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才の無い貴族と悪魔王  作者: そんたく
新しい旅立ち
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国境の街 Ⅱ

 次の日の朝、俺は三の刻、前世でいう6時を告げる鐘で目を覚ました。

 いつもと違う寝台で寝たせいか、普段より少し寝覚めが早い。

 よく眠れたようではあったが、やはり長旅の疲れは根深いのだろう。微かに体に重さを感じる。


 しばらく横になったままでいると誰かがこっそりと室内に入ってくる気配を感じ、俺は慌てて目を閉じる。

 姿を見なくても分かる。この気配はウィロットだろう。

 一応彼女なりに静かにしているのつもりなのだろうが、微かにパタパタと鳴る足音は、アセリアではない。

 室内をあちらこちらと駆け回り、入口付近で足音が消える。


 俺はウィロットの気配が止まっているのを確認すると、少し大袈裟に、寝返りを打ってみせた。


 これは俺からの、「そろそろ起きますよ」の、合図である。


 王子である俺は、起こされるまでは起きてはいけない。

 俺を起こすことも侍従の仕事なのだ。

 前世では親に起こされても起きなかったくせに、不意に起きてしまって誰かに罰を与えることがないよう、また寝過ごして誰かに罰を与えることがないよう、決まった時間に自分で目が覚めるようになってしまった。


「ユケイ様、寝覚めの時間です」


 微かに幼い女性の声は、やはりウィロットだった。

 俺はゆっくりと体を起こす。


「おはよう、ウィロット」


 俺からの返事を聞くとウィロットはにっこりと笑顔を浮かべ、パタパタと扉から部屋の壁側に移動し、窓を一つずつ開けていく。

 先程の部屋を動き回る気配は、おそらく窓の鍵を開け、すぐに開けるようにしていたのだろう。


 ガラスがはまっていない板張りの簡素な窓から、冷たい風が吹き込んでくる。

 春になったとはいえ、朝の空気はまだまだ寒い。


「ウィロットはちゃんと眠れたかい?」

「はい、わたしはぐっすり眠れましたから大丈夫です!ユケイ様はいかがですか?」

「うん、俺もしっかり休めたよ。予定通り朝食を取ったら直ぐに出発しよう」


 俺がそういうと、ウィロットの目が微かに泳いだ。


「どうかしたのか?」

「えっと...... 、それは......」

「アセリアは?」

「はい、とりあえずユケイ様、お着替えを済ませましょう。アセリア様とアゼル様がお待ちです」


 俺はウィロットに着替えさせられながら、今朝起きた出来事の報告を簡単に受ける。


「カイン、いるかい?」

「はっ、控えております」


 俺が声をかけると、護衛のカインがサッと室内へ入って来た。


「ユケイ様、こちらです……」


 俺たちはウィロットに連れられて、建物の外へと向かった。


 そこは昨日入って来た門から程ない距離の倉庫で、少し開けた場所の建物だった。

 ここからでも街の門はまだ閉まっているのが分かる。

 倉庫の扉は大きく開け放たれており、中に入らなくてもその扉から漂う焦げた臭いのおかげで、だいたいのことは察することができた。


 倉庫の中に入ると、そこにはアゼルとアセリアが深妙な表情で何かを語り合っている。


「何があったのだ?」


 俺は2人に声をかけるが、返事を聞かなくても状況は見て取れた。


「やられました......。 火付けです」


 アセリアは真っ青な顔をしている。

 昨日俺たちが運んできた荷馬車は、荷解きもされないままこの倉庫へ運び込まれたらしい。

 アセリアは荷馬車が倉庫の中に運び込まれるまで付き添い、扉が閉まるまで確認したという。

 その2台の荷馬車のうち、一台に火をつけられたのだ。


「いったい誰がそんなことを……」


 そう呟いてみても、当然返答などない。


 それは早朝のことらしい。

 幸い倉庫自体は土壁で燃え広がることもなく、倉庫の番をしていた者が異変に気づきすぐに消火をすることができた。それでも荷馬車とそれに乗っていたものは焼け焦げ、そのままでは使えない状態になってしまったという。


「本当に誰も倉庫の中に入った者はいないのだな?」

「はい、間違いありません」


 アゼルが火の元を発見した兵士に問いかける。

 男達はアゼルの迫力に少し狼狽えたが、しっかりとした面持ちで答えた。

 昨夜は二体制で倉庫の番を行ない、それぞれ二人づつ、つまり四人で警備にあたったという。

 万が一王族の荷物に何かあった場合、物理的に首が飛びかねない。警備に抜かりは無かったそうだ。


 倉庫を見渡す限り、入り口の大扉以外に室内に入れそうな所はない。

 そして倉庫の中には俺たちが持ち込んだ荷馬車以外のものは一切置いていなかった。

 大扉も馬車がそのまま入れるように作られたものだ。鍵はかけられていなかったようだが大きな(かんぬき)が通されている。兵士の言葉が本当なら、見張りに気づかれず閂を外し、少しだけ扉を開けて中へ入るというのは不可能だろう。


