……、ミコリーナ様が左利きだから……っていうのは関係ないですか?」

「えっ!?ミコリーナが左利き?」

「はい」


 そうだったか?そんな素振りはなかったような気がするが。


「ミコリーナに聞いたの?」

「いいえ。見てればわかります。ミコリーナ様が笑う時、いつも左手で口を隠すんです。あと、ミコリーナ様とイリュストラ姫様がこの部屋で会いましたよね?」

「ああ、うん」

「あの時ミコリーナ様がソファーから立った時に左手でスカートを整えてました。マリーもそれを手伝ってましたよね?」

「はい。けど……、左手でしていたかどうかは覚えていません……。ただ、言われてみれば扉の開け閉めは左手でしていたかもしれません……」


 驚く俺に、ウィロットはぽかんとした表情を浮かべた。


「よくそんなところを見てるな」

「そうですか?誰でも気づくと思いますよ」

「いや……、気づくかな?」


 俺の視線を受けて、マリーがフルフルと首を振る。


「だよね。どちらにせよ、一度ミコリーナにそのことを確認しよう。けど、ウィロットが言うことが正しいのならもしかして……」


 

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