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才の無い貴族と悪魔王  作者: そんたく
新しい旅立ち
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国境の街 Ⅰ

 それからさらに1刻(2時間)ほど街道を進むと、リセッシュの街の門、すなわち風の国アルナーグと地の国ヴィンストラルドとの国境を繋ぐ大きな門が現れる。


「ユケイ様!街が見えてきましたよ!」


 ウィロットの弾んだ声がリズミカルな馬の足音に重なる。

 休憩から出発してすぐにこくりこくりと居眠りを始めていた彼女だが、どうやら荷馬車から落ちずに街まで辿り着けたようだ。


「ここがリセッシュか。アルナーグに比べるとだいぶ小さい街なんだね」


 国境の街とはいうが、リセッシュは小さな街だった。

 元々そこには、リセッシュと呼ばれる砦があるだけだった。

 アルナーグがヴィンストラルドの属国となった為に、リセッシュの砦は防衛の拠点から交易の中継地点へとその意味合いを変える。

 やがて両国間を行き交う人の往来が増え、旅人を目当てにした市や旅宿が立ち並び、発展と共にそれをぐるりと囲む防壁と門が造られたのである。

 アルナーグの中では一番歴史が浅い街だ。


「なんだか街の外なのに、人がたくさん居ますね?」


 ウィロットは物珍しそうに周りをキョロキョロと見回す。


「ウィロット、キョロキョロするな」

「申し訳ありません、アゼル様」


 アゼルの叱責に対し、ウィロットは笑顔で返事を返す。


「アルナーグからの旅人だろうね。露店まで出てる」


 俺もウィロットのように辺りを見回したくなるが、アゼルの視線を感じてそれは自重する。

 それはおそらく、九の刻(18時)の閉門までに街へたどり着くことができなかった旅人たちだろう。

 彼らは街の中に入ることは出来ず、明朝の四の刻(8時)まで門の外で野宿をして過ごすことになる。

 冬が明けて旅人の数が増える時期だからか、それなりの数の人がいるようだ。


「彼らを入れてやることは出来ないのかい?」

「そんなことできるわけがありません」


 アゼルは呆れたようにため息を吐く。


 たいした人間でもないのに、王家に産まれたというだけで彼らを横目に門を潜るのは少し後ろめたい気もする。

 しかし、締め出され組同士なにやら楽しげに談笑している者もいれば、行商人だろうかここぞとばかりに商売の話をし始める者もいる。

 そんなことは余計なお世話なのだろう。


 国境といえどこちらは内側、つまり宗主国へと続く国境なので、比較的のんびりとした光景が見られる。

 これがもし反対側、つまり火の国フラムヘイドへと続く国境門であれば、外での野宿など到底認められることはないだろう。

 フラムヘイドとは緊張状態にあるわけではない。しかし鉄の国が起こした戦の話も届いており、国境の警備は自ずと厳しくなる。


「遅くなってすまなかった」

「お待ちしておりました。少し予定より遅いので、心配しておりました。」


 門の警備に当たっていた兵がアゼルの顔見知りらしく、軽く挨拶を交わしているのが見える。

 アセリアが入門の手続きを済ませ、警備の者達に遅れた詫びとして酒代程度の銅貨を配っているのが見えた。


 王家一行だから手続きはスムーズに進むが、普通の旅人であればこうはいかないだろう。


 門を潜って現れたリセッシュの街は、なるほど新しい街というだけあってよく整備されている印象を受ける。

 しかし、アルナーグに比べて少し街の密度が濃いというか、若干手狭な街並みのような印象を感じた。


「ユケイ王子、ご案内いたします!」


 一人の若いアルナーグ兵が、砦の中の部屋まで案内してくれるようだ。

 それから俺は、一息つく間も無く食事の提供を受けた。そして食後のお茶を飲みながら明日からの旅程についての打ち合わせを行う。


 俺と旅程の責任者であるアセリア、そしてアゼルが席に着き、部屋の入り口は護衛のカインが立ち、侍従見習いのウィロットが給仕を行う。

 カインは平民の出ではあるが、あることをきっかけに俺の護衛を務めてくれることとなった。

 年は俺より2つ上なだけだが、身長が高く腕の太さは1.5倍ほどあるようだ。


「失礼します……」


 ウィロットが毒見として俺用のお茶と焼き菓子を一口づつ口に入れる。

 毒の効果は口にしてすぐに現れるものではない。俺がこれらに手をつけていいのはたっぷり4半刻(30分)は経った後だ。

 ウィロットやアセリアが用意してくれたものの場合は直ぐに食べる許可が出るのだが、今回は砦から提供されたものだということだろう。

 

「期日まではあと7日です。このまま春を寿ぐ街道を問題なく進めば、6日ほどでヴィンストラルドへ到着します。予定通り明日は1日街で休息を取り、明後日の朝リセッシュを出発することにしましょう」


 アセリアが現状を振り返りつつ、そっとアゼルに目を向けた。

 アゼルは言いたいことを察したのか、両手を組んで、考え込むように目を閉じた。


「いや、リセッシュに着くのに予定より1日遅れているんだろう?だったら一泊してすぐにリセッシュを出よう。1日余裕があっても、何かの原因でまた旅程が遅れてしまうかもしれないじゃないか」

