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才の無い貴族と悪魔王  作者: そんたく
ファージンゲールとコルセット
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神の奇跡と人の奇跡 Ⅰ

 俺はウィロットが淹れてくれたお茶に口をつけ、用意された書物やレポートに目を通す。

 すっきりとした香りに、頭が冴えるようだ。いつもと違うお茶の品種であるのは、ウィロットが良かれと気を利かせてくれたのだろう。


 ざっと資料に目を通して感じたことは、刻死病について非常に良くまとめられているということだ。 

 内容は多岐にわたり、とても細かく作られている。ヴィンストラルドという国が、しっかりと刻死病を克服しようとしている事が伝わってきた。

 読み進めた中には非人道的な実験の内容を纏めた項目もあり、微かに自分の気分が落ち込むのを感じる。しかし、それでも後の世の糧になっていることは間違いない。少なくともそのおかげで俺はヒントを掴むことができ、その実験を俺の手で行わなくて済んだのだから。

 これだけ精密なレポートを作り上げて研究を行っても、解決ができないのだからまさしく奇病に見えただろう。


 そもそも風土病とは何か?

 広いものでいえば数国に跨った地域で発生する風土病もある。逆に狭い例でいえば、日本の代々木公園で繁殖した蚊が、デング熱を広めたというのも風土病といえるだろう。

 要するに気温や気候、特定の地域だけに生息する生物が原因で、限定的な地域にのみに広がる病気の総称だ。

 思い浮かぶのは熱帯の地域に広がるデング熱やマラリア、致死率が高いせいで広範囲に広がらないエボラ出血熱、キツネなどに宿る寄生虫が引き起こすエキノコックス症などなどだ。

 そして、おそらくこの刻死病の正体というのは……、いや、それを断定するにはまだ情報が足りていない。


 ミコリーナが持ってきた資料によれば、刻死病は主にヴィンストラルドの西部、そしてリュートセレンの東部に広がっていることがわかる。俺が生まれたアルナーグでは発生は確認されていないため、今まで俺の耳には入ってこなかったのだろう。


「リュートセレンとヴィンストラルドの西側か……。比較的山のほうだよね。他に何か共通点はあるかな?」


 俺はミコリーナから預かった資料の中で、刻死病が発生した地域の分布が記されている地図を机の上に広げた。

 ウィロットとマリーは興味深気にそれを覗き込むが、カインはあまり関心がないようだ。


「ユケイ様!わかりました!」


 うんうんと唸り声を上げながら地図を睨んでいたウィロットが、突然元気に手をあげる。


「じゃあウィロット、答えてみて」


 なんとなく学校の先生になったような気分だ。


「はい!刻死病は川のそばの村で発生してることが多いです!」

「うん、そうだね。それは()()()()正解だ」

「だいたいですか?正解じゃないんですか?」

「うん。地図をよくみてごらん?そもそも山間の村なんだから、ほとんど川の近くに村があるんじゃないかな?」

「……そういえばそうですね」


 ウィロットは「あはは」と誤魔化すように笑い、頭をかいた。


「むしろ注目するべきなのは、同じ川の近くの村なのに、刻死病が発生している村とそうじゃない村があるっていうことだ」

「その違いはなんなんですか?」

「調べてみないとわからないけど、村の役割が何か関係しているのかもしれない」


 そもそも平地ではなく、なぜ山間部に村ができるのか。

 それは、そこに村を作るのに都合がいい理由があるからだ。

 一つは清涼な水が豊富に使えるために、ある種の農作物を育てるのに適している。似たような理由で、酪農に適した場所であるかもしれない。

 あとは、平野部よりも鉱石資源の採掘が容易だという点。もしかしたら狩猟を生業としている場所もあるかもしれない。

 俺の考えを補足するように、マリーがぽそりと呟いた。


「ミコリーナ様の村は、農村だとおっしゃっていました」

「うん、そうだね。そこに何か傾向があるのかもしれない。けど、それで簡単に分類できるのであれば既に誰かが気がついているはずだ。この資料を見ると、けっこう真剣に調べてあるからね」


