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才の無い貴族と悪魔王  作者: そんたく
ファージンゲールとコルセット
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化学と魔学 Ⅰ

「ユケイ王子、昨晩お城に泥棒が入ったそうです」


 朝食の最中、マリーから突然そう聞かされた俺は言葉を失う。

 どおりでカインの空気が張り詰めていると思った。


「それで衛兵の方が、この部屋に被害がなかったかどうかを確認に来られました」

「そうなんだ……。で、どうなの?」

「はい。朝からウィロット様が持ち物を全て確認されていますが、特にそれらしいものはないようです。ユケイ王子も念の為身の回りのものをご確認下さい」

「うん。わかった……」


 とは言っても、俺個人で管理しているものはそう多くない。机の引き出し一つ分ほどだ。


「えっと、鍵は……」

「はい、こちらです」


 俺はマリーから鍵を受け取る。

 鍵がかけられた引き出しの中には、多少の貴金属、そして王家の身分を表す短剣や装飾品が仕舞われており、被害にあった形跡はない。


「まあ、ここに忍び込んでも盗むほどの物があるわけじゃないからね。それで、その泥棒は捕まったのかい?」


 俺の問いに答えたのはカインだった。


「そんな呑気なことを言っている場合ではありません。狙われたのがユケイ様のお命であれば、アルナーグにとって取り返しのつかない損失になります」


 俺は反射的に「自分の命にそんな価値はない」と言いかけるが、その一言は従者の気持ちを蔑ろにする言葉だと気付く。

 それでもカインには見透かされたのか、じっとりとした視線が俺に向けられた。


「このようなことがあるのであれば、やはりアゼル様のお怪我が治るまで護衛を追加するべきだと思います」

「うん、それは分かるんだけど……。人選はどうすればいいんだろう?」


 アゼルは現在、城内の医療院の中で回復に専念している。

 この世界には、傷などの外傷に関しては効果的な魔法がある。それはイリュストラを含む神官が扱う「神の奇跡」と分類される魔法であるが、骨折や病気に関してはその効果は限定的だ。

 であれば、医療技術が進歩していないこの世界で、回復までには多くの時間が必要になる。後遺症が残る可能性も高いだろう……。

 確かにカインの言う通りなのだが、俺のすぐ側に立つ警護の者だ。人選にはそれなりの根拠が必要となる。


「あっ、そうだ!それじゃあ、いっそのこと冒険者とかどうだろう?アゼルの怪我が治るまで、ギルドに身分を保証された者を雇えばいいんじゃないかな?」

「……そうですね。しかし、泥棒騒ぎがあった直後です。冒険者を城に招くのは難しいかもしれません」

「ああ、確かにそうか。それに高位の冒険者なら雇うのにお金もかかるしね」

「いえ、それに関するお金はリュートセレンからの賠償に含まれるはずです」

「賠償……。当然そうなるのか……」


 ローザの件について、ティナードからの返答はない。流石に一日で答えが出るとは思っていないが、念を押しておく必要はあるだろう。


「……後ほどアゼル様の所へ相談にいってきます」

「うん……。あ、そういえば図書室から借りている本は無事だった?」

「はい、大丈夫でした」


 真っ先に調べましたと、ウィロットは言葉を付け足す。

 この世界での書物は、様々な側面の価値を持つ。何よりそこに記されている知識が貴重であり、物によっては鮮やかな装飾や宝石が散りばめられており、宝飾品としての価値を持つ物もある。

 もしかしたら、この部屋にある物の中で一番価値があるのは、俺がアルナーグから持ってきた数冊を含めた本なのもしれない。


「そうか、ありがとう。そういえば、時間がなくて目を通していない本があったな。ミコリーナさん、全部読み終わるまで待ってくれないかな?」


 イリュストラの件で、司書ミコリーナに図書室から持ってきてもらった二冊の本。一冊は読破済みだがもう一冊は全く手をつけていなかった。


「数日後には取りに来るって言ってたし、プリオストラ王子は図書室によく行っているって話だったからね。イリュストラ姫の件が解決したって、もうミコリーナさんの耳には入ってるかもしれない」

「イリュストラ姫殿下の件は解決しましたから、調べものはもう必要ないのではないでしょうか?」

「マリー、ユケイ様は読書をされている時が一番幸せなのですよ。子どものころ過ごしたオルバート領のお屋敷では、図書室の(ぬし)と呼ばれてましたから!」

「そうなのですか?それではわたしが写本をいたしましょうか?」

「えっ!?マリーは写本をしたことがあるの?」

「はい。写本師みたいにはできないと思いますが……」


 印刷技術が発展していないこの世界において、本の複製は写本、つまり人力で書き写すことによって行われる。

 言葉を話す、文字を読む、文字を書くというのは、似ているようで実は全て別の技能だ。

 筆記用具が高価で潤沢にない世界において、文字を書くというのは特に敷居の高い能力である。

 それが写本となれば尚更である。

 写本という大量の紙とインクが必要になる行為は、専門の写本師や聖職者、もしくは貴族女子が嗜みとして行うことはあるのだが……。


「いや、マリーが写本に手を取られてしまっては警護に問題があります」

「そうですよ。ユケイ様のお世話はわたし一人ではできません!」


 カインとウィロットが口々に不満を述べる。

 いつのまにか、マリーはこんなに頼りにされていたのか。しかし、警護としても頭数に入れられているというのはどうなんだろう……。


「マリー、気持ちはありがたいけど勝手に写本を作れば咎められるかもしれない」

「かしこまりました。出過ぎたことを言って申し訳ありません」


 彼女はそういうとぺこりと頭を下げる。

 いったい彼女は何者なんだろうか……。能力に関しては問題ない。彼女を選んだローザの目は確かだ。俺も二度彼女に命を助けられ、メイドとしても非常に良くしてくれている。

 しかしリセッシュの件は別にしても、彼女には謎が多いと言わざるを得ない。もちろん、俺に害をなそうとしているとは思っていない。そんなチャンスは今までにいくらでもあったのだ。

 彼女自身、自分を商人の娘だと言ってはいるが、読み書きはともかくあの身体能力と戦闘技術、そして俺を解毒した知識はどう説明したものだろうか。


「どうされましたか?ユケイ様」


 考え込む俺の顔を、マリーが不思議そうに覗き込む。


「いや、なんでもないよ」


 そういえば、アルナーグにいた頃にも城に賊が入るという事件があった。

 あの時の犯人は、兄であるノキア第二王子の息のかかった者で、その時はカインが犯人に仕立て上げられそうになっていた。

 まあ今回の泥棒騒ぎが、俺たちに何か影響を与えることはないだろう……。

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