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才の無い貴族と悪魔王  作者: そんたく
ファージンゲールとコルセット
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科学と魔学 Ⅳ

 机の上に置かれた羊皮紙は、手のひら二つ分くらいの大きさだった。

 それは四角く切り揃えられてはおらず、全体の半分くらいに赤黒い染みがついている。おそらくこれは血液の跡だろう。

 羊皮紙の表には、目に見えて描かれている物は何もなかった。


「これは……、ただの羊皮紙に見えますが?」

「はい。一応確認なのですが、ユケイ王子殿下にはここに書かれている文字が読めますか?」


 ああ、そういうことか。おそらくここには魔法で何かが書かれているということだろう。


「いいえ、私には何も見えません」

「……そうですか。私にも見えません」


 いや、見えないのかよ。

 てっきり、魔力の目に関する話だと思ってしまった。例えばここに魔法で文字が書かれていた場合、それは当然ティナード達には読めて俺には読めない。

 それを確認したかったのかと思ったのだが……。


「えっと、それでこの羊皮紙はなんですか?」

「これがどういう物かは詮索しないで頂きたいです……。この羊皮紙には何かが記されていました。しかし、ご覧の通り今はその文字が消えてしまっています」

「……つまり、その消えてしまった文字が何かというのを調べろという事でしょうか?」

「はい。お願いできないでしょうか?」


 なるほど、そういうことか……。


「これが私の謁見が遅れた原因ということですか?」


 俺の問いに対して、ティナードは真っ直ぐな視線だけを送り、うなずこうとすらしない。

 まあ、それなりに答えられない事情があるのだろう。


「少し触ってもよろしいですか?」

「はい、もちろんです」


 正直なところ進んでこれに触りたいとは思えないが、俺は手に取り、表と裏を確認した。

 見たところあまり良質な羊皮紙には見えない。

 おそらく大きな羊皮紙の切り揃えられた端の部分だろう。それも三級品だ。羊皮紙は高価な紙ではあるが、これだったら身分に関わらず手に入れられる。

 特筆すべき点は、紙の裏面にびっしりとこびりついた血液の跡だ。

 羊皮紙は水分を通しにくく、裏写りすることもない。表面にも血痕はついているが、推測するに懐に入れた状態で出血したのだろう。

 そしてそれは、この羊皮紙の出所を示唆しているようだ。


「何かが記されていたはずとおっしゃいますが、それは誰かが確認したのですか?」


 俺は恐る恐る羊皮紙の表面をなぞってみる。

 指先からは、インクの感触は伝わってこない。

 俺は多くの羊皮紙製の本も読んできた。少なくとも、没食子インクは使われていないことはわかる。


「はい、確かに何かここに書かれていたことは目撃されています。しかし、手に入れた時には既にこの状態でした」


 手に入れた、すなわち奪った時ということか。

 こびりついた血液の様子から察するに、これの持ち主は命に関わる重傷を負ったはずだ。

 その目撃情報が確かならば、この羊皮紙の持ち主が奪われる直前になんらかの処理をして書かれていた文字を消したということだろうか?

 羊皮紙に書かれた文字を消す場合、ナイフで書かれた文字を削り落とすことになる。

 状況はわからないが、この羊皮紙の持ち主にそのような時間はあったのだろうか?

 それに、削れば当然削り跡が残る。この羊皮紙のように真っさらに戻すことは不可能だ。


「お話は理解できました。しかし、これが何故私の元に回ってくるのですか?例えば私が見えて他の人には見えない、もしくは他の人に見えて私に見えないというのであればわかります。しかし、私に見えなくて他の人にも見えない。であれば私が調べることが正解とは思えません」

「当然城の者も調査を行いました。しかし何も解明しなかったからユケイ王子殿下にお願いしているのです」

「城の者とおっしゃいますが、ヴィンストラルドには多くの学者がいます。賢者の塔の研究者……、それこそ、賢者エインラッド様のお力をお借りすればよろしいのではないでしょうか?」

「……エインラッド様はお忙しい方です。賢者の塔の研究者もそれぞれに抱えているものがあります」


 確かにティナードの言う通り俺は暇だけどな。しかし、彼の様子は何やら賢者の塔には頼みたくないように見える。何か訳ありということだろうか?まあ、こんな血染めの羊皮紙が訳ありでないわけはないだろう。

 推測だが、これは先日城に忍び込んだ泥棒が持っていたのではないだろうか?

 ミコリーナの話では、泥棒は討ち取られたという。

 不用意に周辺の情報を集めようとすると、知らぬ間に蛇の穴に手を突っ込むことになりかねない。

 これに書かれている何かは、とてつもなく大きな秘密な可能性もあるのだ。

 しかしそうなると、一つの問題が浮き上がる。


「もし、私がこの羊皮紙に書かれている文字を再現したとして、その時は当然私がそれを見ることになります。それは問題無いのですか?」


 ティナードは出されたお茶を微かに口に含み、飲み干した後こう言った。


「ご安心ください。問題ありません」


 ほんとうかよ……


 その後しばらく事務的な打ち合わせを行い、ティナードは部屋を去る際にこう言った。


「羊皮紙の件、よろしくお願いします。国王陛下も、それを望んでおられるでしょう……」


 机の上に残された羊皮紙は、さながら呪いのアイテムといった装いだった。

 乾いた血痕からは、今なお鉄錆の匂いが立ち上っているようだ。


「どうなさるおつもりですか?」


 カインは不機嫌を隠そうともせず、そう言った。

 ティナードとの会談の途中から、明らかに不要なカインの威圧感を、背後から感じていた。


「どうするかな……」

「便利屋のように扱われていることが気に入りません」

「それは……、けど、アルナーグのいた頃も、オルバート領にいた頃も、俺の扱いはそんなんだっただろ」

「図書室のお悩み解決王子ですね!」


 ウィロットが会話に割って入る。

 それは昔、俺につけられたあだ名だった。


「それじゃあ図書室に篭らなければいけないね」

「ティナード様にお願いしてみればいいんじゃないですか?」


 イリュストラの件で、ティナードにも多少は頭が回ると評価されたのだろう。

 

「面倒ごとの匂いがする……」

「そうですね」

「いっそ、わたしが火をつけて、誤って燃やしてしまった事にするとかどうですか?」


 ウィロットは羊皮紙を手に取り、それをひらひらとあおいでみせた。

 なんの抵抗もなく血染めの羊皮紙をよく触れるなと思う。

 血液の危険性に対する認識が甘いのだろう。

 まあ俺は、単純に気持ち悪いというだけだが。


「そんな事をしたらお前の首が飛ぶだろうが」


 呆れたようにカインがつぶやく。


「要するに、これを解決しないと謁見はしないってことなのかな?」

「どうでしょうか……」

「解決したらしたで、何か別の問題を生む気がする」

「そうですね……」


 ……別の問題を生む気がするのだが、俺の好奇心が微かに首をもたげてもいる。

 消えるインクか……。

 前世でも消せるボールペンというものがあるが、あれはとんでもないヒット商品になったな。


「とりあえず積極的に解決しようとは思わないけど、一応調べてみようかな?」

「……はい、かしこまりました」


 カインは何か言いたげだが、ため息混じりに俺の言葉を了承した。


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