 しかし、どうしてこんなに真剣に調べてあるんだろうか。

 もしかしたら、過去に貴族や教会の重鎮の中にもこの病気を患った人がいたのかもしれない。よく見ると、バルボア大聖堂がある街もリュートセレンの東方に位置しているのがわかる。残念ながら、そうでもしなければここまで積極的に病気の克服に乗り出さなかっただろう。


「ユケイ王子、わたしも一つ気がついたことがあります」

「それじゃあマリーが気がついたことも教えてもらっていいかい?」

「はい。ヴィンストラルドの西部、リュートセレンの東部は、どちらも教会の影響がとても強い地域です」

「えっ……?」


 俺はマリーから飛び出した意外な言葉に、一瞬声を失った。

 確かに……そうなのか?

 彼女が言う通り、ヴィンストラルド国内では西方に行けば行くほど教会の影響力は強くなる。北西に位置するヴィンストラルド最大の教会、ザンクトカレン教会の存在が大きいのだろう。

 そして、リュートセレン東方には教皇の居城ともいうべきバルボア大聖堂があった。であれば、確かに王都がある中央部よりも東側の方が教会の力は強いかもしれない。

 しかし……


「それは……、たぶん偶然の一致じゃないかな?地図をしっかり照らし合わせれば、ザンクトカレン教会もバルボア大聖堂も、刻死病が多いエリアと少しずれてるし」

「……そうですね。確かにユケイ王子のおっしゃる通りです」


 ミコリーナの資料をみればそのどちらとも刻死病の発生が多い地域からはわずかに外れている。

 まあ、マリーが言うことも大雑把にみれば間違いではないが、それは偶然の一致ということだろう。人為的にこのような病気をおこすことはできないだろうし、やる意味もないはずだ。


「それじゃあ、結局刻死病の原因はわからないってことですか?」

「いや、そういうわけでもないよ。資料には結構な数の症例が載っている。要するに、この本や備忘録(メモ)に記されているデータを、どうやって整理するかが重要なんだ」


 俺の言葉にウィロットは首を捻る。


「例えばさ、本の中のデータでもミコリーナの話でも、刻死病は大人でも子供でも発症するってなってる」

「はい」

「けどさ、刻死病で亡くなっているのは大人の方が断然に多い。ようするに、大人の方が刻死病の痣が近くに発生する傾向にあるってことだ。不思議じゃない?」

「……不思議……なような気もしますけど、正直わたしにはよくわかりません」

「刻死病が発生する量が同じであれば、死者が出る確率も同じになるはずなんだよ。他にもさ、色々と軸をおいて比較してみると、データに不思議な偏りがあるんだ」

「よくわかりません」

「まあ、俺もまだはっきりとわかっているわけじゃないんだけどね。もうちょっとまとめたらまた教えてあげるよ」


 ウィロットは俺の声を聞いて、にっこりと微笑んだ。

 まあ、彼女とは付き合いも長いからな。あの笑顔は雄弁に「説明しなくてもいいです」と、主張しているのだが。


 さて、それではその軸を何処に置くかという話である。


「とりあえず、書いてまとめようかな。ペンと紙を用意してくれないかな」  

「はい」


 マリーがそそくさと用意をしてくれた。

 机の上に羊皮紙が拡げられる。


「あ、備忘録をとるだけだから植物紙でいいよ」

「いいえ、ユケイ王子……」


 マリーはふるふると首を振り、机の上を指し示した。


「ああ、たしかにその通りだね……」


 そこにはミコリーナが持ってきた本と、レポートの束があった。

 植物紙は安価ではあるが、羊皮紙と比べて寿命が短く保存性に優れていない。

 俺が刻死病についての知識を得ることができたのは、まとめられた本だけではなく残された多くのメモ書きのおかげなのだ。


 前世において、ネットに一言つぶやけばそれは多くの人の目に留まり、電子の海に漂う記録となる。

 この世界では、このメモの一枚一枚が長い時代を渡る記録であり、そのまとまりが本となり、やがて知識になっていくのだ。



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