「いえ、物資を補充するのにも時間がかかります。1日しっかり休んで、体長を万全にした方がいいのではないでしょうか?」


 アセリアは譲る気配がない。

 確かに当初の予定ではリセッシュで1日休息を取ることになっていたが、それは旅が順調に進んだ場合だ。

 おそらくアセリアは、俺の体調を気遣っているのだろう。

 確かに万全を期すために、この街で1日ほど休憩を入れた方がいい。

 しかしその場合、悪天候や何か不足の事態に見舞われた時に期日内での到着が厳しくなる。


 呼び出し自体が急なのだ、1日くらい遅れたとしても、俺に何か不利益になるようなことはないだろう。しかし、旅程の指揮を任されているアセリアには何かの罰が降るだろう。

 理不尽ではあるが、封建社会とはそういうものなのだ。


「春を寿ぐ街道で行くのを決めた時から、日程に余裕がないのはわかっていたさ。俺のことを気遣う必要はないよ。明日の朝出発しよう」


 アルナーグからヴィンストラルドまで行く場合、街道の選択肢は2つある。

 一つは今回進んでいる、春を寿ぐ街道。

 そしてもう一つが、英雄の街道だ。

 どちらの街道を使ったとしても途中でこのリセッシュを経由する。2つの街道の違いは、春を寿ぐ街道が大回りをしているのに対し、英雄の街道はほぼ真っ直ぐに二つの王都を繋いでいるのだ。

 では、なぜ近い方を使わないかというと、英雄の街道はそもそも森を切り拓いて作られた街道だ。そのため、途中で何箇所か森の中を通らなければいけない。


 遠回りではあるが平原を行く春を寿ぐ街道は、他の旅人や行商人も多く利用し見通しもいいから物取りや妖魔に襲われることは少ない。

 しかし、英雄の街道はそうはいかない。森は未だに妖魔の棲家だ。

 英雄の街道を使うのは、騎士団や軍隊の移動、それかよっぽどの護衛をつけた大商隊くらいだろう。


 しかも今は春に入ったばかりだ。冬を越えて餌を求めた狼も活発に動き出している。

 狼の群れに襲われれば、半分が非戦闘員な一行では全員無傷ですむことは難しいだろう。

 そして森の中には、ゴブリンと呼ばれる小鬼やコボルトと呼ばれる犬に似た人型の妖魔も巣食っている。

 奴らは臆病ではあるが、人間に明確な敵意を持っていた。


 前世での俺は、森を恐れるという感覚は全くなかった。

 しかし、人の手が入っていない完全な自然に足を踏み入れるということは、この世界では命を捨てるのと同じだ。

 妖魔は弓も使うし投石器も使う。

 奴らとの戦闘は、殺意がこもった不意打ちを一方的に喰らうことから始まるのだ。


「あの、ユケイ様。よろしいでしょうか?」


 ウィロットがまた嗜められると思ったのか、アゼルの顔色を見ながら小さく手を上げた。


「なんだい?」

「はい、ありがとうございます。あの、ユケイ様は明日ゆっくりお休みになった方がいいと思います。けど、わたしはアセリア様が罰を受けるようなことも嫌です……」

「ウィロット、優先するのは主人の安全だ」


 アゼルが言葉少なく嗜める。しかし、いつもよりやや控えめなのはアゼルにも思うことがあるのだろう。


「けど、到着が遅れればアセリア様はアルナーグに帰されてしまうかもしれないと聞きました。そうなればヴィンストラルドに着いてもユケイ様が困ります……」

「ありがとう、ウィロット。わたしを気遣ってくれるのね。けど、あなたがいればユケイ様は大丈夫ですよ」

「アセリア様……」


 ウィロットは心配そうな視線をアセリアに向ける。

 2人は共に過ごしてもう10年は経とうとしている。彼女のアセリアを心配する気持ちは当然だろう。


「やっぱり明日の朝出発しよう!本来なら旅程はアセリアが決めることだけど、ここは俺に決めさせて欲しい。大丈夫だよ、もう旅は半分以上進んでいるんだろ?今日ゆっくり寝れば大丈夫さ!」

「ユケイ様……」


 すぐの出発を決断した俺を見て、アセリアは憂うような表情を見せた。


「それでは明日のために、今日は全員で休もう。夜番も砦の者に任せる。アゼルは信頼のおけそうな者に声をかけておいてくれ。念のため荷馬車の番もしっかりとするように」


 俺はそう言い切ると反対意見が出ないように一同を解散させた。

 疲労は自覚できるほど溜まってはいるが、アセリアに罰を受けさせるわけにはいかない。彼女は下級貴族の娘で爵位も受けていない。この世界では吹けば飛ぶような立場なのだ。


 部屋に着いた俺は、着替えを済ませると用意された客間のベッドに飛び込んだ。

 普段使っているベッドと比べれば質素なものだったが、この世界の標準から比べれば十分高品質なものだ。清潔に洗われたシーツからは、微かに春の草の匂いがする。

 それだけのことがいかに贅沢なのか、俺は知っている。


 それから数秒を数える間もなく、蓄積した疲労に引き摺り込まれるように、俺は深い深い眠りに落ちていった。

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