「何か痕跡を探せ。その他の者は周りに怪しい人物がいなかったかの聞き込みだ!昨日警備についた者は、1人ずつ個別に話を聞く。俺の部屋へ連れてこい」


 アゼルがテキパキと指示を出していく。


「ユケイ様、とりあえず部屋へ戻りましょう。賊がまだ近くを彷徨いている可能性があります」


 眉間の皺が、より一層深く刻まれる。

 俺たちはアゼルをその場に残し、アセリアとカインを連れ立って砦の部屋へと戻った。


 部屋へ戻ると間もなく、ウィロットによって朝食が運び込まれてきた。

 そういえば俺も含めて、全員朝食はまだだろう。

 ウィロットがいつも通り、パクパクと毒見を済ませていく。


 一同朝食を終え、お茶の配膳と毒味が終わった頃、アゼルが部屋へと現れた。

 彼の表情からも、状況の解明は進んでいないということは理解できる。

 俺は彼が一息ついたのを確認すると、そっと語りかける。


「どうだった?何かわかったかい?」


 アゼルは息を吐きながら、首を左右に振った。


「犯人探しもですが、まずは今後の旅程を決めなければなりませんな。あの状態ではすぐに出発することもできません。荷馬車と焼けた荷物を用意しなければならない」

「そうですね......」

 

 アセリアの表情は暗い。


「付け火は明らかに我々を狙ったものでしょうが、何の目的でそれを行なったのかがわかりません」

「目的も不明ですが、どうやって火を付けたのか......。 例えば魔法で姿を隠すことは可能でしょう。しかし扉には閂がかけてあり、少しでも扉が開けば気付かないはずはありません。兵士の目を盗んで中に入るには、それこそ転移の魔法を使わないと......」


 二人は顔を見合わせる。

 転移の魔法というのは、確かに文献で何度か目にしたことがある。しかしそれは、どれもが御伽話(おとぎばなし)のようなものばかりだった。


「転移の魔法なんてありえないよ。そもそもそんなことが出来る魔法使いなら、火をつけるなんて周りくどいことをしなくても、魔法できっと目的を果たせるはずだ」

「それは……。確かに......」


 アゼルとアセリアは頷く。


「犯人探しには時間がかかる。それはもう放っておいて、俺たちの旅程のことを考えよう。荷馬車の準備が出来次第出発しないと、期限までにヴィンストラルドにたどりつけなくなってしまう。これ以上遅れれば、英雄の街道を使わなければいけなくなる」


 旅程が多少遅れても、英雄の街道を使えば時間の短縮になる。

 しかしそれは、今まで通り安全な旅路ではなくなってしまうのだ。


「それはいけません。今の時期はまだ英雄の街道は危険です」


 アセリアがキッパリと言い切る。


「しかし、急がないと……。アセリアに罰が下るかもしれない……」

「それでも英雄の街道を使うべきではありません。ユケイ様に何かがあれば、罰どころでは済まされないのですよ?」


 アセリアは必死に食い下がる。自分の罰より、俺の身を案じるということだろうか。


「ユケイ様。もしや今回の事件、犯人の目的はそこにあるのかも知れません。ユケイ様を数日リセッシュに足止めをし、英雄の街道を使わざるをえない状況にするのが目的なのでは?」


 アゼルの指摘は確かにあり得る話だ。

 であれば、犯人は俺たちの旅の目的やその期限などを深く知る人物。つまりは仲間内の犯行ということだろうか?


小火(ぼや)が起きたのが三の刻の前でしたので、今日はまだ街の門は封鎖してあります。つまり犯人はまだ街の中でしょう。1日は無理ですが、六の刻までは門を閉めさせます。それまでに犯人を見つけることができなければ……」


 王族の権力とは、改めて思うが強いものだ。

 たった半日とはいえ、正式な手続きもなく、勝手に街の全ての出入りを止めてしまえるのだから。

 昨日の夜、門に入ることが出来ずに野営する人々の顔が頭に浮かぶ。屋台を出していた人達は、当然リセッシュの中に住んでいる人だろう。

 そう考えれば、確かにいつまでも門を閉じておくことなどできない。


 旅程を練ると言っても、取れる選択肢は多くないないのだ。

 英雄の街道を進むか、アセリアに罰が下るのがわかった上で春を寿(ことほ)ぐ街道を進むのか。

 あとは、残り数刻(数時間)の内に犯人を捕まえる、もしくは犯人の目的を見破るか。


 重苦しい空気が辺りを支配していた。

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